第23話 喫茶店での接客は?
「じゃあ取り敢えず俺が厨房担当。あと飲み物の用意とか接客、フロアは他の奴らで担当してくれ」
着替えも終わり、役割分担を決める為の話を始める。
「あれ? ボクは兎も角、料理が得意そうなテレシア君は接客で良いのかい?」
「テレシアと言うかお前ら何だかんだで見てくれは良いからな。接客した方が良いだろ」
店長の話では店番するだけで良いらしいが、売上に応じて上乗せ報酬もあるらしい。
そうなってくると俺は裏、他は表で働くのが一番良いだろう。
料理が出来るテレシアは忙しさに応じて厨房をサポートするのが一番都合が良さそうだ。
調理手順やその他の対応を記したメモも店長が残していってくれたし、まあ何とかなるだろう。
「じゃあお前ら、今日は一日頼んだぜ!」
「分かってます、ノボル様! 今日、私は貴方様の奴隷です! なんでも仰って下さい!」
「いや、普通に同僚だから! 人聞きの悪い事を言うな!」
「え? でも、聞いた話によるとお店で働いたりしている人は皆、奴隷だって聞きましたけど」
「謝って! 会社で働く皆さんに謝って!」
彼らは奴隷でも社畜でもない! 皆が皆、やりたい事があって働いている筈だ!
……そうだよね?
そんな訳で、それぞれの持ち場についてお客様が来る前の準備を始める。
既に店は開いているが、まだお客は来ていない。
いつ来ても大丈夫なように準備は欠かせない。
「今、空いているか? 飯、食いたいんだけど」
早速、男二人の客が入ってくる。
軽装だが、装備で固められているところを見るとやはり冒険者のようだ。
そんな彼らに向かってとてとてと近づいていったアリスは一言、
「くく、よく来たな、冒険者よ。ここは地獄の入り口、ヘルファイア。その腹を美味なる贄で満たしたくば参列に加わるが良い」
そう言って彼らに向かってにっこりと笑った。
……あ、これ、あかん奴だ。
「へる……ふぁ、な、なんだって?」
「ヘルファイア。地獄での業火を意味する言葉よ。主もその洗礼を受けたいのであろう?」
「い、いや俺達はダンジョンに行く前にちょっと腹ごしらえしようかと」
「よし、なれば跪け。されば与えられん。貴様ら亡者には闇のお導きがあろうぞ」
「えーと……、…………、お嬢ちゃん、誰か大人の人を呼んできてくれないかな?」
「こ、子供じゃないもん!」
これでは埒が明かない。
「す、すいません。二名様ですね、店内の空いている席にどうぞ」
「あ、ああ……」
厨房から飛び出した俺の接客によって客二人はどうにか席についてくれた。
「アリス。ちょっと、ちょっと良いか?」
「うむ。我の闇よりの誘いはどうであったか?」
アリスはえっへんと胸を張った。
その得意げな様子を見れば彼女なりに頑張った事が伺える。
……そういや、こいつ、最初から実力はあったけどコミュ力ゼロだったからうちに来たんだったよなぁ。
「……ああ、まあまあだったよ」
「えへへー」
頭を撫でてやるとアリスはにへらっと笑った。
アリスのこの笑顔を前にして酷な事は言えない。
……だがこいつには店内の掃除とかテーブルの跡片付けとか食器下げとかそう言うのを頼もう。
「テレシア。注文が来たら次はお前やってみろ」
「はい! 分かりました、ノボル様!」
そう言って元気よく返事するテレシア。
……心配になってきたが、まあ、何だかんだで上手い事熟すかも知れないし、ちょっと様子を見てみよう。
「注文良いですか?」
「はい、ただいま!」
そう言って向かうテレシア。
「はい、ご注文は何になさいましょうか?」
笑顔で浮かべならテレシアはオーダーを取っている。
お、入りは完璧だな。やっぱ何だかんだで優秀な奴だ。
「あー、店員さん。なんかオススメとかってある?」
客の一人がテレシアにそう聞いた。
そうですねぇ、とテレシア。
「こちらのメニュー全てオススメですよ! 何せ本日、厨房を任されているのは天才にして至高の存在であらせられる三ツ星シェフのノボル様です! そんなお方が下賤なる皆々様の為にその尊き腕を振るって作られる料理が美味しくない訳がありませんから! 本来であれば矮小なる皆様が決して口に出来ない、というか私も食べたいのに! 私だってノボル様の手作り料理食べたいのに……そんな最高の食事を皆様の持っているはした金で戴けるのです! なんだったらこちらのメニュー全てを頼んでもお釣りが出る程の至福を味わえるでしょう!」
困惑した客の顔を俺はまともに見る事が出来なかった。
「……テレシア、ちょっと来い」
「何でしょうか、ノボル様?」
俺に呼ばれてテテテ、と駆けてくるテレシア。
「……えーと、何で呼ばれたか分かるな?」
「ノボル様。私、思ったんです」
「言ってみろ」
「この前の美少女コンテストの時、自分を偽って気付いたんです。『例え偽りでもノボル様の愛を違えるなど合ってはならない』と。これから先、どんな場面に遭遇しようと、私はノボル様一筋で、行きますから安心して下さい!」
「TPOを弁えてくれよ、ホントさぁ!」
客の前で褒めちぎるとかどんなハードルの上げ方だよ! オリンピック選手ですらそんなの乗り越えられねぇよ!
その後、テレシアを厨房送りの刑に処し、最後の頼みであるコハクへと声を掛ける。
「コハク。これまでの見てたよな? お前だけが頼りなんだ。分かるな?」
「ふふ、ノボル君にそう言って貰えるとは男の娘冥利に尽きるよ」
「いや、男の娘関係ねぇけどな」
「大丈夫、心配しなくてもそんなヘマはしないさ」
……ホントに大丈夫かな。
いや……あいつは中身以外はマトモだし、コミュ力も他二人に比べれば圧倒的だからな。
多分心配は要らないだろう。
「あの……えっと、注文良いっすか?」
先程の事もあってかちょっと引き気味の客に対して、コハクは最初に頭を下げる。
「申し訳ありません、先程は粗相を致しました。なにぶん二人は新人なものでして……、お気持ちばかりではありますが、お飲み物はサービスでお出ししますので、どうぞゆっくりしていって下さい」
「あ、いや、新人だったらしょうがねぇよ。丁寧に対応してくれるならこっちも安心だ。じゃあそうだな――――」
そう言って客が注文を頼み、コハクは笑顔で対応する。
どうやら言うだけはあってさすがに心配は要らないらしい。
俺はほっと胸を撫でおろす。
「ところでさ、さっきの店員さんも可愛かったけど、あんたもすっげー可愛いな。俺、実はショートカット好みなんだよ。なあ、店員さん、あんたさえ良ければ後でご飯でも一緒にどうだい?」
「ボクが可愛いですか? ふふ、ありがとうございます」
「おっ、素はボクっ娘かい? 益々俺の好みだ。なあ、可愛いよな?」
「ああ、俺も好きだよ。すっげー可愛いと思う」
「んー……そうですね。ちょっと宜しいですか?」
そう言ってコハクは客を連れ立って裏へと引っ込んで――――
「ひゃぁあああああああ!! もうしわけ、申し訳ありませんでしたぁああ!!」
「うわぁああああああ!!! お助けをぉおおおおお!!!」
客二人は裏から出てきたかと思えば涙を流しながら店から出て行ってしまった。
「…………おい」
「やれやれ……、外れだったかな。まったく、許容範囲の狭い人達だよ」
「…………おい」
「の、ノボル君。分かった、分かったよ。ごめん、ごめんって」
コハクは苦笑いしながら謝る。
「つうかさ、お前、あいつらに何したんだよ。あの人達、すごい形相で出て行ったぞ?」
「んー? ああ、ちょっとね? 挿れようとしただけだよ」
「それ普通の人には拷問だぞ。つうかノリが軽すぎんだよ、お前は」
「ああ、心配しなくても行きずりでは挿れるだけさ。挿れさせるのは気に入った人だけ。ああ、ノボル君にならいつでも良いよ?」
「そんな事聞いてねぇんだよ!」
最初の経験がそれとか童貞の俺にはハードルが高すぎる。
「つうかお前、結局男が好きなの?」
コハクにそれを聞くと、ドヤ顔でこう言った。
「どちらも好きだよ。どちらもどちらで素晴らしい魅力を持っているからね」
良い風に言っているがつまり節操がないだけだった。
「コハク! 随分と畏れられていたようだが、どんな闇の力を使ったのだ!?」
「ふふ、大人の魔力を魅せてあげただけさ。君にもいずれ使えるようになる」
「ほう……この我にも膨大な魔力が……」
おい、止めろ。いや、ホントアリスに変な事教えてないで、ホント。
つうかあの客、冒険者って言ってたよな。
という事は後で探してフォローしといた方が良いよなぁ、冒険者の横のつながり的に考えて。
そして、その辺はやっぱ俺が担当する事になるんだろうな。
……クレーム処理に自宅に行くなんてバイトで何度も担当していたけど、……ホント勘弁して欲しい。




