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第1話 電波(?)少女

 俺の心はときめいていた。


 異世界転生と言えばライトノベルでも今一番勢いののある人気ジャンルの一つだ。それを直に体験した事、そして『ラノベを読めば読むだけ評価される世界』に来た事で、俺はライトノベルの一ページ目を捲る時のような――――そんなワクワクに胸を高鳴らせていた。


 ――――そう思っていた時期が俺にもありました。



「騙されたァ――――ッ!! あんの女神、なにが俺にピッタリの世界だ! ラノベなんて全然、一冊ですら読めねぇじゃねえか! 畜生がァ――――ッ!!!」


 異世界転生してから既に一ヶ月の月日が経過していた。

 しかし、俺はその間、一冊ですらライトノベルを読めていないのである。


 確かにこの世界は異世界にも関わらずラノベが存在しており、そしてラノベを読めば読むだけ尊敬される世界には違いなかった。


 しかし、そのラノベを読む為には生半可でない努力とそして、努力をする為の長い時間が必要だったのだ。



 俺は拠点としている宿屋の窓からこの異世界――ライトノベルの街『メルエスタ』を覗き込む。


 煉瓦造りの家々。石畳が敷き詰められた街路。通りには馬車が行き交い、人の往来も多い。いわゆる活気のある中世の西洋風街並みだ。

 メルエスタはライトノベルの街として知られており、この国で一番大きな街である。


 通りを行き交う内の一組――甲冑を着込み、背中には両手剣を装備している体格の大きな男と、紫色のオーブを着込み、その手にはワンドを携えた魔法使いらしき女性の会話が聞こえてくる。


「今日こそはダンジョンを攻略して、あの妹モノラノベをこの手に収めようぜ!」

「そうね、妹ヒロインは王道中の王道! 他の奴等に先を越される前にこの手に収めないと!」



 この世界は要するにとある理由から『ダンジョンを攻略する事でライトノベルが手に入る世界』なのである。


 そういう意味では『ラノベを読めば読むだけ評価される世界』と言うのは正しい。

 なにせたくさんのラノベを読んだのなら、それだけたくさんのダンジョンを攻略出来たという証。すなわち『尊敬出来る冒険者』であるという事なのだ。



 その事に最初こそ面食らった俺だったが、それが分かった時。それ即ち異世界に転生した初日からギルドに登録し、冒険者としてダンジョン攻略を始めた。



 何故ダンジョンを攻略すればライトノベルが手に入るのか、何故この世界の冒険者はラノベを求めてダンジョンを彷徨うのか、など細々とした疑問はあったが正直、俺にとってはラノベさえ読めればどうでも良かったのである。



 だが、現実はそう甘くはなかった。



 ダンジョンの攻略は初級冒険者には想像以上に荷が重かったのだ。



 この世界にはそれこそ無数のダンジョンが存在している。その攻略難易度は千差万別で、まずは小手調べのつもりで赴いたダンジョンにすら俺は手も足も出なかった。


 どんなに小さく、難易度の低いダンジョンであってもそれを初級冒険者が攻略するには三年の修行が必要とされている。一冊のライトノベル、その一ページ目を捲る為には千匹のゴブリン狩りが必要だとさえ、言われている。


 努力するのは構わない。ラノベの為に努力するのなんて当たり前だ。

 だが、三年もの時間ラノベを読めないのならば死んだ方がマシである。


 だからこの一ヶ月もの間、正攻法は勿論の事、搦め手までを含めたありとあらゆる方法を試したが、ダンジョン攻略の糸口すら掴めないでいた。


 この世界は確かにライトノベルを手に入れられる世界だが、しかし俺にとっては天国どころか地獄でしかなかった。


 ――――だが、ラノベ好きである俺がこんな事で諦めるはずもない。




「ノボル様。お茶が入りましたよ」

 部屋の中心近くに置かれた丸テーブルの上で湯気が立ち上る。

 淹れてくれたのは軽装ながら品のある恰好をした女の子。


 碧眼で、ふんわりと広がった長い金髪を毛先で一つに束ねており、少々童顔気味な顔立ちだが目の下にある泣きぼくろが色っぽさを醸し出している。

 月並みな表現だが砂糖菓子のようなほわほわっとした雰囲気が漂う美少女。

 名前はテレシア。歳は十七。


 そんな娘が今、俺のパーティメンバーとして加わってくれていた。

 この一ヶ月の間、必死の思いでやってきたダンジョン攻略にも付き合ってくれていたのである。


 実は異世界に転生を果たした初日に出逢って、それからずっと一緒に居る上、しかも俺を慕ってくれている。


 人によっては自分を慕ってくれる美少女と出逢えたのだから、それで異世界転生モノとしては成功なのでは、と思うやも知れない。ラノベの主人公かよ、とか言われても不思議ではない。

 俺も他人の立場からしたらきっとそう思った事だろう。


 しかし、俺はこの娘をいまいち信用し切れないのである。

 その理由とは――――


 

「テレシア。話がある」

「はい。なんでしょうか?」

「俺はその、ダンジョンへの挑戦を暫く止めようと思っている」

「え? ど、どういう事ですか?」

 動揺したのか、持っていた自分の湯呑を取り落とすテレシア。


 次の瞬間、悟ったような表情を浮かべた。


「私はノボル様のパーティメンバー。ダンジョンへの挑戦を止めるという事は最早、私は不要という事ですね?」

「いや、そんな事言っては……」

「では、これをどうぞ」

「これは?」

 渡されたのは何処から取り出したのか刃渡りの大きな両手剣だ。絢爛な装飾が施されており、刃が窓から差し込む陽の光に照らされて鈍く光っている。

 ナイトのクラスであるテレシアのメイン武器だ。それを俺に渡すと彼女は言った。



「どうぞそれを使って介錯を。私は包丁でも使って腹を斬りますので」

「いやいやいや、命を大事にしてくれ!」

「では私はまだノボル様の為にお役に立てる事があるのですか!?」

 一転してぱあっと華やいだ笑顔を見せるテレシア。

 と言うか包丁で腹切りは雑過ぎない?


「まだ貴方様の為に私は生きていて良いんですね!?」

「……あのさ、テレシア」

「はい、ノボル様」

「別に俺の為でなくともお前はお前で好き勝手にして良いんだぜ? 別に奴隷とかそんなんでもお前はない訳だしさ」

「いえいえ、ノボル様。私は貴方様の奴隷ですよ」

「いや、そんな契約を結んだ覚えがないが」

「そういう訳ではないのです。私はノボル様の恋奴隷ですから」

「…………」

 すげードヤ顔。上手い事言ったつもりなのだろうか。



「その表情……やはり私がノボル様の為に出来る事は無いのですね。では死ぬしか」

「おおい、待て待て! 分かった! 分かったから! お前は俺にとって必要不可欠だから! ずっと傍にいて良いから!」

「ホントですか!? じゃあその証拠として私の頭をなでなでして下さい!」

「こうか?」

「ありがとうございます! ノボル様、大好きです!」

「…………」


 無言のままテレシアの頭を撫でると彼女は嬉しそうに微笑んだ。彼女に尻尾が付いていればそれはもう元気にぶんぶん振り回していただろう。


 そんな彼女を見て俺はこう思った。



 ――――何だろう、ちょっと怖い、と。



 いや、俺は勿論、ハーレムラノベも何の理由もなく女の子に惚れられている系統も大好きだった筈なのだが。

 しかし、いざ同じような状況になると、ちょっと恐怖感すら覚える。


 先に言った通り、俺とテレシアが出逢ったのは俺が異世界転生を果たした初日に当たる。

 出逢った場所は冒険者登録をしに行ったギルドだ。

 そこで俺の顔を見たテレシアは開口一番にこう言ったのだ。


『五年前のあの日以来ですね、ノボル様。あの日より貴方様が現れるのを待ち望んでおりました。是非とも私を貴方様の傍に迎えて下さい』



 ……無茶苦茶である。

 ツッコミどころ満載のこの台詞だが、何がおかしいかって俺が異世界転生したのはその日当日だ。つまり五年前にはこの世界にすら居ないという事である。

 このセリフは丸っきりの出鱈目で、逆ナンパの誘いにしてもあまりに破綻している訳だ。


 だからこそ怖いのだ。何で名前知ってんだって話にもなるし。

 それを主張しても彼女はそれを信じようとしなかった。……電波である。

 

 そんな様子で何度関係ないと主張しても付いてくるので、仕方なくパーティメンバーとなって一緒に居る事にしている。

 冒険者としてパーティメンバーは必要だったし、何より電波な部分を除けば、彼女はかなり優秀だ。それはこの一ヶ月で何となく分かっている。


 なにせ俺の滅茶苦茶なダンジョン攻略にも文句ひとつ言わずに付き合ってくれていたぐらいだ。自分で言うのもなんだが、『あんな』馬鹿げた事に付き合ってくれる奴は相当付き合いの良い奴かそれかまあ……相当な変わり者だ。


 彼女がどちらかなんて考える意味もない。あるいはその両方かも知れない。


 そんな理由から俺はテレシアとダンジョン攻略を行うパーティを一緒にしている。それどころか拠点としている宿屋の部屋まで一緒だ。


 部屋くらいは別々にしたかったが、冒険者稼業の身の上だ。生活費はかなりカツカツで、余裕など一切ない。聞けば男女の冒険者同士で部屋を共にするのはよくある事らしい。


 まあテレシア情報なのでその辺は当てにならないんだが。

 しかし、背に腹は代えられないと言う事で俺は彼女と生活まで共にしているという訳である。


 そんなテレシアが満面の笑みで以て、聞いてくる。


「では、ノボル様。ダンジョンへの挑戦は今後も続けてくれるんですね? 私と一緒に」

 私と一緒に、というところを強調しつつ、テレシアはそう聞いてくる。


 ただ、それは半分正解で半分当てが外れているとも言える。


「いや、ダンジョンへの挑戦は今後も続けるだろうが、しかしその目的はあくまでもライトノベルを手に入れる事だ。そしてその目的を果たす方法は考えてみれば一つじゃない」

「と言うと……金銭での取引の事ですか?」

「いや、それも現実的じゃない」

 俺はテレシアの言葉にかぶりを振る。


 メルエスタでは、ダンジョンを攻略する以外にも金銭での取引によってライトノベルを手に入れる事が可能である。ライトノベルの街として名高いここはライトノベルの金銭取引で発展している側面もあるのだ。


 ただし、その値段はお小遣いでも容易に買う事が出来た日本の時とは最早雲泥の差がある。


 この世界で言うライトノベルはダンジョンを攻略する事で手に入る。

 つまり一流の冒険者が命を懸け、ようやく手に入るのがライトノベルなのである。


 そんなものが子供のお小遣い程度で取引されている筈がない。

 この世界でラノベは家一軒に相当する程の莫大な値打ちが付いている。


 それは俺達みたいな日銭にも困っている初級冒険者が手にするには過ぎた代物である。



「では、どのような方法で以てライトノベルを手に入れるおつもりなのですか?」

「ダンジョン攻略も無理、金銭取引も手が出ない。となれば俺達はギルドから受ける依頼を元にしてライトノベルの獲得を目指す」

「依頼、ですか?」

「そうだ」

 俺は彼女に向かって頷いてみせる。


 この世界におけるギルドはダンジョンや冒険者の管理以外にも依頼の仲介業務を行っている。俺達ギルドに登録した冒険者はギルドから依頼を受ける事で報酬を手に入れる事が可能なのだ。

 そして、それら依頼を達成する事で貰える報酬ってのは何も金銭だけではない。


「依頼における報酬ってのは決まっている訳じゃなくて、その報酬は依頼人によって委ねられている。その報酬が正当である限り、何でも良いって決まりなんだ」

 報酬はその殆どは金銭で、たまに武器防具という場合もあるが、中には『ライトノベル』で支払いをしてくれるという太っ腹な依頼主も居るのだ。


「そういう訳で今後はダンジョン攻略ではなく、ギルドから受ける依頼を中心にした活動に切り替える。パーティとしての方向転換を図りたい訳だな。だからお前に一度話を通したんだよ」

「どういう事です?」

「いや、お前はそれで良いのか?」

 要するに今後ダンジョンに行くと言う事は減ってしまう訳だ。

 パーティとしての方針が変わる訳だから、それでパーティを抜けると言われてしまえばそれまでだ。

 俺としてはテレシアに抜けられても仕方がないという覚悟だったのだが、しかしテレシアは「そんな事は決まっている」と言わんばかりの表情を浮かべていた。



「そんなの聞くまでもありませんよ。ノボル様、私はノボル様の為の私なんですから。一生を添い遂げる所存です」

「……本当にお前はぶれないなぁ」

「それにノボル様さえ良ければ私は冒険者を止めても一生付いていく所存ですよ。田舎に行って農業とか一緒にするのも良いですし、この街で何か店を開くのも良いですね。あ、私、結婚式とか開かなくても大丈夫ですよ? 私は愛があれば何とでもなる派ですから」

「お前は一体何を一人で妄想しているんだ……」

 

 正直心臓に悪い。童貞にはキツすぎる冗談だ。

 俺に付き合ってくれているのには感謝するけど、やはりこいつには気を許し過ぎると危ないかも知れない。色々な意味で。



「……毎回思うけど、お前のその俺に対する好感度はどっから来てるの?」

 俺の言葉にテレシアはまたも当然と言うように答えた。


「そんなの決まっています! 愛ですよ!」

「はいはい」


 俺はテレシアのその言葉にてきとうに返事を返した。

 一ヶ月で一体俺の何が分かろうと言うのだろうか。

 それも彼女にとって俺は五年前より知った存在であったらしい。どういう事だか。


「当然、ライトノベルを報酬とした依頼は依頼自体の難易度も高いし、競争も激しい。だがダンジョンと違って相手は人間だ。酒も飲めば油断もするし、脅迫も効けば毒を盛るのも良い。幾らでも方法はあるって事だ。俺はどんな方法を使ってでもライトノベルを手に入れてみせるぞ」

「分かってますよ、ノボル様! 私はノボル様の為ならどこまでもお手伝いしてみせますよ!」

 テレシアに脅しや汚い方法に手を染める事も止む無しと匂わせたのだが、しかし彼女にはそんな事は大した事ではないらしい。愛とやらは盲目だ。


「ちなみにおあつらえ向きの依頼は既に見つけてある。今からその依頼主に会いに行くぞ!」

「さすがはノボル様です! 行動が早い!」

 そんな全肯定イエスマンのテレシアを連れ、俺は宿屋を出て行った。

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