第20話 おとこのこのエデン
「そういやお前って何で冒険者になったんだ?」
銭湯に行くまでの間、俺は何となく気になった事をコハクへと尋ねた。
「美少女コンテストの目的もいかがわしい事をしたいが為だった訳だし」
「いかがわしい事とはなにさ。ボクは身体を見せられる。皆はボクの身体を見て興奮出来る。皆が幸せで素晴らしい崇高な目的じゃないか」
そんな事を崇高だと思えるお前に驚きだよ、俺は。
それに中にはこいつを美少女だと思っていて、それでその正体が男だった事で、その正体に絶望する奴が少なからず居る筈なので、その論は恐らく間違っている。
「まあどっちにしろラノベが目的だった訳じゃないんだろ? だったら冒険者として一体何が目的なんだ?」
冒険者はライトノベルを目的としているというのが常だ。
つまり、こいつは一体何を目的としているのかが不明瞭。これは同じパーティメンバーをする上では問題である。
「別にボクだってラノベが嫌いって訳じゃないよ。じゃなければ冒険者なんてやっていない」
「そうなのか?」
「ああ。ラノベだったらヒロインが裸になるような極端に俗っぽい奴が好みだね。特に冒頭数ページぐらいで裸になるヒロインは素晴らしい。彼女達に痴女の素質があるかと思うと、共感すら覚える」
「テメェ、ライトノベルのヒロイン達を痴女呼ばわりするとは上等だ。ぶっ飛ばすぞ」
あれは読者サービスとか、話作りのフックとか色々理由があるんだよ。それに大抵のラノベでのサービスシーンはラッキースケベなだけで自分から裸を見せているようなヒロインはそう多くないのでセーフ。
そして痴女が居たとしてもライトノベルのヒロインならそれだけで可愛いのでセーフ。
ラノベヒロインはみーんな可愛くて素晴らしい。それで良いじゃないか。
そんな事を考えていた一方でコハクは「それに」と話を続けた。
「そもそもラノベ目的で冒険者になる奴ばかりじゃないよ。なにせライトノベルは高値で売れるからね。一攫千金でラノベを追い求める冒険者も少なくはないよ」
「……ラノベをお金で判断するのは戴けないな」
なにせラノベには命を懸けて良い程の夢が詰まっているのだ。
そんなラノベを前にお金で判断するのはそれこそ野暮というものである。
「当然、君みたいなラノベ馬鹿が多い事もこのメルエスタの特徴だけどね。でも、そんな彼らのようなお金勘定が出来る奴のお陰でこの街が正しく回っている事も忘れてはいけないよ」
「分かっているさ。好みじゃないってだけだよ」
人が生活していく為にはラノベ以外の事も重要だ。それを蔑ろにし過ぎたお陰で俺は一度命を落とした訳だからな。その辺は一応の学習くらいしている筈だ。
「じゃあ結局お前は何が目的なんだよ。金……ではないよな?」
金が目的ならば水着コンテストでもライトノベルを目的にする筈だからな。
「ボクの目的はただ一つさ――――それは冒険者をやる上でダンジョンにて皆の欲望を一身に受けながら、やがて死んでいく事だよ」
「……は?」
……こいつは一体何を言い出したんだ?
「ボクはね、ドМなんだよ。それこそ死ぬ事にすら快感を感じてしまうくらいのね。でも自殺なんて事をするつもりはボクにはない。なにせボクはそれとは別に沢山の快感を得たいからね。銭湯に行くのもその一環さ」
「随分大それた事を、随分俗っぽい感じに言い出したな、お前」
「ドМである事と、裸を見せつけたい欲求。その欲望を同時に満たすにはどうしたら良いか、ボクは長い時間を掛けて考えたんだよ」
「随分と無駄な事に頭を使ってんな、お前」
「そして、長い時間を経てボクは悟ったんだ。それを満たす為には冒険者になって、そして『忍者』になれば良いんだと」
「すまん。俺にも分かるように言ってくれ」
理論が飛び過ぎてさっぱり分からなかった。
「良いかい、ノボル君。聞くところによれば『忍者』という奴らは裸になればなる程に強くなるそうだよ」
「まあ確かにそう言っているとこもあるけどさ」
しかし、それはかなり限定的なゲームの話だ。他のゲームの忍者はそうとは限らない。
つうかそんなニッチな話がこんな異世界にまで伝わっているとは。驚くべき事である。
「そんでその忍者とお前の欲望に一体何の因果関係があるんだよ」
「分からないかい? 忍者のボクは裸になればなる程強くなるんだよ」
自称忍者だけどな。
「そんなボクがパーティメンバーと共に最強のモンスターに出遭うとしよう。勇敢なボクはパーティメンバーを守る為に恥ずかしさも我慢して一枚、また一枚と装備を脱いでいく。そしていつしか裸になってしまう。裸になったボクの強さに仲間達は希望を持つと共に一方で劣情を抱き、欲望を視線に込めてボクへと向ける。そんな欲望を背に受けながらボクは最強のモンスターと相打ちになるんだ。希望と喜び、そして劣情を抱いた仲間によって看取られる――――そんな最期を迎える為にボクは冒険者をやっている。それが僕の目標であり最大の夢だ」
「……成程。お前の事がよく分かったよ」
こいつがどうしようもない馬鹿だと言う事がこれでようやくハッキリした。
つうかその為に忍者を自称してたのか、こいつ。
すげぇな、馬鹿は。発想が斜め上過ぎて逆にツッコめねぇよ。
「ふっ、ボクはただのドМじゃないからね。言うなれば攻めるドМなんだよ」
「そんなドМがあってたまるか……」
最早言っている意味が分からない。
そんな感じに本当の意味で無駄な会話をしている内に銭湯へとやってきた。
先んじてコハクが入り口へと足を踏み入れる。
しかし、その際、
「さて……今日はどうなるかな?」
と何処か意味深な様子を見せた。
最初、その意味が分からなかったが、すぐにその意味が分かった。
「コハク! また来やがったのか!?」
そんな風に叫びながら店奥からやって来たのは銭湯の店主だ。
全身を鱗に覆われた大きな体躯に、鎌首をもたげたトカゲ顔。
最初見た時はモンスターかと思ったが、リザードマンと呼ばれる亜人種である。
「おやっさん、ひとっ風呂浴びに来たよ」
コハクは店主に向かって笑顔でそんな事を言うが、店主は苦い顔を浮かべた。
「言っただろ!? おめぇさんは指定した時間以外は立ち入り禁止だって! それなのに人の多い時間帯にわざわざ来やがって!」
険しい顔で店主はコハクにしっしと掌を振る。
「お前、なんかやらかしたのか?」
少なくとも俺の知っているこの店主は温厚な人物だった筈だが。
「ああ、あんたは冒険者の。もしかしてコハクの知り合いだったのか? だったらこいつを止めてやってくれよ。こいつはよぉ、わざわざ人の多い時間を狙って来ては男風呂に嬉々として入っていくんだよ! お陰で興奮した男達の鼻血で湯船が血まみれになってその度に掃除の為に店を暫く閉めなければなんねぇんだぞ!」
「その度に掃除を手伝ってやってるじゃないか」
「手伝うくらいなら最初から指定した時間に来やがれ! 裸披露する為ならその辺で裸になれば良いじゃねぇか!」
「それじゃあただの痴女じゃないか。ボクは男として、常識の範囲内で裸になりたいんだよ」
どうやら営業妨害並みの迷惑を掛けているらしい。
……趣味で人に迷惑をかけるなよ。
「なんだと、こいつ! ったく、この街の連中も連中だ。テメェの裸が観たくてこの時間を狙ってくる馬鹿もいっぱい居るしよぉ! そのお陰で若干売上は上がるが、それでも掃除する所為で結局売上はマイナスなんだよ!」
やっぱりこの街の人間はどうやら馬鹿しか居ないらしい。
「良いから帰れ! これでお前さんが風呂場に入りさえしなければ売上はお前という餌に釣られた馬鹿どものお陰で上がったままなんだぞ!」
「それじゃあ期待して待っているボクのファンが可哀想じゃないか」
「知るか! うちはストリップ劇場じゃねぇんだよ! うちの売上を阻止して嫁さんの機嫌を損なわない為にもここは阻止させて貰う! 俺の今夜の晩飯は嫁さんの機嫌次第なんだよ!」
この世界もどうやら男は女には弱いようだ。
「なんて自分本意なんだ。それでも店主かい?」
いや、間違いなく悪いのはお前だよ?
「だからおめぇさんが入る為の時間は一時間も貸し切りにしてやるって言ってるじゃねぇか! 風呂入るだけなら最大譲歩だろうが!?」
「それじゃあボクの裸は誰に魅せれば良いんだい!?」
「知るかよ!」
そんなやり取りの末にコハクとついでに俺は入店する事が出来なかった。
「何という事だ……これがセクシャルマイノリティに対する理不尽というものか」
「いや、間違いなく店主の対応は正しいよ」
しかも一時間の貸し切り時間を設けてくれている辺り、店主はセクシャルマイノリティに対しても非常に寛容だ。
「だが、ボクは諦めない。ノボル君、裏手から中に侵入するぞ!」
いや……もう嫌がらせは諦めろよ、マジで。
俺の一応の忠告は当然受け入れられる事はなく、コハクは店の裏手へと回る。
「くく、ボクはこれでも忍者なんだよ。裏手にかけられた鍵の一つや二つ、簡単に抉じ開けて――――うわっ!」
コハクが裏手にあったドアに触れようとした瞬間、空中でその手は跳ねのけられる。
「この衝撃はまさか物理障壁、いや……対魔法障壁まで掛けられてるだと。さすがは店主、ボクが裏手に回る事くらい予想済みという事か」
コハクは悔しそうに歯嚙みする。
「つうかこれだったら諦めた方が良くないか、マジで」
「何を言うかい、ノボル君。君は目的を前にして簡単に諦められるというのかい?」
「それは……」
俺だったら目的を前にして簡単に諦められるか。答えは否だ。
目標を前にして止まるなら、俺はこんな世界に来てはいない。
とそこまで考えて気付いた。
いや、こいつの目標自体が狂っているのでこの考え自体がアホらしいな。
「しかし、まあホントに見た目だけは美少女だよな」
気が付けばそんな事をポツリと呟いた。
ノースリーブシャツから見え隠れする健康的な鎖骨に綺麗に処理された腋。下に穿いたショートパンツから伸びる綺麗な脚線美はどう考えても男の持つそれではない。
ちなみに現在の季節は春。だが、まだ肌寒い季節である。そんな中で、コハクの恰好は寒くないのだろうか。
「寒いのかって? そりゃあ寒いよ。けど寒いという感情もドМ的には結構ご褒美でね。肌寒い中で敢えて露出の多い恰好を着るこの快感、寒さ、ふふ……癖になってしまうよ」
「ホント、お前はどうかしているな」
「どうやらボクの腹、しいては身体が気になるようだね。どうだい? ボクのこのズボンの下が気になるのかな?」
コハクは両手でショートパンツの裾を掴む。
その様子からふと疑問が沸いてしまう。
「……お前、もしかしてパンツは女物なの?」
「ふふ、勿論だよ。ボクは細部まで徹底するからね。手抜かりはないさ」
「いや、そこは手を抜けよ」
俺は彼女から視線を外しながら、息を吐く。
「あ、もしかしておちん〇んをどうしているかに興味があるのかな? 心配しなくてもボクのお〇んちんは小さいからもっこりしないし問題ないよ」
「誰がそんな事を気にしたか!?」
「いやいや全く以て小さくて良かったよ、おちんち〇。普通はコンプレックスになるところだからね。ボクはある意味ラッキーだったというところかな」
「……そうだな。お前、男の娘でホント良かったな。ホント羨ましいよ」
「? なんだいあからさまにテンションが下がって――――あ」
コハクは察しと言わんばかりに声を出す。
「の、ノボル君、個人的にはその……小さい方が好きだよ、その可愛くてさ。水着コンテストの時も触らせて貰ったじゃないか。ボクはあれぐらいの方が好みなんだよ。ホントさ」
「そういうフォローは止めろ、傷つくから」
深刻なコンプレックスを抱えた者にとってのフォローは返って逆効果。
俺はそれを身をもって知ったのだった。
そんな会話で傷つくのもそこそこに裏手からの侵入を諦めたコハクはもう一度銭湯の正面へと戻ってきた。
「裏手の侵入も難しい、窓からの突破も警戒されている。こうなったら正面突破で行くよ、ノボル君! あの店の入り口から入った後、店主に料金を投げつけながら同時に裸になってそのまま男風呂になだれ込む!」
「お前に諦めるという選択はないのかよ」
「ない。ボクの裸を待っている彼らが居る限り、ボクは突破を諦めないよ!」
「さいですか」
そんな風に俺が肩を竦める中、
「――――よく言ったぞ、お主!」
俺達の後ろに幾人かの人影が立った。
「君達は――――」
「なーに、儂は通りがかりの男の娘好きの老人じゃ。周囲からは『長老』と呼ばれておるがな」
その中には美女コンテストの特別審査員にして、俺が今、最も会いたくない人物である長老の姿もあった。
「ちょ、長老……」
「ん? お主、儂の事を知っているのか?」
しまった――――俺が口を滑らせ、失態を悟った時には既に長老の目が俺の顔を覗き込んでいた。
「何処かで会った事があるかの? それもごく最近、しかも儂はお主に何故か好感を持っておる。はて……儂はお主に初めて会う筈だがのう。まさか」
不味い! このままだとこの爺には……バレる!
「い、いや……初めて会いますよ! 貴方みたいな変態と知り合いの訳ないじゃないですか!」
「がはは、変態とは手厳しいのう。ま、ごく最近出会った最高に可愛い男の娘に超似ていると思ったが気のせいみたいじゃのう。なにせお主からは男の娘オーラが感じられんからのう」
この爺、やっぱ変態なだけに勘が良さそうだ。つうかなんだよオーラって……。
「して、そっちのお主は儂が求めてやまなかった男の娘のコハクちゃんではないか。まさかこんなところで会えるとはのう」
「お久しぶりだね。その節は世話になった」
「そうじゃのう。本来ならばここで一夜を共にする為、求婚をしたいところじゃが、今はそんな場合ではないようじゃ。なにせお主の男の娘としての熱い想いを聞いてしまったからのう」
変態爺がそんな事を言いだした。
そして無言でコハクと握手を交わす。しかも周囲に控えていた男達もまた無言で二人の手に手を重ねる。いや、なんだこれ……。
「分かっておるな? 儂らは皆で一つじゃ」
「分かっているよ。ボクらは皆で一つ。目的は男風呂。そこまでたどり着けばボクは皆の前で裸になれる。そこはボクらのエデンだ」
「「「ワン・フォー・オール!!! オール・フォー・ワン!!!」」」
「皆、エデンを! エデンを目指すのじゃ!!」
「「「おう、行くぞぉおおおおおお!!! 突撃ぃいいいい!!!!」」」
……変態共がスクラムを組んで銭湯に突っ込んでいく。
バカだ、バカしかしないぞ、あそこには。
その後、銭湯の店先では殺伐とした光景が映し出されていた。
――――血だらけのこん棒を振り回す銭湯の店主と、その周囲に倒れる死屍累々の変態達、そしてそんな変態達の屍を乗り越えて、尚も男風呂を目指すコハクと長老。
後から知った事だが、銭湯の店主はその昔、名の知れた冒険者であったらしく、その実力は街でも五本指に入る程であったらしい。引退した後もたまーにライトノベルを漁りにダンジョンへ行くとかなんとか。
そんな店主を相手にして一歩も退かないコハクと長老もまた凄いというか、馬鹿すぎると言うべきか……。
まあそれは兎も角として、結局馬鹿過ぎる光景には違いなかった――――
「……まさか、ここまでの戦力を揃えても突破出来ないとは。さすがは店主、ボクが最大の障害であると認めただけはあるね。しかし、次こそは必ずエデンへと辿り着いてみせるよ」
「いや、ホントお前そろそろ自重しろ」
一方、この話をテレシアに聞かせると、彼女は、
「ズルいです! コハクさんは合法的にノボル様と一緒にお風呂に入れるなんて! 私だって合法的にノボル様と一緒にお風呂に入りたいです! この身体で篭絡したいです!」
「……お前はホントぶれないなぁ」
どうやら彼女も彼女で自重するつもりはないらしかった。
ホント、心労しかたまらねぇな、このパーティメンバー。




