表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/63

第三話 故意にやってはいないので、トラブルメーカーと言うのは止めて欲しい。

挿絵(By みてみん)

ー1ー


 そこはオレンジ一色のモノクロの世界。

 秋の夕日が赤土に反射して、

もたれかかっていたブルドーザーは、さらに色を濃くしていた。

 俺、八重洲ともかは柄にもなく、朱に染まった景色に見とれていた。


「今日の夕日、すごく綺麗……」

 

 いつの間に後ろにいたのか、

江藤なつきも、うっとりした様につぶやいた。

 しばらくの間言葉もなく、2人は夕日に染まる、

山と田んぼだけの、いつもなら見飽きている風景をただ眺めていた。

 ぴったりと隙間なく、寄り添いながら……


 その日、これが恋かと初めて自覚した。

 今まで好きだと思っていた感情は、全てはお子様(おこちゃま)のおままごとみたいな物に感じた。

 だが、それまででも好きだと思う気持ちはあった。

 たぶん恋だ、なんて思っていた。

 それが、平川ミキに抱いていた想いだった。

 

 低学年の頃のいじめられていた俺は、助けてくれた平川に対して感謝と憧れを抱いていた。

 確かな特別の感情ではあった。

 恋ではなかったにせよ、やはり、好きだったのだ。


 平川とは中学で全く接点が無く、まともに会った記憶がない。 

 だから高校が一緒で、久し振りに顔をあわせた時、思いっきりヤンキー娘になっていて驚いた。

 3年生の時は同じクラスだったが、彼女は女ヤンキーグループのリーダーになっていた。

 高校生活終盤のある日、教室で2人だけになった時に思いきって声をかけた。


「ねえ、進路決まった?」


 アネゴは一瞬、びっくりした表情を見せたが、すぐ様にっこり微笑んで、


「私が進学な訳ないやろ。

 しゅ~しょくよ、就職。まだ決まってないけど」


 小学生の時と変わらない笑顔で答えてくれた。

 

 やはり、本質は変わらない。たとえ外見は変わっても。

 あの時俺は、距離をとっていた高校の3年間を後悔した。


 今度は小6からやり直せる。

 平川の件だけを考えれば、この世界もまあ悪くは無いか。

 ちょっとだけ、足取り軽く教室へ向かった。

 

 小学校は校舎ごと1階に下駄箱があり、5、6年生は3棟ある校舎の左側。

 6の3は中庭を突っ切って一番奥、学校全体の左カド、2階にある。


 せっかくこんな世界に来たのなら、うちのクラスに会いたい女性が2人いる。

 1人はもちろん平川だが、もう1人は6年で()()()()仲良くなる子。

 国立美代子、くにたちさん。

 平川は、キリッとした目と引き締まった身体の美人だが、国立は可愛い系のメガネっ娘だ。

(可愛いランキング俺基準2位)


 とある日曜日に、


「今日、遊びに来て」


 と誘われ超期待して家に行ったら、


「お母さんと街に行くから、弟と留守番してて」

 だと。


「ともくん、弟とすごく仲いいから~」

 だと。


 本人に悪気は無い。

 天然なのだ。

 ついでに言うと、こいつら親子で天然だ。


 さ、さて気を取り直して……

 教室の入り口から、顔だけ出して覗きこむ。

 2人を探す。

 いないーー

 いないーー

 いないーーというか、みんな知らない。

 見た事ない人ばかり。


 始業ベルまで、だいぶ時間がある。

 良く、良く見てみる。

 国立さんぽい人がいた……いや、国立さんだ。

 平川さんぽい人と話してる。いや、平川さんだ。


 2人とも、男だ……


 一応、心の準備はあった。

 そういうケース。

 うちの家族は変化なし。

 俺となつきは、性別逆転。

 果たして、変化は2人だけなのか。

 もしあるとすれば、どのくらいか。


 ひょっとしたら、俺等の学年みんな逆かも?


 たしかに頭の片隅にはあった。

 でも、実際に現実を前にすると。


 ガックリ……


 平川さん、カッコイイよ、イケメンだよ、クールな切れ目だよ。

 国立さん、超美形だよ、可愛いよ、2人並ぶとまるで薄い本だよ。

 もう、腐女子キュンキュンいっちゃうよ。

 でも、俺、BL適性無いんだよ。

 

 ま、まあ、本質のとこは変わんないと思う。

 たぶん、こっちの世界でも仲良くやれる。と思う。

 でも、ちょっと、もちっと後に関わろう。


 とりあえず、昔の男友達、いや、今の同性の友人はどうだ?

 俺は、入口の扉の影に隠れたまま、さらに室内を見回す。

 杉やん、あ、ちょっと可愛い。

 高やん、ん~、小学女子って感じ。

 中やん、あんまり変わんね。元々女性的だったな。

 次ちゃん、も女だ。

 早生まれの彼、いや、彼女もってことは同学年が性別逆転か。


「八重洲、さん?」


 ビクッ!!

 後ろから急に声を掛けられ驚く。


「こそこそ、何やってんの?」


 振り返り、また驚く。

 可愛い。

 すごい美人。

 目は二重でぱっちり、まつ毛も長く、ちょっと褐色の肌は健康的で良い方に働いている。

 だ、誰だ?

 名札を見る。

 わたなべ……


「とんきちっ!」


 思わず叫んでしまった。


 渡邉康二郎。

 この頃のあだ名はコジロー。

 今はとんかつ屋「とん吉」店主。

 それからは「とん吉」と呼んでいる。


 中学からの親友で、酒好き、女好きの、どーしょーもない天才。

 九大卒後、大学院進学が決まってんのに赤坂の料亭へ修業に。

 3年でカナダ支店を任され、その後2年で帰郷。

 一番好きな食べ物はとんかつと、とん吉を開店。

 そいつが、こっちの世界じゃ、超美人!


「と、とんきち?

 とんってブタの事?

 わたしが、ブ、ブタって事っ!」


 とん吉がプルプル震えている。

 こいつは昔から短気ですぐ怒る。

 そのくせ、おだてに弱くお調子者。


「違うよ、渡邉さん。

 休みが明けてみたら、あなた、めちゃめちゃ美人じゃない!

 とっても綺麗になってる、って言おうとしたら噛んじゃったの。

 ねえ、どうしたの? 凄く可愛いいっっ!」


「ええーっ! そ、そうなの?

 そ、そ、そーなんだ……

 えー、そんな事ないよ~う」


 ちょろい。

 俺はお前とは30年付き合ってんだ。

 あしらい方は心得ている。

 

「そんな事あるよう。

 なんか、大人っぽくなった?

 顔もだけど、スタイルの方も良くなったんじゃない?」


 俺は調子にのって、ギュッとハグしながら、わさわさっと、

友好的スキンシップを、少し、少々、ちょっとだけやった。


「ひゃんっ、ヤ、ヤエスさん?

 ヤエスさんこそどうしたの? 休みに何かあった?」


 しまった。

 とん吉とは、中学の部活で仲良くなったんだった。

 この頃はまだ、クラスの一友人って感じだ。

 いや、この際だ、相性はいいはずなんだし、もっと距離を縮めておこう。


「ごめん、あんまり可愛いかったから。

 これからはもっと仲良くしてね。

 ともって呼んで」


「うふふ。

 ヤエ……ともちゃんって、本当はくだけた人なのね。

 私のことも康子でいいわよ」


 なにが「うふふ」だよ……可愛いけど。

 この可愛い顔に何処と無く、とん吉のエロ親父の面影が見えてくるのが泣けてくる。

 だが、お前の顔を見ていたら、何だか腹が減ってきたよ。

 そういえば朝飯食べてない。

 嗚呼、お前の揚げた、おろしロースかつ定食が食べたい……



ー2ー


 友達になるのに、タイミングやシチュエーションがあるとは思う。

 が、たまたまそういった事でなった場合、疎遠になる事が多い。

 長く役者をやっていれば、劇団内外の舞台や撮影などで、馬の合う友人が結構できる。

 ひと月も稽古で顔を付き合わせ、毎晩のように飲みに行ってれば、何年来の友人みたいに打ち解ける。

 だが、役者開店休業中の様な今、連絡を取り合っているのはほとんどいない。

 環境で友人になった場合、違う環境になれば離れていく。

 それでも残った友人が、親友になっていくんだろう。と思う。

 

 そういった意味では、30年間変わらず仲良くしてくれる、

コジローとん吉とは、親友? 悪友? なのだろう。

 男女違っても、本質は変わらないと信じたい。


「おい! 邪魔だろうが!」


 入口付近でスキンシップをして、

関係を良くしようと乳繰り合っていたら、後ろから急に怒鳴られた。


「女同士で乳繰り合ってんじゃねーよ! 気持ち悪りい」

 

 はい。

 乳繰り合いたくて、乳繰り合っていました。すみません。


 振り返ると人相の悪い少年が睨みつけている。

 名札を見なくても分かる。

 面長つり目で鷲鼻なのは、女の時と一緒だ。


 長坂下しのぶ、ながさかしたさん。

 小3まで俺をいじめていたグループの女リーダー。


 こいつの親は建設会社の社長との事で、甘やかされて育っている。

 その上クラスで一番背が高く、女と思えないパワーでグーパンチしてくる奴だった。

 それが男とは。

 こりゃあ、実に質の悪い……


 と思ったが、これが何とも可愛らしい。

 もちろん、なつきや女とん吉のような容姿の事じゃない。

 幼い。

 仔犬や仔猫の可愛いさなのだ。

 この教室にいる子は美人だイケメンだと言っても、やはり小学生。

 基本、皆、お子ちゃまなのだ。


 長坂下がまだ何か言っている。

 不良ぶって喋っているが、声が軽くて高い。

 ハイハイ、コワイでちゅね~、愛くるしい~。

 緊迫感あるシーンだろうが、大人の目から見ると頬笑ましくもある。

 回りを見ると、やはり凍りついている。

 あ、平川クンもこっちに気づいた。

 すぐに席を立とうとする。

 まあまあ、そう心配しなさんな。

 平川クンにニコッと微笑んでみせた。


「何、ヘラヘラしてんだよ!」


 長坂下が俺の手を掴んで、力任せに引っ張った。


 グオオオオオオッ!


 ものすごい力。


「のわ~~~~~~~っ!」


 俺は蹴っ(つまず)いて前転しながら、教壇前付近の机と椅子を吹き飛ばした。


「お前! やり過ぎだろっ!」

 平川が声をあげる。


「八重洲さん!」

 とん吉、いや、ヤスコが悲鳴をあげて駆け寄ってくる。

 ともかでいいってば。


 油断した。

 相手が可愛い6年生なら、

こっちは、か弱い6年生女子だった。

 意識してなかった。

 非力すぎる。


「平川、てめえは関係ぇ無えだろ!」

「やり過ぎだっつってんだ! 謝れ!」


 思い出した。

 4年生の時、俺のせいもあって、2人の仲は最悪。

 5年生の時、長坂下はクラスが別で問題無かった。

 6年生の時、再び同クラス。

 回りも気遣って、表面的には穏やかに卒業をむかえる。

 が、それは2人が女子の場合。

 裏表ない男子の場合、まあ、ぶつかるだろう。


「2人とも、私が入口塞いでたのが悪かったんだから……」


 早めに止めんと、こいつ等、気持ちが盛り上がるぞ。


「ごめん、ごめん」


 2人の間に入ろうとした。


「だから、ヘラヘラすんな!」


 ドン! 肩を小突かれた。


「ヤエ! 長坂下てめえ!」


 平川が長坂下を殴った。


「うがああ~っ!」


 2人は組み合うと倒れこみ、床を転げ回る。

 こりゃ、もうダメだ。

 手に負えん。

 回りの皆も、2人の迫力にどうする事もできない。

 始業ベルまで10分以上ある。

 長坂下はともかく、平川が心配だ。

 仕方がない。


 俺は急ぎ、掃除用具入れからバケツを2つ取り、教室を飛び出した。

 長い廊下には2箇所、掃除用のコンクリートの流しがある。

 そこでバケツに水を汲み、教室へ取って返す。

 

 丁度、長坂下が(また)がるように平川を押さえつけ、殴りつけようとする所だった。


 俺はバケツを1つ持ち、助走をつけ、真っ直ぐ前に押し出した。

 水を放出する瞬間、手を引くように、ピッと止める。

 水は勢い良く一塊(ひとかたまり)のまま、一直線に長坂下の後頭部を直撃した。


「ぐわぁはあ~っ!」


 中学の水泳部時代、いかに強力に水をかけ合うか、とん吉達と競い合った経験が活きた。

 長坂下は前方に倒れこみ、下の平川と一緒に横倒しになる。


「うわあ~っ、何だあ!?」


 ずぶ濡れになった平川は起き上がると、混乱しながら回りを伺った。

 

「あーはっはっはっはっはっ。

 喧嘩してる犬を止めるには水をかけろってのは本当なんだな。

 いや、盛りついた犬だったか?」


 俺は、舞台ツラ、センターに立つ気分で渾身の台詞をはいた。


「ヤエ……お前」

「ヤエス……貴様」 


 2人はムッとして、こちらに一歩足を出す。

 俺はもう1つの水の入ったバケツを構える。


「「うっっ……」」


 後ずさる2人。


「まあ、まあ、お二人さん、慌てなさんな」


 俺は勢い良く振り上げると、頭上でバケツを下に向けた。


 ザパーーーーーン


 俺は自分で、頭から水を被った。


「これで3人おあいこって事で、水に流さない?」


 2人に向けて、ニッコリ微笑む。

 一瞬、教室に静寂が生まれた。


挿絵(By みてみん)


「ふふ、まったく……」


 平川も頬をくずし、


「どうしたんだ、ヤエ。

 今日はメチャクチャだ……なっ!?」


 長坂下も。


「いいぜ。

 俺も女に手を上げるつもりじゃ無かったん……だ!?」


「ヤエちゃん!」


 とん吉が名字を叫びながら胸に飛び込んで来た。

 おお、よしよし、ハグやな。

 よくあるパターンやな。


「ヤエちゃん! 胸っっ!

 透けてるよっ、隠してっ!」

「ええ~~~!?」


 今日は朝から4月とは思えない暑さで、セーターはバックにしまい、上着は薄手のブラウス1枚。

 そのブラウスが肌にピッタリ張りついて、白いブラがくっきり浮かび上がっている。

 透けた感じが、直接見えるより数倍エロい。


「きさ、ま。ヤエス、サン……それは、」

「ヤエ、ブラとかしてたんだ……」 

 

 そうだった。

 俺等、田舎の小学校では、女子はまずブラは着けない。

 厚手の下着でギリギリまで踏んばる。

 たぶんうちの母も、かなり悩んだ選択だったのだろう。

 俺の発育が良すぎたのだ。

 この胸では、少々の厚さの下着では太刀打ち出来まい。

 小6女子としては、かなり恥ずかしい状況である。


 恥ずかしがるべきか、ごまかすべきか。

 俺の対応如何で皆の、特に男子の今後の態度が決まる。

 1年間冷やかしの対象にされては迷惑だ。

 決めた。


「おう。

 俺ぁ、けっこう胸でけぇんだよ」


 つい俺とか言ったけど、堂々と明るく。だ。


「そ、そうなんだ。

 ヤエ……分かったから、上なんか着ろよ」


 あれ、選択ミス?

 すると横にいたヤスコが、堪えきれずと笑い出した。


「ぷふぅっ、ヤエちゃんって、オッサンくさ~い」 


 ガーーーーーーーーーーン!


 小6女子的にも、40男的にも、一番こたえる台詞を、

とん吉ヤスコさんに頂きました。


「はいみんな、席に着いて……って、何! 何なの?」


 いつの間にか始業ベルは鳴ってたみたいで、担任の古賀先生が入ってきた。

 やれやれ、俺はあんたが来る、時間稼ぎをやってたんだぞ。


「何? あなた達びしょ濡れで! 

 床も水びたしだし! 誰がやったの?」


「「「「「八重洲さんです!」」」」」

 

 全員が声を揃えて俺を見る。


「え~~~~~~~~~~~~~っ!?」


 何だろ、こんなオチ……


 

ー第三話 おわりー 

    

 


 


 

 

 

 

ありがとうございました。四話もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ