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第31話 テレシアの憂鬱

ここから暫くの間、テレシア視点になります。

 私がノボル様の妻(予定)として生活を始めてから、それなりの月日が経ちました。


 具体的に言えば季節の桜が散り、初夏の兆しを感じられるようになったぐらいです。

 きっともうすぐ雨期がやってくるでしょう。それまでにはノボル様ともう少し進んだ関係になりたいものですね。



 さて、今日もノボル様の為に朝ご飯の準備を始めます。ノボル様はまだ目覚めないですが、朝飯の匂いで起き始めるでしょう。これもいつもの光景です。


 そんないつもの朝の光景。それを打ち破ったのは私達の愛の巣である部屋を叩く戸の音。


「はい。なんでしょうか?」

 そう言って戸を開けると姿を見せたのは宿屋の受付兼主人さんであるメロリアさんです。

 メロリアさんは女性で、黒髪の知的な美人さんです。


 私とノボル様の二人で部屋を使う事についても融通を利かせて下さいましたし、何かと親切にしてくれているので助かっています。


「おはよう、テレシアちゃん。朝ご飯を作っている最中?」

「はい! ノボル様の為に今日もとびっきりのを作っています」

「そりゃあ羨ましいね。それに毎日、朝ご飯を作って貰えて、こっちもこの部屋だけ特注でキッチンを設置した甲斐があるってもんだよ」

 そう言ってメロリアさんは笑顔を見せてくれました。



 本来、冒険者の住まう宿に台所など設置されている事はまずありませんが、この部屋には設置されています。

 

 なんでも昔、この部屋を使っていた人が変人さんで、高いお金を払って改造してしまったんだとか。


 その為、他の部屋より宿賃が割高にはなっていますが、それでも相場から考えれば安い方ですし、ノボル様と二人で利用しているだけあって家賃は半分で済むので重宝させて戴いています。


「そうだ、テレシアちゃん! 今度、二人でお茶とかしない? ほら、たまには女同士で色々と話したいし、私も普段むさい冒険者の相手ばっかりしてるからたまにはテレシアちゃんみたいな可愛い娘と一緒に遊びたいのよ」

「それは良いですね! しかし、その、ノボル様に予定を聞いてみないと……」

「そっかー……でも、良ければ是非に、ね!」

 その時、メロリアさんの眼に怪しい光が宿った気がしましたが……多分、気のせいです。

 メロリアさんはたまーにこういう目をなさいます。そういう不思議な方なんでしょう。



「ところで今日はお誘いに来たんですか? 他に用事とかって……」

「ああ、そうだった。今日はテレシアちゃん宛てに手紙を預かっているんだ」

「……手紙、ですか?」

 この時から若干嫌な予感はしていたのですが、それを受け取らない訳には行かず、メロリアさんから手紙を受け取りました。


 そして、メロリアさんが帰った後、意を決して中の手紙を確認すると――――






「コハクさん。今日はご相談があります!」

「ふむ。テレシア君から相談とは珍しいね」

 私の目の前には私のパーティメンバーであるコハクさんが座っています。


 私の見る限りにおいても他に類を見ない程の美人さんなのですが、これが驚く事に女性ではなく、男性なのだそうです。



 いわゆる男の娘という奴ですね。私もこの街に住んでいる身。人並みにはライトノベルに対し理解はあります。しかし……それでも奇特な方だとは思います。



 それでもノボル様は勿論、私も頼りにしているくらい優秀な方なのですが、事ある毎にノボル様を誘惑してうらやま――いえ、少々困った御方です。


 いえ、ノボル様が誰を選ぼうと私にそれを阻む権利はないのですが……ただ、ちょっとエッチな方なので、その辺だけ気を付けて戴きたいところではあります。



 とは言え今回、私がご相談をするにあたってこの人は打ってつけの人の筈です。


 ここはメルエスタのとある喫茶店。今回はノボル様には暇を戴いて、コハクさんと二人だけで来ています。あと、この事はノボル様には内緒です。


 ノボル様に隠し事など妻(予定)として本来、あってはならない事なのですが……。相談内容が相談内容なので、まあ緊急事態という奴です。そういう事にしておいて下さい。



「それで、テレシア君がボクに相談と言うのは? エッチな相談であれば喜んで引き受けたいのだけど」

「そ、そうではありません!」

「くく、その恥ずかしがっている顔を見れただけでも今日、来た甲斐があったと言うものだ」

 コハクさんは楽しそうな笑みを浮かべています。……ホントに困った人です。



「実は……コハクさんには恋愛相談に乗って戴きたく思っています」

「ふむ、恋愛相談か。これまた責任重大だねぇ。……ところで、どうしてその相談をどうしてボクなんかに?」

「あ、えっと、もしかしてコハクさんもノボル様に好意を持っているのですか? だったら――」

「ふふ、ノボル君も隅にはおけないねぇ。……あ、安心したまえよ。ノボル君の事は好きだし、ボクの中でかなり気に入っている。彼にならボクの身体を預けても良いと思っているくらいだ。けど、今のところ君の邪魔をするつもりはないよ」

「あ、いえ。もしコハクさんもノボル様の事を愛しているのであれば私に構わずどうぞ想いを告げても良いと言おうとしていたのです。私はノボル様に愛して戴けるのであれば二番目でも三番目でも構わないので!」

「……ハーレム全肯定とはまた中々だね。これはノボル君も大変だねぇ、くっくっく」

 コハクさんは実に楽しそうに喉を鳴らしています。



 ノボル様は度量の広い御方。私ごときでその愛が足りるものではない、と私はそう思っているだけなのですが……。やはり変なのでしょうか。



「ところでボクに相談する理由をまだ聞いてないね。どうしてだい?」

「あ、すいません。えーと……私の知り合いの中ではコハクさんが一番、恋愛経験豊富そうだったからです」

 自慢出来る事ではありませんが、私が相談を持ち掛けられる程に仲の良い人と言うのはそう多くはありませんし、それにとある理由もあって相談を持ち掛けられる人はごく限られています。



 とまあそんな理由からコハクさんに相談させて戴く事に決めました。

 なんとなく消去法みたいな理由になってしまいましたが、実際のところコハクさんは恋愛経験豊富そうに見えますし、私も気兼ねする事なく相談出来ます。



「君に恋愛経験豊富そうと思われるのは褒め言葉として受け取っておこう。しかし、テレシア君。ボクはね、恋愛経験が豊富と言うよりは性別に頓着せず愛を求めているだけ、とでも言おうか」

「はぁ……」

 よく分かったような分からないような微妙な表情を浮かべる私に対し、コハクさんはこう言い直しました。


「つまりは乱れた性に長けているだけ、と言う事だよ」

「乱れた性!?」

「くく、君はホントに良い反応をしてくれるね。乱れた性、というのは軽い冗談だよ」

「……からかわないで下さい。私はコハクさんと違って経験なんて全然ないんですから」

「ボクも経験なんて無いに等しいさ。しかし、こと君よりは経験豊富と言って良いだろうね。なにせ君はそう言った自由もない状況だったのだから」

「……コハクさん」

 コハクさんの含みを持った言い方に私は思わずその表情を覗き見てしまう。


 しかし、コハクさんはいつもの何処か楽しそうな笑みを浮かべているだけだった。



「……私の事、知っているんですか?」

「さてね。けど、君の言葉で何かあるんだと知る事が出来た」

 コハクさんはそう言って口角を上げる。

 ……私は一杯食わされた、と言う事でしょうか。



「いや、実際のところ君についてそう多くは知っている訳でないよ」

「本当ですか?」

「まあね」

 コハクさんはそう言ってるが、実際のところどうなのだろう。


 しかし、コハクさんが私の事について多くを知っていたところで、それをどうこうする事はないでしょう。


 なにせここ数日で知り得たコハクさんと言う人はどうやら物好きであるらしいですから。

 だから私の事を知ったところで下手な事はしないでいてくれるでしょう。


 その辺については妙な確証が私にはありました。

 私のこの感覚は多分、信用しても大丈夫なものだと思います。



「ところで恋愛相談だっけね? 相手はノボル君で良いんだよね?」

「ええ。むしろノボル様以外に私が興味を示す殿方はいませんから」

「くく、実に楽しい返しをしてくれるね、君は。しかし、アタックなら君が普段から散々やっているじゃないか。それでは駄目なのかい?」

「ええと、そのそれでは……」

「それは何故かな?」

「その……兎に角、ノボル様との仲を進展させる必要性が出てきた、と言いますかその」

「成程。それは進展させたい理由はどうやら話辛い事のようだね」

「…………」

 私の無言を肯定と受け取ったのか、コハクさんは良し、と頷いてみせた。



「分かった、君の相談に乗ろう。けどボクでは君にとって有用な意見を出せないかも知れないけれど、それでも良いかい?」

「ええ、ありがとうございます。その……私一人で考えては埒が明かないので」

「そうか、なら協力しよう。一緒にあのノボル君を倒そうではないか」

「いえ、あの……コハクさん。倒す、と言うのはちょっと」

 そんな私の訂正など耳に入らないかのごとく、コハクさんはウキウキとした様子であれやこれやと考え始めました。


 ……ちょっとだけ不安になりますが、まあコハクさんですし、何かしら良い案を出してくれるでしょう。不安と言ってはコハクさんに失礼です。



 ……出してくれますよね? やっぱり少しだけ不安です。

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