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第28話 第二接触

「次は我のターンよ」

 そう言って自信満々な顔で言うのはアリスだ。


「アリス、分かっているのか? 悪戯だぞ、悪戯」

 かなり素直な子なので、正直こういう事にはあまり向いているとは思えないんだが……。



 しかしアリスは自分に任せろと言わんばかりに胸を叩くと、

「仔細ない。彼奴のパンドラの箱を開かせれば良いのであろう?」

 どうやら悪戯が驚かせる、という事は理解しているようである。

 取り敢えずは一先ず任せてみるか。



「よし、分かった。頑張れよ、アリス」

「うむ。我の雄姿、主らはそれを語り継ぐ者ぞ」

 そう言ってアリスは現在、噴水広場にて貧乳の女性を見ながらうんうん、と頷いているバスタの元へと向かった。



「アリスちゃん、一体何をするつもりでしょうか? ……心配ですねぇ」

 その様子を眺めるテレシアの表情はそわそわとした感じで一向に落ち着きがない。


 それは間違いなくはじめてのおつかいを遠くから見守る母親と言った風である。

 まあ俺も何となくそういう気分だけど。



 俺達が心配そうに眺める中アリスはと言うと、バスタさんの方へは近づかず噴水の方へと近づいている。


 一方、バスタの方はと言えば、アリスの、主に胸を凝視しつつ、やがて、

「…………」

 残念そうに首を振っていた。



「ノボル様。私、何だか殺意が沸いてきたんですが」

「……俺もだ」

 アリスは十二歳にしては未だ成長の遅い方だとは思うが……しかし、それでも可愛い。それで良いじゃないか。 



「二人共落ち着きなよ。……アリス君もそろそろ何か仕掛けるようだよ」 

 コハクの言葉と共にアリスは右手を宙に上げつつ、そして声を張り上げた。



「ここに見るは摩訶不思議なる魔法ぞ! さあ、見届けよ!」

 噴水広場には沢山の子供たちも集まっている。その子供たちが一斉にアリスの方を見遣る。


 右手を掲げたアリス。その右手からポン、と彼女の顔くらいの大きさがありそうなフクロウが現れた。


 脈絡もなく魔法のように現れたフクロウに驚く子供たち。不敵な笑みを浮かべながらアリスはフクロウを紹介する。



「ここに召喚せしは我が使い魔であるコカトリス。賢く気高い、地獄よりの使者であるコカトリスは我が呼び声に応えようぞ!」

 そう言ってアリスはコカトリスなるフクロウを空中に羽ばたかせた――――




「如何なるモノであったか、我が使い魔の実力は!?」

 嬉々とした表情で胸を張るアリス。俺はそれを困ったように見つめながら、取り敢えず彼女の頭を撫でる。


「……いや、凄かったよ。お前の使い魔」

 実際、凄かった。超凄かった。


 アリスとコカトリスは息の合ったコンビネーションで芸を披露し続け、広場に居た子供たちどころか広場を通りかかる人達から拍手喝采を浴びていた。



「凄かったですねぇ、アリスちゃん。アリスちゃんが唱えた魔法の火の輪っかを次々と潜り抜けるコカトリス君なんか実に見事でした」

 そう言ってテレシアはアリスを撫でる。ひと撫でする度にアリスはえっへんと自慢げにしてみせた。


 確かに凄い。凄かった訳だが……。



「アリス」

「うむ」

「確かに凄かったが……これは悪戯ではない」

「なんと!」

 アリスは驚いてみせると、俺の裾を掴みながら抗議する。


「なにゆえか!? 彼奴のパンドラの箱は確かに開いておったぞ!」

「いや、まあ確かに驚いてはいたけどさ」

 ターゲットであったところのバスタさんは途中から貧乳女性の観察などほっぽりだしてアリスの方へと視線を送っていた。貧乳とか関係なく驚いていたようで、最後には感動して涙を流していた。


 だが、それは違う。違うのだ。



「アリス。悪戯ってのは驚かせれば良いって訳じゃないんだよ」

「……なんと」

 そう言ってアリスはシュンとしてしまう。

 まあこんな素直な子に悪戯ってのはハードルが高かったようである。


 

「なればノボルよ。悪戯とはどういったものなのか?」

 気を取り直したのか、アリスはそんな事を聞いてくる。

 俺は「そうだなぁ」と考える。



「例えば寝ている顔に落書きしてみたり、歩いている奴の足引っ掛けて転ばせてみたり、後はトイレに先回りして紙を全部予め回収しておいたり、とか」

「ノボル! 主は悪魔であったか!?」

 俺の悪戯を聞いた途端、アリスは震えあがるようにして怯えてしまった。


 これでも可愛い悪戯程度に留めたつもりだったんだが。

 やはりアリスに悪戯は少しばかり難しかったようである。



「では私の出番ですね!」

 そう言うはテレシア。他二人の時に負けず劣らず自信満々の表情である。


「えーと、大丈夫なのか?」

「任せて下さい、ノボル様! 間違いなくあの鼻を明かして、恐怖のどん底に叩き落としてやりますよ!」

 テレシアはそう言って意気込む。いや、誰も恐怖のどん底まで叩き落せとまでは言ってなんだが。



「つきましてはその、ノボル様に協力をして戴きたいのですが……宜しいですか?」

「え? まあ別に良いけど。何するんだ?」

「それはですねぇ」

 そう言って俺はテレシアの言われるがまま、彼女の考える悪戯に協力する事となった。




 向こうからバスタさんがゆっくりと歩いてくる。

 貧乳女性を品評するのも終えたのか、何処かホクホクとした様子だ。

 一方、俺はと言えば彼の正面、建物に背を預ける形で立っている。

 そして、そのまま彼と擦れ違い、バスタさんはそのまま歩いて行った。

 


 ……なにこれ。


 俺はテレシアの言われるがまま黙って立っていただけだった。

 バスタさんに何をするでもなく、ただ立っているだけで良い、と。



 これの何処が悪戯なのか……、そう言って隠れて様子を伺っているテレシアの方へと目を向けると、彼女は信じられないと言わんばかりの表情を浮かべていた。



「何故!? 信じられないです! ノボル様の素晴らしくも神々しいお姿を前にして首を垂れないどころか挨拶も、話しかける事さえせずそのまま通り過ぎるなんて……ッ! 彼は一体何を考えているんですか!?」

「お前が一体何を考えているんだ」

 俺はバスタさんと知り合いでも何でもないのだから、ただただ通り過ぎるのは当たり前の事である。


 しかし、テレシアは納得いかないと言わんばかりに声を荒げた。



「私の悪戯はですね! 発せられるその高貴なオーラにあてられ、我慢出来ずに話しかけたバスタさんをノボル様が無視し続ける、というものだったのです!」

「……そんなのが悪戯になる訳ないだろ」

 さすがにドン引きの俺だったが、テレシアはぶんぶんと首を振る。



「なりますよ! 私だったら無視されている事に恐怖し、自らの行いを悔い、何度となく地に頭を擦りつけてでも赦しを請うくらいのものです! なんだったら悶絶して泡吹いて舌を噛んで死ぬかも知れませんよ!」

 どうやら彼女は本気で言っているようである。

 お前、切腹しようとしたり、これくらいで舌噛んで死のうとするとか、命をホントに大事にして欲しい。



「仕方ない……最後は俺の番だな」

 さすがにこのままだと依頼を達成出来そうにもないので、何かしらそれっぽい事しないと不味そうである。


「ノボル、悪魔の力を開放するのか?」

 アリスがそう言って期待のこもった視線を向けてくる。

 いや、悪戯如きに悪魔の力とか言われても困るんだが。




「まあ俺がされたら嫌な事ってので、ちょっとやってみるか」

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