第30.5話 転生してからの一ヶ月
ノボルが転生してから一ヶ月の間何をしていたかについての説明回です。
読まなくても特に支障はないので面倒であれば飛ばして下さい。
ダンジョン探索もギルドでの依頼も受けていない完全オフの日のことだ。
「ねぇ、ノボル君」
予定がないのか部屋にやってゴロゴロしていたコハクが突然口を開く。
「なんだ?」
「いやね、気になることがあって」
「気になること?」
「ノボル君はボクのここ――――太腿とか、その奥とか気にならないの?」
俺に頭を向け、足先を行儀悪く丸テーブルの上に投げ出して寝転んでいたコハクは自身の太腿の付近を指さす。太腿の裏側がこちらには丸見えで、太腿と太腿の間に出来た隙間でさえも見通せそうなくらいのラノベで言ったらサービスカットをしている。すらり、と伸びたコハクらしい綺麗な太腿が異様な魅力を放っている。
いつもの通りショートパンツと袖の少ない薄着シャツというラフな格好をしているコハクは太腿どころか色々な場所が見え隠れしていて、痴女(?)の面目躍如と言った感じだ。
しかし……、
「……お前は男だろうが」
「えー」
俺のその返しに不満そうな声を上げつつ、コハクは身体を起こす。
「でも、ラノベにも男の娘はいっぱい出てくるじゃないか。君はそういうタイプのヒロインも好きなんだろう?」
「男の娘をヒロインに含めるかどうかはさて置くとしても、確かに俺はそういうタイプのキャラクターも好きだ」
俺としては作中で可愛く魅せているのであれば、ヒロインとしてカウントしても良いと思っているが、しかしそれは人によって意見が別れるところだろう。
「ならさ、ボクをもっと女の子として扱っても良いんじゃないかい?」
「それとこれとは話が別だ。俺は現実と虚構をごっちゃにしたりしない。虚構は虚構だからこそ良い。ラノベはラノベで完結してんだよ」
「んー……じゃあ、これでも?」
コハクはショートパンツを緩めて、少しばかりそれを下げて見せる。
女の子と比べても遜色のない程に真っ白な肌と一見して華奢な肢体、それでいて小さなおへそとその先がゆっくりと見えていき――――
「ぶぶーッ! コハクさん! イエローカードです!」
そんなところを傍から見ていたテレシアが止めに入った。
「どうしたんだい、テレシア君。君も混ざるかい? さぞ良い景色になるだろうよ」
「ま、混ざりません! 私はその……せめて、私一人であれば……」
「ふふ……、冗談だよ」
コハクのその言葉にテレシアは若干頬を染めた。
「おい、テレシアをからかうのは止めろよ」
「何だい? 君のものだから大切にしたいのかい?」
「そんな事は言ってない!」
コハクのその言葉に更に顔を赤くしているテレシア。
……どうしようこの状況。
「そんなことより! お前はそんな事が聞きたかったのか?」
状況を取り繕うべく俺はそう投げかけるが、コハクは涼しげにこう言った。
「勿論違うよ? ただ、ノボル君の顔を見たら一呼吸の内にからかってみたくなったんだよ」
「…………」
なんて傍迷惑な奴なんだ……。
「いやね、ボクが聞きたいのはボクとそして、アリス君が居なかった時の君達の事だよ?」
「お前とアリスが居なかった時の事?」
「うん。聞けばボク達が加わるまでの間は君とテレシア君、二人でダンジョン攻略してたんだろう?」
「ああ、そうだ」
そして、無理だったからこそ今、こうして依頼を中心としてライトノベルを手に入れようと画策しているのだが。
「その間、一ヶ月だったって聞くけど……。具体的に一体なにをしていたんだい?」
「なにって……普通にダンジョン攻略だけど」
「いやね、ラノベが欲しいが為に趣味でもないのに女装した挙句、水着まで着けた君が普通にダンジョン攻略して諦めるようなたまではないと思うんだよ。だから何処までやって諦めたのか、そういう話が聞きたくてね」
「ああ、そういう話か」
「恐らく相当な無茶をしたんだろう?」
転生してから一ヶ月の間、確かに俺は相当な無茶をしていた。
この俺が、このラノベ好き過ぎるあまりに死んだ経験を持つこの俺が! そんじょそこらのダンジョン攻略で根を上げるようであれば、今こんなところには居ないだろう。
俺はあの、今考えれば無謀に過ぎるダンジョン攻略を思い起こした。
「まず俺はダンジョン攻略について情報を集めた」
「ふむふむ。まあ基本だね」
「そんで、すぐに一ヶ月やそこらでは無理という結論に至った」
「まあ当然だね」
初級の冒険者が一つのダンジョンを攻略するにはそれこそ三年の月日が掛かる。
才能のある奴が誰よりも努力すれば二年、英雄になれるレベルの器であれば全てを捧げてようやく一年と言ったところ。
ダンジョン攻略の為にするべき事は山ほどある。魔物を狩り、それらの魔力を戴く事によってレベルを挙げながら、一つ一つの技を鍛えていく。戦闘に関するセンス、駆け引きを学び、モンスター独自の挙動や技を覚え、回避する術を習得しなければならない。また、魔物は生き物だ。中にはおかしな挙動をしてくる奴もいる。そんな奴への咄嗟の判断力も必要だ。
多種多様な毒などへの対処、対策も忘れてはならない。ダンジョンの奥深くで毒に掛かれば、そしてその毒がどういった毒性を持っているか判断出来なければ訪れるのは確実な死だ。
ダンジョンで休息、あるいは体力の回復を試みる場合もあるだろう。食事やその他のサバイバル技術、応急処置などの知識も必要不可欠である。
ダンジョンを攻略するにはこれらの他にももっと多くの知識、技術、強さが必要だ。
これらを自然に出来るようになるまで、センスのある常人が頑張ってようやく三年という月日なのである。
だからこそ、普通の人間が一ヶ月やそこらでダンジョンを攻略するなんて無理なのである。
「けど、俺はそんな時間を我慢出来なかった。頑張るのは良い。努力だって幾らでもしよう。でも三年は無理だ。一年だって気が狂いそうになるだろうさ」
「だったら君はどうしたんだい?」
「寝なかった」
「え?」
「人は人生の三分の一を休息に使っている。俺にしたらそれは勿体ない事だ。それを十分の一にでも減らしたら人はもっと沢山の行動を起こせるだろうに」
「……だから君は寝なかった、と?」
「人の十倍頑張れば、俺のような初心者でも短期間でダンジョン攻略出来るんじゃないかと思って、一ヶ月の間、ほぼ寝ずのダンジョン攻略をやったんだよ」
「馬鹿だねぇ」
コハクは軽くだか、断言するようにしてケラケラと笑った。
当然だ。間違いなく馬鹿である。
寝ずに頑張れば、まだ頑張れるなんてそれこそブラック企業の経営者みたいな言い草だ。
だが俺はそれを試した。朝もなく昼もなく夜もなく、ダンジョンに向かってはひたすらにモンスターへと立ち向かったのだ。
ダンジョンへの挑戦はギルドを通す決まりだ。なのでそんな俺の無理に対して何度となくギルドから警告が出ていたのだが、俺はその全てを無視した。
睡眠時間などどれぐらい取っていたかなんて全く覚えてはいない。
「それでも攻略は無理だったんだろう?」
「まあな」
「じゃあ、それを一ヶ月続けて終わり?」
「いや、まだだ。これは言わばまだ正攻法だ。なにせ普通にダンジョン攻略しているだけだからな」
「……普通って概念がよく分からなくなるね。じゃあ何かしたんだね?」
「ああ。搦め手を幾つも試した」
「搦め手?」
「ああ。普通にダンジョン攻略するんじゃなくて、もっと頭を柔らかくしてみた」
「……嫌な予感がするんだけど」
コハクが苦笑いを浮かべる中、俺は思い出話を続ける。
「例えば塔型のダンジョンってあるだろ? 下の入り口から中に入って天辺目指す奴」
「うん。割とポピュラーな形だよね」
「その外壁を上って天辺目指してみた」
「凄い事考えるね、君」
天辺まで外壁昇って天辺に着いた後、適当に穴開ければそれでゴールじゃん! とか思ってやってみたのだが。
「それでどうなったんだい?」
「怪鳥型のモンスターに襲われた」
「ああ、そんな事になるんだ」
コハクは感心したように言う。
三分の一程昇った辺りで塔の中からモンスターが飛び出してきて、俺を襲ってきたのだ。
お陰であやうく死にかけた。空でなんて襲われたら何も出来ないのが当然である。
「つうかよく生きてたね、君」
「俺はラノベを読むまでは死ねないからな」
「ホント、君の生存本能ラノベのみで満たされているね」
「次はダンジョン攻略の過程で得たなけなしのお金を使って、ベテラン冒険者に頼んで『インビジブル』の魔法を掛けて貰ってのダンジョンへの侵入を試みた」
「ああ、それって透明化の魔法?」
「知っているのか」
「ああ。そりゃあボクみたいな性癖を持っている人間には夢の魔法だからね。いつかそれを掛けて貰って街の中を裸で歩くのがボクの夢の一つなんだ。忍者になるか魔法使いになるかどうかで最後まで迷ったからね」
「……迷ったのか」
「それより。それでどうなったんだい?」
「ああ。ダンジョンの中に鼻が利くモンスターが居てな。透明化してもやっぱり無理みたいだ。怪しまれた挙句に追い回されて当然死にかけた」
「ええと、まだ他にも?」
「ああ、当然だ。他には身体に思いっきり聖水振りかけて特攻したけど遠距離攻撃されて死にかけたし、モンスターの被り物による擬態も挙動のおかしさからバレて死にかけた」
「君、いっつも死にかけてんね」
「そりゃそうだ。俺はライトノベルに懸けては文字通り命を賭けているからな」
「命あっての物種じゃないの?」
「ライトノベルあっての命だ。ラノベ読めなきゃ意味がない」
「……この街にはラノベに命懸ける馬鹿ばっかりが居るけど、君程命懸けてる馬鹿は早々居ないだろうね」
「そうなのか? これくらい普通だろ」
「それが普通ならこの街はとっくに廃墟と化してるよ」
珍しくコハクが引くかのような反応を見せる。
……まあ、俺も若干アレだったとは思っているけど。しかしラノベを前にしてしかも転生後すぐだからテンション上がりまくってたのである。
「それから後もあれやこれやと試してみてなぁ」
「それも全部失敗したと」
「ああ。それどころかギルドから今度こそ最後通告並みの厳重注意を受けてな。新たにパーティ募集しようとしても集まらなくなった」
あまりに常識外れで過酷に過ぎる馬鹿なダンジョン攻略が冒険者から冒険者へと伝わっていき、最後にはギルドから厳重注意を受ける事で俺の無茶な一ヶ月は幕を閉じたのだった。
しかもパーティ募集出来ないとかいうバッドステータス付きで、だ。
「『少数精鋭のパーティからなるアットホームな雰囲気で、一人一人の力を十分に発揮出来る上、パーティ加入時より責任のある仕事を担当できます』っていう魅力的な募集要項だったのになぁ」
「それで来たとすればその人はとんでもない馬鹿なんじゃないのかい?」
確かにちょっと躊躇われる募集だったかもだが。
いや……間違いなく躊躇われるな。ちょっと頭どうかしてたかも、俺。
「ならボクとアリス君の二人はともすればとんでもないパーティに入ってしまった事になるね」
「まあ、さすがにあれほどの攻略はもうギルドからの注意もあるし出来ないから安心して良いけどな」
今度こそ冒険者の資格剥奪すらあり得る。そうなったら最後だ。
さすがにそのリスクを冒すのは躊躇われる。やるならラノベが手に入るという確証が出てからだ。
「いや、少なくともボクは楽しいパーティに入れたと思っているよ。多分アリス君も。だってこんなに馬鹿げたパーティも他にないからね」
「それは褒めてんのか。それとも貶してんのか?」
「さあね」
コハクはそう言って煙に巻く。
「でもね、ノボル君。その間もテレシア君はずっと一緒に居てくれたんだろう?」
「まぁ……」
「勿論です! 私はノボル様の為の私なんですから!」
急にテレシアが会話に割り込んでくる。
「だってさ、ノボル君。テレシア君にはもっと感謝しないといけないかもね」
「いえ、感謝など必要ありません! だって当然のことなんですから!」
「ノボル君」
「何だ?」
「いやはや……中々に凄いね、プレッシャー」
「……だろうな」
これを無碍に扱うのはさしもの俺でも難しい。
ただ、テレシアに感謝しているのは本当だ。
今後、何かしらの形で返していかないといけないだろう。
「どうしました、ノボル様? 私にして欲しい事でもありますか?」
思わずテレシアの方へと視線を送っていると、彼女が言葉を返す。
「……いや、なんでもない」
俺はそう言って今後についてラノベ以外にも頭を悩ますのだった。




