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第6話 アリスの欠点

「もしかして、あれか?」

 丘の下一杯に広がっている、燃えるように赤い花を見て俺はアリスに確認を求めた。


「血を吸うかの如く真っ赤な人を誘惑せし花……我らの目指したもので間違いあるまい」

 アリスが近くへと寄って一つ一つを入念に確かめる。

 どうやらこの花こそが件の興奮草とやらで間違いないらしい。


「よし、じゃあ早くに持ち帰って――――」

 そう口にする傍ら、一角から土が大きく盛り上がりを見せている。

 土はどんどん掘り返されていき、土の中からやがて一匹の大きな蜘蛛が飛び出してきた。

 いや、一匹だけではない。周囲では土から何匹もの蜘蛛が飛び出してくる。

 大きさは一メートル程だが、長い手足と色のない瞳は恐怖を与えるには十分だ。


「これは……」

「土蜘蛛、ですね。普段は土に隠れているのですが、獲物が近づくと土から出てきて襲ってくるとの事です。基本的には群れで行動して一つの獲物に群がり相手の身動きが取れなくなったところで中身を溶かしてぐちゅぐちゅにして皆で美味しく戴くとか」

「妙に生々しくて怖い説明をありがとう、テレシア」

 そうだとすると、油断して掛かると痛い目を遭うな。


「テレシア、アリス! さっきの通りに行くぞ、手早く殲滅して――――って」

 ふと気付けばアリスが俺の足元で小さく縮こまって震えている。


「おい、どうしたアリス? 早く戦闘に――――」

「……うぅ、虫、怖い……駄目……」

「え!?」

 アリスは土蜘蛛へと目を向けるや否や顔を真っ青にしてまたも目を反らして縮こまってしまう。

 こいつ、まさか虫系モンスターの類は一切駄目なのか?


 そうしている内に警戒しながらだが、土蜘蛛は確実に俺達を囲い始めている。

 これは……ちょっとヤバいかも知れない。


「くッ、こうなったら仕方ない! テレシア、アリスに土蜘蛛を近づけさせるな! 常に警戒態勢で一匹ずつ確実に撃破していくんだ!」

「分かりました!」

 テレシアは返事をするや否や引き抜いた剣で早速一匹の土蜘蛛を斬り倒す。


 それを切っ掛けに土蜘蛛が一気に襲い掛かって来た。

 数は一匹……二匹、七匹か。テレシアが一匹倒したからあと六匹だな。

 二人で残り六匹、こいつらの強さを鑑みるに難しい数字じゃない。

 というか、ここを切り抜けなければ死ぬ。


 ここが俺達の正念場だ。

 だってここを切り抜ければ俺はライトノベルにあり付けるのだから。



「だりゃぁあああ!!」

 気合の一声と共に俺は装備している短剣を用いて唐竹割の要領で蜘蛛の一匹を屠る。

 どうにか倒せないレベルではない。とは言え、俺のレベルは今のところ、大した事のない。初級冒険者と言って良いだろう。


 

 二人でもどうにかなるかと思ったが……どうやら思い違いだったようだ。

 この土蜘蛛は強くもないが、弱くもない。

 こいつらは固まると想像以上にやりづらい。


 その考えは当たっていて、次第に追い詰められていく。

 土蜘蛛の攻撃方法はシンプルだ。基本的には前足を用いた鋭い引っ掻きなど。

 しかしその足は常時四本以上あると考えて良いので、遠距離攻撃などがない俺にとっては驚異的である。短剣一本しか持たない今の装備では捌くにしても限度がある。


「ぐッ」

 ちょっとしたミスから土蜘蛛による鋭い攻撃を食らってしまう。

「ノボル様!」

 肩から血を流す俺を見て、テレシアが心配そうに声を掛ける。


「俺は良い、軽傷だ! それより今は目の前の敵に集中して――――」

「――――私の」

 背中にぞくり、と悪寒が走った。

 テレシアの様子がいつもと違う。いつもは何だかんだふんわりとした女の子らしい顔付きなのだが、今はまるで抜き身の刀のような危うさがそこにはあった。


 彼女は土蜘蛛を睨みつけると、まるで幽鬼かの如くゆらりと構えた。

「私のノボル様に何をしているんですかァ!」

 一閃だった。

 彼女の斬撃一つで土蜘蛛三匹の身体がずるり、とズレた。


 そのまま俺の方へと走って来ると勢いそのままに土蜘蛛の一匹に剣を突き刺す。そして、突き刺した剣の柄を足場にして跳躍。

「うらァ!」

 と叫びながら土蜘蛛の頭部にエルボーを喰らわせた。


「…………」

 その余りの変容具合に俺が驚きから声を発せないでいると、

「大丈夫ですか、ノボル様!?」

 そう言って俺の元へと駆け寄って来る。その様子はいつものテレシアだった。


「申し訳ありません、私が不甲斐ないばかりに!」

「いや、助かった。ありがとう」

 俺はちらりと土蜘蛛に視線を向ける。

 体重の乗った綺麗なエルボーの喰らった土蜘蛛の顔面は文字通りぐちゃぐちゃになっていて、ビクンビクンとその身体は痙攣していた。


 ……こいつ、怒らすと相当やべぇんだな。

 まあ取り敢えずこれで一安心か――――そう思った矢先だった。



「きゃあッ!」

 後ろで悲鳴が聞こえる。悲鳴を上げたのはアリスだった。

 彼女の目の前には土蜘蛛。やべぇ、一匹数え漏れていたのか!


「アリス!」

 俺が叫びながら駆け出す最中、テレシアは颯爽と前へと飛び出す。

 そしてアリスに土蜘蛛の鋭いカギ爪が伸びる一歩手前で、彼女の身体を庇いながらテレシアは倒れ込んだ。

 続いて俺が土蜘蛛の側頭部から攻撃。急所を突き刺す事でどうにか事無きを得た。


「あ、あの……」

 アリスがどう声を掛けたものか、と困惑するような表情を浮かべた。

 口調も何処か邪気眼風なのが抜けて普通になっている。

 テレシアは自分の態勢を立て直しつつ、そんなアリスを抱き起こすと、にっこりと笑って見せる。


「ご無事でしたか、アリスちゃん?」

 よく見たら背中の方が引き裂かれて血が噴き出していた。

 だが、テレシアはそんな事をおくびにも出さずに笑ってみせる。


「だいじょうぶ、ですか? わたしの――――」

「いえいえ。アリスちゃんが無事なら良いんです! 良かった……無事で」

「その……ご、ごめんなさい」

「大丈夫ですよ。それよりアリスちゃん、私は他の言葉を聞きたいです。良いですか?」

「あ……、その、ありがとうございます……」


 アリスはそんな彼女に対して恥ずかしそうではあるが、きちんと伝わる言葉で礼を言った。

 普段、邪気眼言語を使っている彼女が言った飾らない言葉だ。

 それだけテレシアに感謝しているのだろう。


「構いませんよ。仲間じゃないですか」

 テレシアのその言葉にも偽りはなかった筈。


「うぅ……」

 アリスはそんなテレシアを見て抱き着いた。

 鼻を啜っているところを見るとやはり怖かったのだろう。


「よしよし……もう怖くないですよ……」

 そんなアリスの頭をテレシアは慈しむかのように撫でてやる。

 草原の中で少女の頭を撫でる女性。何だかその光景はラノベの挿絵のように感動的なものに思えた。

 しかし、その感動的な静寂を破るかのように、ぼこり、と不穏な音が辺りに響き渡る。


「……くそ、またか!」

 それは新手の土蜘蛛達が沸いて出てきた音だった。

 しかも今度は先程の数倍規模の土蜘蛛が飛び出してきている。

 巣でも近くにあるのだろうか。どちらにしろ俺達で対処出来るような数ではない。


「や、やべぇ! おい二人共! さっさと興奮草採取してずらかるぞ。このままだと依頼どころか全滅しちまう!」

「分かりました、ノボル様!」

 テレシアも状況の危うさを察したのか、その顔には焦りが浮かんでいる。


 しかし、そんな最中、

「くく……くくくく……」

 急にアリスが笑い始める。そして、その様子は明らかに冷静ではなかった。


「くく……ふふ、ふはははは!! わ、我こそは邪神にして神々をも壊す存在である究極の存在であるぞ! く、くく蜘蛛如きが我に仇なすなどしょしょ笑止! わ、我の覇道を凡百の虫如きが阻めるなどと思い奢らぬ事だな! さあ、地獄の窯を開いてみせようぞ!」

 アリスは腕を振り上げ、震えた足で立ちながらそんな事を口にするや否や、彼女の習得した呪文の中で一際派手で強力な魔法を唱えようと――――


「って待て、アリス! こんな所でそんな呪文唱えたら興奮草まで焼けて――――」

「イフリートの叫びをその身で味わうが良い! 『フレアストリーム』!!」

 俺の静止が聞こえないのか、アリスは混乱した様子で呪文を唱えきり、恐らく最大火力で唱えられた炎の嵐は土蜘蛛はおろか、群生している興奮草、その全てを巻き込んで焼き尽くしていった。



「あぁあああ!! 俺の、俺のライトノベルがァ!」



 俺の叫びなど聞く耳持たずと灰になった興奮草の花弁がゆらゆらと夢幻の如く、風に吹かれては散っていった。


2017/4/29 表現を一部修正しています。

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