第29話 第三接触
仕掛けた悪戯の結論から言ってバスタさんは怒った。
それは家の中にて怒りのあまり絶叫するバスタさんの様子が外で隠れて様子を伺っている俺達にも手に取るように分かる程なので、その怒りようが分かるというものだ。
「ノボル様。あの方、すっごい怒っているようですが、一体何をされたんですか?」
気になるようでテレシアがそう尋ねてきた。
「それはだなぁ……」
どうやら成功したようなのでドヤ顔を浮かべていると、頼み事をしていたコハクが帰ってくる。
「やあ、どうやら上手くいったようだね。しかし……、あれであんなにも怒るものなんだね。驚いたよ」
「ああ、帰ってきたか。上手くやってくれてありがとう。お陰で良い成果だ」
「あれ? コハクさんに何か頼んだんですか?」
「ああ。ちょっとコハクに悪戯の協力を頼んでな」
「協力?」
「まあ具体的に言うと、家の所持品に手を加えさせて貰った」
その所持品と言うのは彼の所持する大量のラノベが眠っているラノベ本棚である。
さすがはライトノベルの街、メルエスタにて有数の冒険者が一人である。その所持数は生半可なモノではなく、実際に見て様子を伺ってきたコハクの話によると広い書庫には幾つもの本棚が並んでおり、そこには所狭しとライトノベルが理路整然に並べられていたらしい。
大量の本を所有する本棚所有者に取って本棚を理路整然と並べているのは一種の芸術に近い。
当然ながら実用性を兼ねて綺麗に並べているところも勿論あるのだろうが、それ以上に綺麗に整頓されて並べられた本棚というのは見ているだけで気持ちが良いものである。
自分がこれだけ本を集めたのか、という達成感やコレクター欲を満足させてくれるし、何よりもそれだけの本を所有し、そしてその殆どに目を通しているというのはそれだけで誇らしい気持ちになれる。
自らが所持する大量の本が理路整然と収められた本棚を前にすると言うのは、何かを作り上げたような達成感が味わえるのだ。
俺はかつて大量のライトノベルを所持していただけにその気持ちがよく分かる。
そして、それに手を加えらえ、あまつさえバラバラにされた時の苛立ちというのも、またよく分かっているつもりだ。
「侵入の上手いコハクに頼んで、シリーズ別、ジャンル別に並べられていたライトノベルをバラバラにして、その上で表紙をも外して入れ替えまくったんだよ」
本棚を大量に持っているものなら分かると思うが、本棚を理路整然と並べるのはこれで結構難しい。
出版社別に並べるか、それともジャンル別に並べるか、という悩みもあるし、出版社別に並べるとすれば同作者によって書かれた別出版社の本などはどう扱えば良いか、など扱いに困る場合もある。俺がかつて所持していたのは殆どがライトノベルだが、漫画を所持していたとすれば青年向け、少年漫画などで大きさも違ってくるだろうし、ライトノベル以外の一般文芸にも手を伸ばしていれば大型本や新書サイズの本なども出てくるから、その扱いもどうして良いか悩む事となる。
まあ兎に角、本棚の整理は皆が思っているよりもずっと大変なのである。
そんな苦労して整理して、自分だけの形に作り上げた本棚を滅茶苦茶にされればそりゃあもう烈火のごとく怒って当然であろう。
かつては同じく大量の本と本棚を持っていた者として他人の本棚を荒らすような行いはあまり宜しくはないのだが……、まあ今回はライトノベル入手する為だ。
ライトノベルの為ならば他人の苦しみをも犠牲にして進める。
これはライトノベルを嗜む者として当然の事である。
「つまりノボル様は自らの手を汚さず、完璧な悪戯を達成してしまった訳ですね! なんという下卑た行い! さすがはノボル様! ノボル様を敵に回した者は地獄の苦しみを味わいますね!」
「さすがはノボル! 邪神をも凌ぐ程の悪辣ぶりよ!」
「はっはっは! そうだろう、そうであろう! ……いや、よく考えたらそれ褒めてないよね、お前ら」
俺の言葉に尚も羨望のまなざしを向けるテレシアとアリス。
やっぱ悪い事しちゃったよなあ。……いや、これも俺の幸せの為だ。
つうかもうラノベ読みたい欲が限界なんよ、マジで。
「まあそれにしたって小悪党止まりだけどね。厳重な警備を掻い潜れるのが忍者であるボクだけだとは言え、ナチュラルに手を汚さないで人にやらせる辺りとか」
「えーと……ほら、警備もそうだが、本棚の前に行ったら俺絶対その場から動けなくなるし。ラノベ読み漁って手が付けられなくなりそうだからさ」
「ま、そういう事にしておくよ。それに本棚まで行けるのであれば盗む事だって出来た筈なのにノボル君はそれを指示しなかったし。そういう根っから悪党になり切れないところがボクは好きだよ」
「うるせぇな! その……同じラノベ読みとしてラノベ盗んで読むとか、そんな酷い事出来なかっただけだよ!」
「ふふ……何を照れてるんだい? そんな顔を見ていたら君に対して思わず本気になってしまいそうじゃないか」
「……お前に本気とか言われるとそれはそれで身の危険を覚えるから止めてくれ」
「そうかい? くく、まあでもノボル君のそういうドン引きした顔も好きだから止める気は更々ないけど」
「……お前、ドМじゃねぇのか?」
「ちっちっち。ドМじゃなくて攻めるドМ、だよ」
分かってないな、と人差し指を左右に振るコハク。何が違うんだよ。
「大違いさ。相手を虐めたいのと、相手を怒らせてその先のお仕置きと蔑みを期待するのとでは全然違うからね。今も君からの蔑みとお仕置きを考えただけで身体中が火照ってくるようだよ」
「……じゃあ何もしないわ」
「ふっ、放置プレイかい? それはそれで……」
そう言って顔を赤くして身体をくねらせるコハク。すげーな、こいつ。無敵かよ。
「つうかお前と馬鹿話している場合じゃない! バスタさんの様子はどうだ!?」
俺は木陰に隠れて、部屋の中に居るであろうバスタさんの様子を伺う。
しかし、先程までそこに居たバスタさんの姿は何処にも無かった。
「あ、あれ? バスタさんは何処行ったんだ!? もしかしてこちらの事がバレたんじゃあ……」
そう言って周囲を警戒したが、バスタさんはと言えば玄関口の方へと来ていて、そのまま走って家から出て行ってしまった。
「おや、バスタさんが何処かに行ってしまわれたようですね。……はッ、もしやノボル様の魅力に今頃になって気付かれたとか……駄目ですよ! ノボル様は私のものなんですから!」
「ノボルは我と契約を結んだ身。テレシアのモノではないぞ」
「いや、そう言うのでもないから……良いから追いかけるぞ!」
そう言って俺達は見つからないようにバスタさんの後を追った。




