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ー3ー 修学旅行2日目にて

ー3ー


 午前7時に朝食。

 9時には磯屋を出て大浦天主堂へ向かう。


 朝一で俺は、ひとみちゃんからカメラを借りた。

 古賀ではなく「ひとみ先生」と声をかけたら少し照れてたので、

これからはそう呼ぶことにする。

 先生は先生で、俺の方からカメラマンになったのを喜んでいた。

 田辺先生に昨夜、露天風呂で説教されたらしく、

その手前、私物のカメラを借りにくいのだそうだ。

 何か、この人可愛らしい。


 でっかい教会みたいなのをしばらく見てまわる。


「去年は島原城にも行ったらしいわよ。残念」


「あれ? ひとみ先生、歴史好き?

 それとも美少年好き?」


「おお、天草四郎だね?

 ヤエちゃんも日本史好き?」


 そんな、たわい無い会話をしつつも、俺はみんなの写真を撮りまくる。

 もちろん、視野は広く、そう、他クラスまでも見通すくらいに……


 昼前には中華街に向かって移動する。

 昼食はそこで皿うどんを食べる事になっている。

 今でこそ、そこいらのチェーンのちゃんぽん店で普通に注文できるが、

当時はすぐ近くの福岡でも、存在すら知らなかった。

 袋ラーメンの中身をそのまま出した様な見た目の麺に、どろどろの餡。

 恐る恐る箸をのばして、食べた後はその箸を落とす程の感動。

 本当に落としゃあしないんだけど。

 まあ、修学旅行のいい思い出だ。


 高校の頃、親と一緒に遊びに来た時は、中華街には赤い立派な門があったが、

どうやらまだ、出来てはいないみたいだ。

 横浜中華街にあるようなやつだが、あの門があると「中華街」って感じがする。

 中華街を出ると帰路に着くので、ほとんどの子はおみやげをここで買うことになる。

 大体がみんな、カステラを買う。

 規則で小遣いは2千円までなのに、6百円のカステラを平気な顔して2個3個。

 お前らみんな、絶対5千円は持って来てるだろ。


 3クラスごちゃごちゃになって、買い物に興じる。

 俺は相変わらず、写真を撮りまくる。

 そうこうして、修学旅行の長崎市内でのスケジュールは終了した。



 帰路の途中、海辺の、今で言う道の駅みたいな公園に立ち寄る。

 ここでは、トイレ休憩も兼ねて、小一時間ほど駐車する。

 波打ち際の砂浜を、散歩した記憶が甦る。

 その時までは有ったのだ。

 その時までは確かにかぶっていたのだ、お気に入りの帽子を。

 散歩に出る時にかぶり、バスに戻った時には無くしてた。

 今回もなつきに降りかかるかもしれない。

 最悪、無くした時には俺の帽子を上げればいいが、なんだか悪い予感がする。

 いや、予感じゃないな。

 疑い、だな。

 実は、こうだったんじゃないのかな? と、想像した事のある、疑い。

 まあ、実際はトイレの洗面台にでも置き忘れたんだろうけど、

つい、他人の事を疑ってしまう。


 俺は3組の中で撮影しながらも、2組の様子を注意深く覗き見る。

 なつきがいる。

 売店で売ってたソフトクリームを食べている。

 幸せそうにペロペロ舐めている。が、テーブルに一人ぼっち。

 一人は必ずしも悪い事ではない。

 でも……


「なつきちゃん!」

 思わず駆け寄ってしまった。


「ど、どうしたの?」


「一人みたいだったから、つい。

 一緒に浜辺を散歩してほしくってさ」 


「えっ!? 二人で散歩?」


「嫌?」


「そんな事ないけど……みんなから見られて」


 俺はちょっと強引に手を引く。


「じゃあ、行こっ!」


「わあっ、アイス落としちゃうよ」


「ソフトクリームだよ。ねっ、ひとくちっ!」


 なつきの出したソフトクリームをぺろっと一舐めするときに、

わざと鼻の頭にクリームをつける。


「ともちゃん、鼻についてる」


 やっと笑顔を見れた。


「え~、みっともないなあ。

 なつきちゃん、な、め、て」


「えええっっ!」


「ごめん、ごめん。冗談、冗談」


「もーう」


 こんな小っ恥ずかしい事をしながら……

 そっと、でもしっかりと、周りを、特に2組の連中の様子を調べておく。

 ほとんどの奴が、苦々しい表情を浮かべている。

 どうせ、「江藤のくせに」とか思ってんだろ。


 ん……?

 とん吉もいる。

 とん吉? どうかしたの?

 真っ青な顔してこっちを見てる。


 んん、何かだんだん怒って、す、すっごく睨んできた。

 今朝は冗談めかしてたけど、まさか、ヤスコさん?

 ひょっとして、お前、妬いてるの?

 こっちはこっちで、ややこしい事になってきた。


「おっと、なつきちゃん、私仕事しなきゃ」


「仕事?」


「これ」


 俺はカメラを構え、


「せっかくだから、なつきちゃん、1枚」


 パシャリ。



 

 カメラマンの仕事に戻った俺は、とん吉や、みんなの写真を撮りながらも、

絶えず、なつきとなつきの周囲を警戒した。

 そして、疑いは現実へと変化した。


 散歩してから暑くなったのか、建物に入ってからは、

なつきは帽子を手に持っていた。

 俺もあの時、そうだったはず。

 俺も浜辺を散歩したのだから。

 そして、売店でジュースを買ってベンチに腰掛けて飲む。

 帽子は脇に置いて。


 そこへ近づく、なつきのクラスの男2人。

 1人はなつきの方へ、もう1人は少し離れて、遠巻きに背後へ。

 なつきへ近づいた奴は、柄悪くインネンをつけてきた。

「おう、お前3組の八重洲とイチャついてたなあ」的な事だ。

 なつきは、元から小柄な体をさらに小さくして身構えている。

 そこをもう1人の奴が、なつきの帽子をこっそり盗んだ。

 奴等はなつきから離れると、さらにもう2人と合流し、帽子を見て笑う。


 なつきは絡んだ奴が離れると、ホッとしてジュースを飲み直す。

 ジュースの味も帽子の存在も、今のなつきには感じられはしないだろう。

 今はただ、小さくなったまま、ジュースを少しづつ、少しづつ飲むだけ……




 奴等4人組は、浜辺の方に向かっている。

 俺は死角からつけて行き、途中、コンクリートの陰に身を隠す。

 1人が帽子を海に、フリスビーよろしく投げ入れる。

 連中は各々、倒木やら空き缶やらを拾っては、帽子めがけて投げつける。

 しばらくして、スッキリしたらしく、ゲラゲラ笑いながら帰って来た。




 俺はすべてをカメラに納めた。

 はらわたが煮えくり返るのを堪えながら。

 悔しさと、なつきの小さくした体を思い浮かべ、涙と鼻水を垂れ流し、

ただ、一心不乱にシャッターを切り続けた。


 修学旅行の最後、貴様ら、絶対に、今やった事を、後悔させてやる!



ー第六話 4 につづくー


 

 

 

ありがとうございました。

ー4ーもよろしくお願いします。

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