第四話 災難は降ってくるよりも、自分が原因という事がままある。
今回はちょっと長く、ー3ーまであります。よろしくお願いします。
イラストはテイク・イトイジさんです。
ー1ー
そこはオレンジ一色のモノクロの世界。
秋の夕日が江藤家の裏山の赤土に反射して、他の色の存在を許さない。
俺、八重洲ともかは、ぴったり寄り添って座っている江藤なつきと共に、
そのキャンバスの中に描かれてしまっていた。
なつきはうっとりと景色を見つめている。
俺も無言で、ただ前だけ向いていた。
前だけ向きながら、接した側面から伝わってくる彼女の体温に、
内心ドキドキで、何を話せばいいのか分からずただテンパっていた。
となりに座るのがこんなに近いのは、てか密着は初めてだった。
何でくっついて座って来たの?
嬉しい疑問符でチラと彼女を見る。
こっち見てる!
目が合ってしまう。
微笑まじりな、それでいて熱のこもった眼差しは、
じっと俺の目と心を掴んで離さない。
言わなきゃ。
言うべき言葉は分かっている。
今がその時だ。
いい雰囲気だ。
こんなチャンス滅多にないぞ!
行け! 俺!
たった一言だ。たった一歩だ。
進め、俺。
行け、行け、言え、言え。
言ってよ、言おうよ……
でも。
今無理しなくても……
そうだよ、いつも会ってんだ。
チャンスなんて、また何度でもあるよ。
そうだよ、そうだな、そう……
…………………………
むうぅ~~~~~~~~っ
最悪の目覚め。
久し振りに明晰夢ではない、リアルな当時の夢を見た。
あの頃の俺は自分の環境が当たり前で、ずっとそれが続くと思っていた。
だが、中学になり違う部活に入ると、なつきとは会うどころか、
いっさい口もきかなくなってしまった。
結果がどうあれ勇気を出して告白していれば……と、今も引きずっている。
小6に戻って、初めてのオレンジの夢だった。
が、目が覚めても世界は変わった様子は無く、俺は女のままだった。
水ぶっかけ事件の後数日間、俺は人間関係の円満に奔走した。
思わず役者魂に火が着いて悪目立ちし過ぎたので、火消ししてたのだ。
危うく、あだ名が「おっぱい番長」になる所だった……
そこは「これからはヤエって呼んで」と、
クラスの男女皆の根回しに、何とか成功して回避出来たようだ。
この行動は、ちょっと方向がずれて、翌日5限のHRでクラス委員に推されてしまう。
まあ、このくらいは仕方ないか。
1年間おっぱい番長呼ばわりされるよりは……
男子の委員は、面倒見のいい平川がやりたそうにしてたが、
長坂下との確執が教室中に知れ渡った為、皆気遣って国立君になった。
クラス委員の最初の仕事が、修学旅行の班決め。
「クラス委員が進行しなさい」
との事。
「では、気の合う者で男女3人づつ別れて下さい」
と俺。
「ちょっと、そんないい加減に決めていいのかい?」
と、児童会長の雛枝が突っ込む。
俺の知る雛枝かな子は、真面目で秀才の児童会長。
この感じだと、男でも同じなのだろう。
「ああ、どうせ班決めしても小学生の修学旅行じゃ、班別の自由行動もないし、
ホテルの部屋だって男女2部屋づつで分けるし、あんまり関係ないよ」
「何で八重洲さん、そんなに詳しいんですか?」
いかん、つい考えずに答えた。
「論点はそこじゃないでしょ、雛枝くん」
ごまかす。
「八重洲さん、よく知ってるわね。先輩に聞いたのかしら?
まあ、ぶっちゃけ、そんなに意味ないかな~」
と古賀先生。
俺の思い出の中の古賀先生は、若くて、綺麗で、気さくだけど怒ると恐い、
しっかりとした大人の女性。だった。
オッサン目線では、童顔だが20後半から30くらい、仕事出来るが熱意無し。
私生活の残念さは、1日中くたびれたジャージの勤務姿から想像できる。
目の前には、単調な日々に疲れ気味な一人のアラサー女子がいた。
「じゃあ、さっさと決めて、男女合わせて6人づつ集まって下さい」
俺の班は、とん吉、平川、国立、雛枝、あと欠席してる西村。
じつは西村は、このまま学校に来ないまま親の都合で引っ越しする。
去年だか、とん吉の店で何十年ぶりかで会ったら裏街道の人になっていた。
父親の経営する会社が倒産、両親の離婚、紆余曲折あったらしい。
小学時代の話に華が咲いたなあ。
て事で、実質5人の班だ。
この班で旅行後も、最低1学期は過ごす。
俺の記憶では、卒業まで席替えしなかった。
やはり子供目線より、先生のテキトーさが今なら分かる。
皆で机を移動して、6人づつ6班で6個の「島」をつくる。
男女向かい合って机をくっつけ、それを3つ並べてくっつける。
合コンのテーブルが教室に6つあるって感じだ。
横向きで授業を受ける事になるので、HRや給食だけこの形にする担任もいるが、
この女が、そんな面倒な事をするはずがない。
「ヤエ、同じ班は久し振りやね。よろしくな」
お向かいさんは平川。
爽やかな笑顔を見せる。が、高校の時の笑顔が重なって胸がチクリ。
「よろしくね」
まだ未来は変えられる。
左にとん吉ヤスコ、その向かいに国立君。
右どなりは空席で、その向かいに雛枝君。
教壇は左側で、班は教室の左後ろの第6班。
「みんな、よろしくね」
それぞれと挨拶を交わす。
「ヤエさんとは初めて同じクラスだね。よろしくね」
眼鏡美少女、今は美男子の国立は、平川の親友だ。
俺と仲良くなるのは、たしか夏休みに遊ぶ様になってか……
「八重洲さん、今年も宜しくお願いします」
やっぱりお堅い児童会長の雛枝クン。
俺の知ってる雛枝かな子の方とは、5年生の時に仲良くなった。
人付き合いが苦手な子でボッチ気味だった。ので気が合った。
児童会長選挙の時は責任者になって、応援演説もしてあげたな。
あとはとん吉。
「よろしくね。ヤエちゃんとはずっと仲良くしていけそう」
とん吉、いい勘してるぜ。
ただ、奴とは中学の水泳部で一緒になってから仲良くなるので、
これからの状況は全くの未知数だ。
ていうか、とん吉が美少女って時点で勝手が違う。
いや、本質は変わらないはず。
頭良いのにバカで、エロで、お調子者だよな。たぶん。
「うん。とりあえず、あと30年はよろしくね」
ー2ー
小学校の修学旅行は記憶に薄い。
1泊2日と短いし、長崎と近場なので、普段から日帰りでも旅行に行ける。
クラスごとの自由行動なんて無いし、ぞろぞろ行列作って見学するだけだ。
まあ、小学生を好き勝手やらすなんて、危なくて出来ないだろうけど。
でも初めての団体での旅行ってのは、良くも悪くも少しは記憶に残る。
だから旅館の中と、あと2つ、3つくらいの思い出。
ま、そんなもんでしょ。
俺が覚えてるのは、昼飯に中華街で皿うどんを食ったのと、
新品の帽子を無くした事、風呂で服を隠された事。
前者は、初めて食べた皿うどんが旨かった良い思い出。
後ろの2つは、言うまでもない。
特に服の方は修学旅行云々抜きでも、嫌な思い出だ。
もう1つの方は、修学旅行には帽子を着用する義務だったので、
親に駄々をこねて、高価い奴を買ってもらった。
「絶対無くしたらいかんよ!」
と、言われた時点でフラグ立ってるよ、今思えば。
その帽子を今日買いに行くのです。なつきと。
正確には、なつき、なつきママ、うちのママ、俺。
うちの母ちゃんと、なつきママは仲がいい。
近所で同世代は2人だけで、この頃はさすがに減っていたが、
俺が小さい頃は毎日の様に江藤家に遊びに行っていたらしい。
それで物心つく前から、なつきと一緒に遊んでいた。との事。
なつきママは文句無しの美人で、一応、美人妻コンビとして評判だったようだ。
うちの母は中の上くらいだが、外では上品で大人しい風なので、
内申点でギリギリ合格といった所か。
なつきパパは役場勤めの、優しいだけで特徴の無い真面目な人。
なので、なつき姉妹の外見的遺伝子のほとんどはママのものである。
ママさんは声や仕草に愛嬌があって、小さい俺から見ても色香を感じる人だった。
今見ても、オンナ、を感じさせる女性だ。
共働きしてるので、ママさん用に車をもっている。
んなもんで、よく今日みたく御一緒させてもらうのだ。
女の買い物ってのは、とにかく喋る。
車に乗ったかと思ったら、もう喋る。
何がそんなに話す必要があるのだろう、話さないと死ぬのだろうか、
ってくらい間断無く喋る。
しかも中身がほとんど無い。
俺も川崎での悪友タケヒコと買い物の時に喋るが、もっとゆとりがある。
こんな全台詞の尻を食ってる舞台、観てて息が詰まる。
「ちょっと見ない間に、ともかちゃん、背伸びた?」
んで、こっちにも被害が拡がってくる。
「うふふ、そうなのよ。背もだけど、色々成長しちゃって洋服代大変」
コラ! 母ちゃん、余計な事言うな!
「え? あっ! あらあらあらあら……」
「おばちゃん、前、前見て!」
ちゃんと運転しろ。
「や~~~ん、なんか嬉しい。
なつき、良かったね。ともかちゃん、ボインだぞ~っ!」
今日日ボインなんて使わねえ……って、あ、そんな事はないのか。
「やめてよ、お母さん。オッサン臭い」
やっぱ使わないんだ。
なつきは顔真っ赤だ。
こないだの事、絶対思い出してんな。
「せっかくだから、今日はともかちゃんの服を見てみましょう!」
いや、帽子だから。
帽子買いに行くんだろ!
ーーーーーーーーーーー
俺はかつて1度だけ、痴漢に遭った事がある。
正確には、痴漢に遭ったかもしれないだが。
こっちの世界ではなく、リアルな小4の時にだ。
イイヅカ商店街の路地裏を進むと寺があり、その塀の脇の階段を上った先、
かつては境内だったところに、小丘をならした駐車場があった。
商店街の駐車場がいっぱいの時入れるのだが、薄暗い所だった。
親とはぐれたので駐車場で待つ事にし、早く行っても暇なので、
階段を使わず車で通る方の道で向かった。
結構狭く、小丘をちょっとうねりながら登る道だった。
その坂道のふもとに20代の男がスクーターを止めて立っていた。
右足をでかいギプスで覆って、エンジンをかけるのを手伝ってくれと言う。
シートの上からペダルをキックしてほしいとの事。
俺はハンドルを両手で掴みシートを跨ぐ。
男は俺の後ろ全面にピッタリくっつき、腰を両側から押さえ固定した。
その状態のまま5、6回キックしたがエンジンはかからない。
やたらくっついてくるのと、尻にあたる股間と、首筋に吹く鼻息が、
どうにも気持ち悪すぎて「僕では無理です、かかりません」と断った。
「ごめんね~、ありがと~」と言ったあと、エンジンかけて去ってった。
だから、かもしれないだ。
心配で押さえすぎ、たまたまセルの調子が回復してかかり、鼻息は生まれつき。
そうなのかも知らんが、気持ち悪かったのは事実だ。
思い出したくないし、すっかり忘れてたのに、何で思い出したのか。
その駐車場にママさんが車を入れたからです。
「とにかく帽子!
先に終わらせてスッキリしないと、洋服見たって楽しめない!」
俺の主張が通り、まずは帽子屋へ。
兎にも角にも、用件を済まさんと。
これさえやっとけば、オモチャにされる前にオモチャ屋へGO作戦も出来る。
「いや~ん、これも可愛いっ!」
「これはどうかな?」
「あっ、いんじゃない? あらあらあら素敵!」
帽子屋でオモチャにされてる。
着せ替え人形なら絶対なつきの方が可愛いだろうに、
いくつになっても、新しいオモチャを見れば気が移るのだろう。
なつきを見れば、一人ニコニコ物色中。
いつものオモチャさんは、今日は解放されて自分の時間を満喫ですな。
なんか、その顔見れたら、今の状況もそう苦にならん。
ならんけど、さっさと買え!
「これなんか値段的にも妥当じゃない?」
「そうねえ、どう? ともさん」
「え~、海賊王目指すの~?」
2人がつばの小さな麦わら帽子をだしてきた。
「何、ともかちゃん、海賊?」
「ああ、ほら、なんだっけ、バイキング? アニメの」
「ああ、あははは懐かしいわね。ともかちゃん、アニメ好きなの?」
好きだよ! 声優目指してたし。
ネタをうっかり早すぎたと思ったら、一周回って、あったな昔。
「なつきちゃんは決まったの?」
とりあえず、なつきにパス。
「これがいい」
白い上品な生地の、ほわっとしたキャップだった。
「………」
俺の無くした帽子だ。
いや、これから修学旅行で無くす予定の、いや、はずの、だったの帽子。
まただ。
登校初日に学校へ駆けてったように、俺の負の記憶をなつきがなぞってく。
これもこの世界にスリップした事に関係があるのか。
「わ、これ3千円もするわよ!」
ママさんが抗議の声をあげようとしている。
「でも、なつきちゃんには野球帽は似合わないよね~」
先手を打って、なつきの援護射撃をする。
昔の俺の場合、野球帽にしろとしばらく親と揉め、
最終的には似合わないので、千円しない野球帽は無しになった。
「私もそれがいい! なつきちゃんとお揃いにしたい!」
この世界の流れがどうかは分からんが、
なつきに俺の嫌な経験を、全て押し付けたくは無い。
せめて俺も一緒に。
ん!
なんかママさんズ2人が、目をキラキラさせて俺をみてる。
「ともさん! それって、もしかして?」
「あらあらあらあら? と、も、か、ちゃん!」
あ! しまった!
「いや、あ、そういうんじゃなくて」
「も~う、いいのよう、お母さんって呼ぶ?」
「もう! お母さん!」
「なつきじゃないわよ~」
「そうよ、なつきちゃん、私に言いなさい」
だめだこりゃ。
こんなん、女子たち大好物だよ。
あはは、まだアラサー女子だったな、2人とも。
まだまだしばらく付き合わされそうだ。
ー3ー
興の乗った2人の、完全な着せ替え人形と化して何時間か。
最初の内は鏡の中の自分に、あ、結構可愛い。なんて、
自画自賛的な恥ずかしい感想を抱いたり、
「どうかな?」
なんて、なつきに聞いて反応を楽しんだりしてたが。
長ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!
長過ぎる!
限度があるやろ!
あんたら、自分の服でもないのに、なんで飽きねーの?
なつきだって辛いだろ、いい加減。
って、なつきはどこ行った?
「ねえ、なつきちゃんは?」
「ああ、退屈そうにしてたから、さっき買った荷物、
車に持って行かせたのよ? 気になる?」
またそうやって、人を出汁にして。
車に?
「………………」
「とも、どうかした?」
「気になる」
「「ええっ!」」
「ちょっと行ってみる!」
俺は駐車場に向かって駆け出した。
すごく、嫌な予感がする。
商店街のアーケードのレストランロイヤルから脇道に入り、
寺の塀脇の階段を駆け登る。
人一人擦れ違うのがやっとの道が開けて駐車場に入る。
ママさんカーの辺りになつきはいない。
車を覗くと、さっき買った荷物が後部座席に置いてある。
やはり、あっちの道か!
俺は駐車場のゲートの脇をすり抜けて、車道の方を駆けた。
下り道を走り続けると、坂のふもとの小さなT字路の角、
目立たない所に誰かいる。
スクーターに跨がった人影が2人。
間違いない、なつきだ。
一瞬、なつきとかつての俺の姿がだぶって見えた。
だが次の瞬間、見えてはいけないもの。
何十年もの夢で見た、今より少し大人になった、
オレンジの景色のなかで微笑を浮かべた、なつきに見えた。
俺の中で何かが弾けた。
どうしようもない衝動に突き動かされる。
おそらく、それは、殺意だった。
俺は加速をつけて真っ直ぐ、いやらしい下卑た表情を浮かべた男に突進した。
「どけーーーーーーーーっっ!」
飛び上がり体重を全て乗せ、こちらを向いた顔面に弓なりの蹴りを振り抜く。
顔が誇張ではなく、一瞬、実際に確実に瓜のように変形した。
殺してもいい、事実、殺すつもりで蹴った。
たぶん、本当の俺の体だったら殺人者になっていた。
奴は吹っ飛び、腰を掴んでいたからか、なつきは放られバイクの脇に倒れる。
「ぐををっぅううう……」
「この変態野郎!
なつきだけは、絶対に汚させないぞ!」
「貴様ぁああああああ」
顔中鼻血だらけの男がふらふらと起き上がる。
「なつき! 逃げるぞっ!」
俺はなつきの手を取って引っ張り上げると、逃げようと周りを見る。
アーケードに向かう方に奴がいる。
仕方ない、駐車場の車に入って遣り過ごそう。
男は電柱に立て掛けてあるステ看板を破壊してる。
角材で報復するつもりだ。
「やばい、急ぐぞ!」
俺達は上り坂を駆け上がった。
男は映画の看板を完全に凶器に作り替え、こっちに向かって駆け出した。
坂の中盤、走りにくいのだろう、遂にギプスも放り投げた。
やはり奴はただの変質者だったのだ。
「なつき、車のキー!」
「うん!」
俺はキーを受け取ると素早くドアを開け、運転席に滑り込む。
急いで助手席のロックを引き上げ、解除する。と同時にエンジン始動。
なつきが乗り込む瞬間には、車を急発進させていた。
「と、ともちゃん?」
「このまま此処にいたんじゃ、あの野郎何するか解らねぇ!」
アクセルを思い切り踏み込んで、駐車場のゲートを破壊し外に出る。
途中、男の脇をすり抜ける。
瞬間目が合い、男が怒り、角材を投げつけた。
あんなバカ相手にしない。
「もう大丈夫。このまま警察行って説明しよ」
「あー恐かったぁ。
でも、ともちゃん、なんで車運転できるの?」
「はは、こっそりお父さんに教えてもらってるの。
でも、あんな運転出来るなんて思わんかったぁ」
はは、実は20年もトラックでコンビニ配送やってますとは言えんわなぁ。
「本当。洋画劇場かと思ったよ」
大通りの信号まで辿り着くと安心したのだろう、なつきも冗談を言う。
ママさんの体型に合わせているので、運転には差し障りは無いが、
さすがにルームミラーの向きが合わない。
信号待ちの間に上手く調整する。
と、後ろの方からスクーターがやって来るのがミラーに映る。
手には角材を持っている。
「常軌を逸している……」
このまま俺等が警察に行くのは分かっているのだろう。
どうせ捕まるなら、その前に俺等に、いや、俺に報復したいのだ。
その発想からしてイカれてる。
「なんなの? あの人おかしいよ……」
なつきが怯える。
あんなのに捕まったら、何されるか分からない。
この前の長坂下の時もだが、基本俺はか弱い女子小学生なのだ。
信号無視して強引に車を出す。
パトカーなりが出てきた方が都合がいい。
スクーターは小回りがきくので、スピードで距離を稼ぐしかない。
「しっかり踏ん張ってて」
なつきは窓上の取手を必死に掴んでる。
かなり交通法規を無視してるのに、こんな時に限って警察が来ない。
やむを得ん、信号の少ない土手の道に出る。
遠賀川の土手の上にはガードレールの無い、距離の長い道路がある。
あそこで奴に車をぶつけて川に落とす。
ミラーを見るとちょっと遅れてスクーターが土手の道に入る。
少し車のスピードを落とす。
スクーターの男が怒鳴りながら並んでくる。
「今だ!」
ハンドルを男の方に切ろうとした。が、怪しい!
一回フェイクで車体を揺らす。
男は寸での差で減速し身をかわす。
奴もこっちが勢い余って土手から転がり落ちるのを狙ってるんだ。
「なつき! 頼む! せーので合わせてドアを開けてくれ!」
「えっっ? 僕が!」
「そうだ! 頼む! お前しかいないんだ!」
「ドアを開けるの?」
「そうだ! ただ思いっ切り開けてくれ!」
「う、うん、分かった。やってみる!」
男も俺も互いの意図は分かっているだろう。
やるしかない!
スクーターが速度を上げて並んでくる。
やはり助手席側に来た。
俺の近くを避けたのだ。
「行くぞ!
せーえーのっ、今だ!」
車を寄せると同時にドアを開けた。
さっきの様にギリギリで回避した場合、ドアがスクーターの前輪に当たり、
バランスを崩して横転か土手下だろう。
が、奴はスクーターを寄せて来た。
車のドアに掴みかかってきたのだ。
なつきが必死にドアを開ける準備をしてるのだ。
奴には手の内ばればれ。
開けた所に掴むか跳び移るかしようと狙っていたのだ。
ドアを開けた途端、男の手が伸びる。
開いたドアに男の片手が触れた瞬間、車は急ブレーキで減速した。
奴は掴んだ手と右肩をドアにぶつけ、自らのGをその身に受けた。
身体は左上へ切り揉みに放り投げられ、土手の斜面に叩きつけられる。
俺は急ブレーキの瞬間になつきの上着を掴んで引き寄せていた。
万が一にも、なつきを車外に放り出す訳にはいかない。
イカれた野郎なら、イカれた行動とると思ったよ。
骨折くらいしてても、自業自得だ。
「よし、行こう。たぶん大丈夫」
震えるなつきの手をぎゅっと握りしめたまま、車を警察署に向けた。
なつきは震えながらも、固く握り返してくる。
勇気出して頑張ったな、助かったよ。
だけど、右手だけでの運転は、ギアチェンジが面倒なんだよな……
ーーーーーーーーーーー
小学生2人が車を乗り付けて来たので、一時警察署は騒然となった。
俺は経緯を詳しく説明した。
運転の事は、興味があったので日頃から父のを見て覚え、
実際に逃げながら慣らした。とした。
商店街でのアナウンスでママさんズが駆けつけ、
まあ、泣き付かれたり叱られたり大変だった。
夕方になり、警察に父ちゃんが駆けつけた時に、丁度男が連行されてきた。
父ちゃんのキレ方が半端なく、逆に逮捕されるかという勢い。
警官に羽交い締めにされながら、
「てめえ殺してやる! おい、チャカよこせ!」は今だとアウトじゃない?
「出てきたら、まともに歩けると思うなよ!」これはアウトだよね。
おかげで奴もかなり反省なさってたので、一件落着って事でいいんじゃないかな。
兎にも角にも一件落着。
これにて終了。
めでたし、めでたし。
ねえ、お父様。
ん、ダメ?
ダメだろうなぁ。
はぁ~、家帰るの憂鬱だぁ~。
ー第四話 おわりー
ありがとうございました。五話もよろしくお願いします。