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第30話 新スキル

「あれ? ここは――――」

 バスタさんが走ってやって来たのは俺達の依頼人の家。つまりはドリトルさんの居場所に他ならなかった。

 バスタさんは玄関の戸に駆け寄るとその戸を壊れるかと思う程に強く叩き始めた。



「ドリトル君! ここを開けたまえ! 分かっているんだぞ、これが君のした事だって!」

「なんだよ騒々しい……、で、なんだって? 俺が何をしたって?」

 玄関の戸を開けて大げさに肩を竦めてみせるドリトルさんに対し、バスタさんは凄い剣幕で捲し立てる。



「しらばっくれるんじゃない! 分かっているんだぞ! 僕の命の次に大切な本棚を荒らしたのは君の仕業だって事は!」

「何を根拠にそんな事を言っているんだよ。大体俺は今日、ずっとここに居たさ。使用人に尋ねたって良い」

「何も君自身がやる必要はない。大方、凄腕の盗賊辺りでも雇って僕の書庫に侵入させたんだろ!? まったく……あれだけ精緻に整えられた本棚が台無しじゃないか! どうしてくれるんだい!?」

 どうやら俺達を雇った事は見抜かれてしまっているようだった。その指摘に少しばかりたじろぐドリトルさんだったが、すぐさま取り繕ってみせる。



「はッ! 随分と決めつけた言い方じゃねぇかよ。大体、その本棚に収められてるライトノベルってのはおめぇの大好きな貧乳ヒロインばっか出てくる奴だろ? ナイチチを見て一体何が楽しいってんだか……、神が与えたもう乳こそ至高! 神に見放されたヒロインに価値などないと何故分からんかね」


「何を馬鹿な事を! 君には優美なる大地の中に慎ましく膨らむ乳の魅力が分からないのか! これだから蛮族は困るな! それに君のような巨乳に誑かされるばかりの阿呆な男の考えは浅いんだよ! 大方、この前僕が君から借りたライトノベルにケチを付けたからこのような愚を犯したのだろう!? まったく……考えが透けて見えるようだよ! だからもう一度言ってやる! あのライトノベルは話は素晴らしかったが、ヒロインが巨乳を通り越して奇乳だったのが最大の失策だ! 顔よりも大きな乳など気色悪いと何故気付かない!」


「それが良いんだろうが、夢と希望が大きく詰め込まれた巨乳おっぱいの素晴らしさに気付かない非国民め! それに俺がおめぇの本棚を荒らしたとして、それが一体なんだと言うんだ! 大体先にやったのはお前だろう!? この前、俺の貸したライトノベル、巨乳の描写を線で消して貧乳描写に変えやがっただろう! 作者様が生み出した至高のラノベに手を加える愚かな行為! この仇を取って何が悪いと言うんだ!」


「白状したな! やはり君が本棚を荒らしたんだ! それに壊れたものを直す事の何が悪いと言うんだ! 巨乳描写のような邪魔な文字などにかまけるくらいなら貧乳描写に変えた方が良いに決まっている! 何故世界の真実に気付かない!」


「くそが……神にあだ名す馬鹿な行い! やはりお前とは相容れないな」


「こちらこそ、君のような神をも汚す蛮族にも劣る愚かさ、見過ごす訳にはいかないな!」




「……さて、ノボル君。これはどっちが悪いと思うかい?」

「どっちが悪いも何も……」

 低レベルな喧嘩過ぎて何も言えないんだが。子供の喧嘩かよ。

 第一、ドリトルさんの家の敷地内での諍いとは言え、これだけ大声でがなりあっているのだ。近所の人達が段々と集まってきている。


 ……こりゃあ少しは仲裁に入った方が良いのではないだろうか。


 喧嘩の原因を作ったのは(指示されたとは言え)俺なんだし。



「うーん……どうしたものかな」

「もう一旦出直した方が良いんじゃないですか? アリスちゃんの教育にも良くないですし……」

 テレシアがアリスの方を見遣る。アリスはと言えば、二人が取っ組み合いを始めた辺りで見ていて良いものか、とオロオロし始めている。


 ……まあ確かにアリスくらいの女の子にこのような光景を見せているのは少しばかり気に病まれる。



「取り敢えず一旦仲裁してみるか。出来なかったら帰ろう」

 そう決めた俺は彼らに作り笑いを浮かべながら近づいた。



「あのー……そろそろこの辺で一旦終わりにしてはいかがでしょうか?」

「お前か。よくやってくれたみたいだが、悪いが後にしてくれ。今はこの貧乳を愛するなどと言ったキチガイじみた考えを叩きのめすのが先なんだ!」

「誰だい、君は? 今からこの巨乳などという脂肪の塊を崇拝する愚かしい考えに鉄槌を下そうとしているんだ。危ないから引っ込んでいたまえ」

 お互いを睨みつけたまま動かない二人。取り付く島もないとはこの事である。



「ノボル様」

 肩を竦める俺に対し、テレシアは肩をポンと叩いた。


「ノボル様が仲裁しているにも関わらず地に頭を着けないどころか、一瞥すらしないこの失礼なる行い。万死に値します。最早、息を吸う資格もありません。いっその事、殺してしまいましょう」

「待って! ちょっと待って、テレシアさん!」

 仲裁しているのに新たな諍いを起こしてどうすんだよ!

 つうか俺は何!? お前の中での俺は王か何かなの!?



「ノボル君、ここはボクに任せておきたまえよ」

 俺の様子を見ていたコハクはそう言って前に出る。


「まあまあお二人とも、ここはボクに免じて場を収めてくれないか。何だったら……ほら、ちょっとくらいならエッチな事をしてくれても……良いんだよ?」

 コハクはショートパンツに手を掛けながら、少しだけ下ろしてみせる。


 その色っぽい仕草に沸くギャラリー。……いや、どちらかと言えば、こっちの方がアリスの教育に悪くね? しかもやってんの実は男だし。言わないけど。


 それはそうと肝心の二人だが、コハクの方を一瞥したかと思えば、すぐさまにらみ合いに戻る。



「貧乳如きが割って入るんじゃねぇ、失せな」

「胸にも達しない平原という呪われたぺったんこを持つ憐れな少女よ。この聖戦に君のような者が割って入るもんじゃない。引っ込んでいたまえ」



「アリス君。彼らは教育上、良くない。いっその事火にかけて存在を抹消してしまった方が世の為、人の為になる」

「おい、待て。イラついたからってアリスに制裁を頼むな」

「悪しき人間を滅ぼすは邪神なる我の責務。ここは一つ、地獄の責め苦を味合わせてやろうぞ!」

「いや、アリスもその気にならなくて良いから」

 存外にやる気らしいアリスを止める。多分、制裁とか抹消とかそんな感じの雰囲気が気に入ったのだろう。



 それによくよく考えたら彼らはこう見えて高レベル冒険者。

 一方で俺達はと言えば低レベルの端くれ冒険者だ。例え、最大火力の魔法をアリスが撃ったとしても大したダメージは無いのではないだろうか。



「うーん……何か手立てはないものか……」

 この時、俺にも覚えたてのスキルがあった事を思い出した。

 ……これで場が収まるとまでは行かずとも、気を逸らす事くらいは出来るかも。



 効果すら分からない新スキルだが、試すはただだし、この前使った時も大した効果はなかった。

 なら、どんな効果があったとしても殺してしまう事はないだろう。


 そう思って、俺は覚えたてのスキルを使ってみる事にした。


「『ユリホモラ』!」

 俺は覚えたてのスキルを唱える。相変わらずどんな効果があるのか分からないスキルだ。



 すると、

「……ん、なんで俺達、取っ組み合いの喧嘩なんかしてんだ?」

「え? いや……なんでだろ。ふむ……分からないな」

「すまねぇ……殴っちまって」

「いや、こっちこそ」

 先程まで取っ組み合いの喧嘩をしていた二人が、毒気の抜けた様子でお互いを見つめあう。

 取っ組み合いまでしていた二人のその急激な変化にギャラリーはおろか、俺達ですら疑問を覚えた。 


 ……あれ、もしかしてマジでスキル効果あったのか?


 これってまさか喧嘩の仲裁が出来るスキル効果でもあったのか? それとも敵意を消せる?

 ……いや、一度ダンジョンで試した時は普通に襲い掛かって来たしなぁ……。


 どういう事だろう。


 沸々と沸く疑問だが、唐突に答えが分かってしまった。

 喧嘩していた筈の二人の様子が段々とおかしくなっていったからだ。



「……なあ、よく見るとさ……お前って中々に可愛い顔、してねぇか。巨乳ヒロインにも負けない魅力ある表情、してるぜ?」

「君も……貧乳ヒロインに負けず劣らない、素晴らしい魅力に溢れた表情をしているじゃないか」

 そんな甘い台詞を口々に交わしながら先程とは違う意味で取っ組み合い始める。



「……ノボル君、さっきこの二人に何かしたようだけど、一体君は何をしたんだい?」

「いや、気を逸らせるかなって思って覚えたてのスキルを試したんだが」

「スキル? どんなスキルだい?」

 俺はコハクに先程試したスキルを教える。



「ああ……通りで」

「ん? お前、俺のスキルの効果が分かるのか?」

「いや、分かるも何も……そのままじゃないか」

「そのまま? …………あ」

 俺は自身の新スキルの効果に気付いてしまった。

 

 『ユリホモラ』――――――――百合、ホモ等。マジカヨ。



「もしかして……同性愛者に変えてしまうスキル?」

「そのようなだねぇ……喧嘩していた二人を愛し合わせるなんて何と恐ろしいスキルなんだ」

 俺は最初、このスキルをダンジョンモンスターに試した時、効果は表れなかった。


 ……もしかして、あれ一匹しかいなかった時に試したから効果が出ていたとしても意味が無かっただけではないだろうか。



「ねぇ、ノボル君。男の娘であるボクには分かる。この二人、そろそろ熱い口づけを交わすよ? ……先程の言葉撤回しよう。君のスキルは平和に満ちた愛あるスキルなんだね」

「言ってる場合か! 教育上良くないってレベルじゃねぇぞ!」

「ノボル君、スキル効果が切れるのはどれくらいだい?」

「…………『ムネムネ』でも最低十分以上は掛かる」

「これも同じぐらいだとしたら……ああ、愛あるホモセッ〇スが始まるには十分な時間だね」

「……逃げるか」

「……そうしようか。アリス君にはこれ以上は見せられない」

 三十六計逃げるが勝ち。

 最早出来る事はないと悟った俺はアリスの目を隠しながらテレシア、コハクと共にその場を後にした。


 依頼の成功報酬なんて貰える筈もない。

 俺はがっくりと肩を落としながら、南無三と二人の行く末が少しでも軽い罪になるよう、そう祈っていた。


 


 ――――後日。


「ノボル君」

「……なんだ?」

「あの二人、往来での同性間不純異性交遊の罪によって七日間の禁固刑になったらしいよ」

「……聞きたくない」

「あと、二人の仲はスキルが切れた後は元通りになったらしいよ。……まあ、ちょっとばかし仲良くはなったみたいだけど。仲直りの仲裁が出来て良かったね、ノボル君」

「……すみません」

 いや、もうホントすみません。



 俺はこれから先、あの二人に合わせる顔が無さそうである。

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