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第3話 言語適性

「ああ、駄目だ。さっぱり何言ってるか分かんねぇ……」

 部屋の前の廊下にてテレシアと椅子に座り待たされている中、部屋から如何にも冒険者風の荒っぽい大男が出てくる。正に歴戦の戦士と言わんばかりの風貌で、恐らくは凄腕の冒険者か何かだろう。

 しかし、その表情は何とも沈痛な面持ちだった。


「畜生、言語学者である俺が太刀打ち出来ないなんて……、一体あれは何語だったんだろうか」

「お前、学者だったのかよ!?」

 驚きのあまりに声を発してしまうと、そんな俺に気が付いたらしく冒険者風の男改め言語学者を名乗った男が俺に視線を向ける。


「お前さんも面接を受けるのかい? かなり難しいからな。俺の分まで頑張ってくれよ……じゃあな」

 そう言って言語学者を名乗る男は去っていった。試験に落ちて尚、俺の失礼な言葉に怒らず、あまつさえ心配までしてくれたあの男は存外良い奴だったのやも知れない。


「次の方どうぞ!」

 部屋の中からそのような声が聞こえる。俺の出番はテレシアの次だ。彼女はすっくと立ちあがると、

「ではノボル様、行って参ります!」

 そう言って意気揚々と部屋へと入っていった。


 あいつはどうやら色々な言語に詳しいらしいし期待が持てるやも知れない。


 しかしながら、十分後――


「全然分かりませんでしたぁ……」

 まるでこの世の終わりとでも言いたげな表情でテレシアは部屋から出てきた。


「次はノボル様の番ですね。頑張って下さい。それでは私は切腹の準備をしておりますので、ノボル様の面接が終わったその時は介錯をお願いしたく……」

「そういうのは良いから。あとお前はホント命を大事にしろ」

 短刀を取り出しているテレシアを取り敢えず止めておく。


 しかし言語学者ですら理解出来なかったのだから、それを俺が理解するというのはあまりにも無茶というものである。

 望みは女神による言語サポートとやらが何処まで効力を持ってくるかだが。

 まあ恐らくは大して期待は出来ないだろう。

 そんな風に俺は半ば諦め気味に部屋へと入った。



 部屋には椅子が一つ置かれていて、その前には長テーブル。そして長テーブルを挟んで依頼主のニーグさんともう一人座っていた。恐らくはそいつが例の専門家という奴だろう。

 驚く事にそれは小さな女の子だった。


 小さな体躯に幼い顔付き。真っ白な新雪を思わせる綺麗な銀髪を横で綺麗に止めている。所謂サイドテールという奴だろう。髪留めには黒の十字架がその存在感を主張している。


 何より印象的なのは彼女の格好だった。ヒラヒラの黒いドレスは小さな女の子が着るには大人びていて何だかちぐはぐな印象を受けた。怪我でもしているのか左手には包帯が巻かれており、しかしその巻き方は一見して何処か雑に思える。


 そして女の子は一言、

「裁きの時間ね」と口にして微笑んで見せた。


 ……あ、俺、この娘の言語、何となく分かっちゃいました。


「ええと、ノボル君、だったっけ? では面接を始めるよ。面接の試験内容はこの娘、アリス君の言っている事をきちんと理解してコミュニケーションが取れる事。若くて小っちゃい子だけどこう見えてこの子は魔法のエキスパートで魔法薬にも精通している天才少女らしいんだ」

「我を下級な悪魔と愚弄するか!」

「とまあ怒っている事は何となく分かるんだけどね。しかし、いまいち何を言っているか分からなくてね。今まで来た人も皆、いまいち意味が分からないみたいで――――」

「小っちゃい子って言わないで、という事らしいです」

「君、彼女の言っている事が分かるのか!?」

 

 ニーグさんの言葉と共にがたり、と椅子から立ち上がったのはアリスの方だった。

「魂の共鳴か!?」

「……それで、なんて言っているのかな?」

「私の言っている事が分かるの!? ……と言っているんだと思います」

 ニーグさんの視線を受けて俺は翻訳してみせる。



 続けてある程度彼女の事を知る為に俺から質問してみる。

「ええと……アリスちゃん、で良いかな?」

「我を真名で呼ぶ事を許可しよう」

 アリスって呼んで下さい、と言っているのだろう。


「成程、じゃあアリス。今回は興奮草と呼ばれる魔法草の採取依頼という事だけど、そっちの見分けはお前に任せて良いのか?」

「我の持つ第三の目は真実を的確に見極められようぞ」

 任せて下さい。私、鑑定には自信があります、と言っているようだ。


「それに俺ともう一人、護衛として付いていく事になるけど大丈夫か?」

「我が僕として同行を許そう。では契りを共に結ぶとしようぞ」

 問題ないです、宜しくお願いします! と言っているらしい。


「ちなみにライトノベルとかってどんなジャンルが好きなんだ?」

「ラグナロクの探求に心血を注いでおる」

 バトルアクションとかそう言ったジャンルが大好きです、との事だ。


「お前って何歳なんだ?」

「幾つもの世界を旅した我の精神は軽く百の齢を数える程だが、肉体の傷跡は十二を刻んでおる」

 十二歳です、と訳して正解だろう。


「好きなものとかってある?」

「より良き魂の同期こそが我の求めしアーティファクトよ」

 大人っぽい仕草や振る舞いをするのが趣味です、と言う事である。


「成程、大体分かったよ。ありがとう」

「うむ。よきにはからえ」

 彼女が満足そうにそう頷くのを見て俺は確信する。



 この娘はあれだ。所謂中二病と言うか……まあ、端的に言ってしまえば邪気眼って奴だ。


 邪気眼ってのは中学の頃カッコいいと思って言動を物語の主人公っぽくしてみたり、意味もなく右手に包帯捲いちゃったりするアレだ。通常は中二病とか言われるのだが、現実と虚構の枠を超えて影響が出たりするとそれはもう邪気眼と呼ばれ、同類からも特別視、あるいは忌避されてしまう。

 日本でもコミュニケ―ションが取れない程に深く嵌る奴は珍しいし、何だったら年齢的に考えても早熟のように思えるが。

 しかし、ここはライトノベルが一般的に流行った世界であり、この街は特にライトノベルが流行っている冒険者街だ。

 十二歳にして邪気眼に目覚める奴が居ても不思議ではないのだろう。


 まあ今までコミュニケーションに苦労していたところを見ると、彼女程の邪気眼も珍しいのだろうが。


 そんな中、俺はと言うと中二病、邪気眼共にラノベ読みとして一通りの経験はしている。 

 普通の日記に見せかけた自作の暗号によって読み方が変わる邪気眼日記も書いてたし、自らの真名を封書した禁忌の札も戸棚の奥にしまっている。

 自らの前世を克明に記録した門外不出のノートだって何冊も作っていた。闇の衣と呼んでいたカーテンの切れ端を巻いて夜中、表に出た事だってある。


 まあ、ラノベ好きとしてそれくらいの事は当然のように通った道だ。

 これくらいの邪気眼言語、分かって当然とも言えよう。


 という訳で、

「採用! 採用だ! 君、アリス君と共に出来れば今すぐ採取に出発してくれ!」

 俺は依頼主の御眼鏡に敵い、依頼を受ける事に成功した。





「さすがはノボル様! あの難解な試験を突破するとは!」

 依頼を受ける事になった旨を話すや否やテレシアはそう言って称賛してくれる。

 いや、別にそういうもんでもなかったんだが。ただ単に相性良かっただけだしな。


「いえいえ! 謙遜なさらないで下さい! そうでなくとも貴方の存在は私にとって神にも等しいのですから」

 成程。こいつの言っている事を一々真に受けていたら身体が持たんな。


「ところでノボル様。その娘なんですが」

 テレシアが俺の横にちょこんとくっ付いているアリスへと目線を向ける。

 今のアリスは俺の服の裾へと手を伸ばしている様子だ。言葉が理解出来るという事でどうやら懐かれてしまったようだ。随分と可愛らしい様子でテレシアを覗いている。


 しかし……、よく考えればこれはヤバい状況なのではないだろうか。

 なにせテレシアはよく分からないが俺に惚れているらしい。そうなってくればこれはお決まりの嫉妬イベントだ。テレシアがアリスに良くない感情を覚えるやも知れない。


 もしもそうなれば依頼の達成にも響いてくる。

 そんな風に危惧していると、しかしテレシアの表情はアリスに対して慈しみのような感情が向けられており、そこに嫉妬のようなものは感じられなかった。

 俺の思い過ごしか、そう考えているとテレシアがにっこりとこちらへと向き直る。


「どうしましたか、ノボル様?」

「いや、何でもない」

「ああ、成程。私がこの娘に嫉妬すると思ったんですね?」

「ど、どうしてそれを!」

「ふっふっふ。私のノボル様についての観察眼を舐めないで下さい。他は兎も角ノボル様に関しては誰よりも鋭いという自負があります」

 そう言ってにっこりと笑うテレシア。

 そういやさっきもそんな事言ってたが、マジだったのか。恐怖を感じる。


「それは兎も角として、私は嫉妬なんてしませんよ。むしろノボル様が誰が好きであろうと構いません。私は二番でも三番でも構わないのですよ」

「そうなのか?」

「ええ。他の女の子が好きであっても、その海よりも深い愛情を私にも向けてくれるなら、私にとっては一向に構わないのです。私にも向けてくれるのであれば」

 私にも向けてくれるのであれば、を強調している辺りそこには確固たる信念が感じられた。

 それもそれで怖いんですがそれは。


「それに私、実は結構子供好きなんですよ。ふふふ、アリスちゃん、でしたよね? 私はテレシアです。良ければ仲良くして下さい」

 テレシアはアリスに向けて手を差し出す。

 しかし、

「…………」

 アリスはと言うと、俺の背に隠れるようにしてテレシアから逃げてしまった。

 こいつ、どうも人見知りでもあるらしい。


 それはそれとして、テレシアはその様子がショックであるらしく項垂れてしまう。

「うぅ……子供の扱いには慣れている筈なんですが……少しショックです」

「まあこれから暫くの間、一緒なんだ。徐々に慣れていけば良いだろ」

「それはそうですが、実はその惚れ薬の件、もしかしたらアリスちゃんも知っているかなって。そしたら教えて貰えればってそう思っていたんですが」

「お前のそういう腹黒いとこを見透かされてんじゃねぇの?」


 つうか諦めが悪いな、こいつ。

 もしかすればこいつの作る料理とかも少しは警戒した方が良いのかも知れない。


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