第17話 雌雄の刻
三度目の着替えを経て、水着姿の俺とコハクがステージ上へと登場すると、大きな歓声を持って出迎えられた。
『まさかの三回戦を迎えた水着コンテスト! 戦うは数々のトラブルを乗り越え、観客の心をガッツリと掴んだお二人! コハクちゃんとノエルちゃんです! 皆さま、既に盛り上がっているようで司会者としては嬉しい限りです! というか盛り上がりすぎて最早恐怖すら感じますね!』
司会者の言う通り、カルト的とも言って良い歓声で出迎えられた辺り、単純に「この街の住民の間で何か良からぬ思想があるのでは……」という疑問を覚えずには居られない。
『三回戦、長老はこの勝負をどう思いますか?』
『うむ、どちらでも良いから儂と付き合ってはくれないだろうか?』
『司会パンチ!』
『がはッ!』
――――などと言ったアホなやり取りを司会者と特別審査員が繰り広げる中、俺は対戦相手であるコハクの水着を確認する。
今までどっか頭のネジが飛んでいるような、痴女水着での登場が多かったコハクだが、ここにきて黒色のセパレートという落ち着いたデザインのチョイスを選んできた。
……いや、黒色の水着というのもそれはそれで男の劣情を催すには十分なのだが、今までと比べると如何せん守りに入っているようにも思える。
比べて俺はと言うと、今回は一転してフリフリの着いた少しばかり露出の激しい水着で、若干胸が強調されたデザインだ。
それに加えて、若干の強化を胸に施している。つまりはパッドによる上げ底だ。
今、女性的な魅力としてはむしろこちらが勝っていると言っても良いのではないだろうか。
これは勝った――――――そう確信する。
だが、それは大いなる間違いであった。
『ではアピールタイムに移りましょう! まずはノエルちゃんから……ああっと、これは失敗なのではないか!?』
「――――え?」
司会の言葉に血の気が引いてしまう。
また観客の反応も芳しくない。残念そうな表情を浮かべる者すら居る始末だ。
何故……俺の作戦は間違って――――いや。
ここで俺は気付いた。
今までの俺は『ライトノベルの為に頑張る健気で純粋なぺったん系女の子』で攻めていた。
しかし、今の俺はどうだ?
現在の俺は露出が少ない水着を着け、そしてパッドにより胸を盛ってしまっている。
今までの俺の作り上げたキャラクターである『ノエルちゃん』は恥ずかしいけどライトノベルの為に頑張っている、その純真無垢な様子を評価されていたのだ。
だが、俺の露出の少ない水着が『純真無垢』として許されるラインを越えてしまったのだ。
まるで人間に近づけば近づく程、奇妙さを印象付けるロボットのように、俺はその境界点を超えてしまった。
更に「ぺったん」で作っていたキャラクターすら違える暴挙。
「貧乳萌え」のキャラクターを二次創作で巨乳へと変換してしまうような仕打ち。
――――これは致命的……ッ。
俺は酔っていたのだ。男の癖に水着で壇上へと上がって、それが評価されてしまうという奇妙な状況に酔ってしまっていた……ッ。
ライトノベルとして最もやっていはならない禁忌である『キャラぶれ』。
俺はその禁忌に足を踏み込んでしまった。
なんという屈辱……ッ、ライトノベルを絶対の信奉として崇めている俺が、ライトノベルを裏切った。末代までの恥!
……これでは評価などされる筈がない。
『――――では、ノエルちゃんのアピールタイム終了です!』
司会の言葉が脳内に響き渡る。
失敗したというショックから立ち直れず、アピールタイムで一体何を喋ったのかも分からなかった。
そんな中、横目で俺を見ていたコハクが、その視線が外した。
彼の目は言っていた。
『ガッカリ』だと。こんな失敗で君は終わってしまう、この程度の男だったのかと。
彼女の目は失望をその目で語っていたのだ。
俺はそんな彼女の視線を受けて、下を向いた。
――――誰の目にも触れぬように笑顔を浮かべる為に。
『今までこちらを驚かせるアピールばかりしてきたコハクちゃん、今回は以外にもストレートな魅力の水着を着てきたァ! しかしここにきてこのチョイスは彼女の真摯な気持ちを際立たたせて…………え?』
そこで俺の予想通り、司会者は驚きの声を上げた。
『こ、コハクちゃん!? む、胸! 胸がふ、膨らんで――――』
「え?」
コハクはここで初めて動揺の声を上げた。
さすがの彼女もこれは予期していなかっただろう。
彼女の胸がゆっくりと、しかし着実に大きく膨張していたのだ。
『こ、これは! コハクちゃんもまた背伸びをしてしまったのか!?』
「いや、そんな事は……、これは一体……ッ!」
そこでコハクは再度俺の方を見遣る。
そして笑っている俺と視線がぶつかった。
そう――――彼女の胸が膨張しているのは俺の仕業によるモノだ。
もっと言えば俺の力によるモノ。
ユニーククラスであるマジックソルジャーの固有魔法『ムネムネ』。
それは俺が現在覚えている唯一の魔法スキルで、そしてダンジョン攻略には何の役にも立たないクソスキルである。
その効果は『対象の胸を大きさを操作する事』。
しかも一定時間しか持たず、相手に何らかのダメージが入る訳ではない。
この魔法スキルを取得した事により、ユニーククラスであるらしい『マジックソルジャー』がクソクラスである事が判明した為、俺にとっては悲しいスキルなのだが、しかしこの瞬間には役に立った。
俺は彼女が壇上に上がる前、この『ムネムネ』を彼女に掛け、そしてこの瞬間に胸が膨張するようにタイミングを見計らっていたのだ。
確かに俺は彼女に特別な感情を覚え、彼女を好敵手だと思った。
彼女には尊敬の念を感じた。
――――しかし、それで俺が汚い手を使わないかどうかは別の話である。
尊敬? 相手への好感度?
そんなのは関係ない。
勝てなければライトノベルが読めないのだ。
ライトノベルの為なら俺は命を捨てた男。
ならば俺は好敵手だと思えた彼女を相手にした所で手加減などする気は更々ない。
『コハクちゃんのおっぱいが膨張し続けています! これは一体何をしたのでしょうか!?』
そんな中も彼女のおっぱいは膨張し続けている。
彼女も彼女でほぼ無乳なのだが、今は既にFカップくらいの大きさへと膨張している。
そして、着けていた水着が彼女の胸の成長に耐えられず弾け飛んだ。
「くッ、……何をしたのか分からないけど、中々面白い事をしてくれたね、君! だが――――」
コハクはいつの間に、そして何処から取り出したのだろうか。その手には短刀が握られていた。
そして彼女はそれをステージ上の天井に向かって投げる。
……一体何処に向かって。何をやっているんだ、あいつは?
しかし、その理由はすぐに分かった。
天井から何かが切れる音が聞こえたと同時に何かが降って来る。
それは――――
『陸ウナギです! コハクちゃんが天井に向かって担当を投げたと思ったら上から陸ウナギが落ちて、しかもコハクちゃんのその身体にいやらしく絡みついています! まさかこの仕掛けも彼女のアピールだと言うのか!?』
上から降ってきたのは『陸ウナギ』と呼ばれる、この世界特有の陸に生息するウナギだった。
その見た目や動きは日本のウナギとほぼ変わらず、何匹ものウナギが彼女の身体に絡みつき、その姿が煽情的な姿を映し出す。
「ん、くぅ……や、はぁ……ベトベトするぅ……やぁ、そんなとこ、入り込んじゃだめぇ……」
水着姿(上半身裸)の彼女が陸ウナギに絡みつかれると同時に身体を煽情的にくねらせる。
しかも彼女の邪魔をする為に大きくした胸、その間にも陸ウナギが入り込んでいて、俺の魔法ですら利用されていた。
「「「うぉおおおおおおおお!!! いいぞぉおおおおお!!!」」」
そんなエロい姿に会場のボルテージはまたも跳ね上がる。
「おっぱい、おっぱい!」「やはりコハクちゃんだぁあああ!! 俺達の天使だぁあああ!!」「エロい、なんてサプライズ! 素晴らしい!」などの歓声が上がる。
やっぱりこの街の奴らは頭がどうかしていると思う。
だがここまでしてしかもスキルを使うという搦め手まで使ったにも関わらず、彼女はそれに動じるどころか、それを全て利用してくる。
――――駄目だ、俺はこいつには勝てない。
「ふっ……言っただろう、君には負けないと。しかし、これで君は負けを認めてしまうのかい? それは残念だな。どうだい、ここは肉体言語で決着を着けてはどうかな?」
コハクは陸ウナギの群れから離れつつすっくと立ち上がると、予備の水着をスタッフより受け取ってそれを着けつつ、俺を見てそんな事を言った。
こいつは一体何を言っている? 一体何を考えている?
こいつはもうこのままいけば勝利が確実な筈だ。既に『ムネムネ』のスキル効果も切れている。彼女を邪魔する手立てはもうない。もう俺が彼女に勝利する方法はないのだ。
それなのに何故――――
そこまで考え、彼女の笑顔を見て俺は気付いた。
こいつは勝利なんて考えてない。ただ、ただ楽しんでいるだけだ。
この状況を――――この瞬間を楽しんでいるだけ。
だから、だからこいつはこんなに強いのだ。
「良いのか? 俺は手加減しねぇぞ?」
俺はライトノベルの為なら女相手とて容赦はしない男。
彼女が肉体言語で雌雄を決するというならそれを拒む理由はない。
『おおっと、ここで何故かコハクちゃん、ノエルちゃん、二人のキャットファイトが始まりました! しかし、会場は美少女二人が熱く闘っていると言う事で大盛り上がりです!』
楽しそうに襲い掛かって来るコハクに対して俺も本気で迎え撃つ。
肉体言語なら確実に勝てる、そう思っていたがそれもまた甘かった。
こいつ、かなり強い。冒険者であり男の俺を相手にしても全く以て引かない。
いや、それどころかこいつ、俺より数段上だ。
多分、こいつ、俺より格上の冒険者。
だが、ここまで来て負ける訳にはいかない。
『なんという激しい戦い! この強さ、もしかすればお二人は冒険者だったのかも知れません!
しかしなんともレベルの高い戦い! 長老、これをどう見ますか!?』
司会のこの質問に長老は高らかにこう答えた。
『ふぅむ、難しい質問じゃのう。なにせ可愛いとは言え二人とも男、激しい戦いになるのは必然。儂にもその勝敗を判断するのは難しいのう』
え? という声が会場中から響き渡った。
それは俺とて同じ事。思わず手を止めて、長老の方へと顔を向ける。
この長老とかいう奴、今なんて言いやがった。
『…………え? 長老、今なんて言いました?』
『ん? 儂は男の娘と言えども元は男、闘いは激しくなるじゃろうと言ったのじゃが? しかし、まさかこのコンテストに男の娘が、それも二人も居るとはのう。これは男の娘好きの儂としては本当にパラダイスじゃ。儂の息子も久方ぶりに昂っておるぞ!』
俺は目の前の『彼女』へと視線を向ける。
可愛らしい顔付き、華奢な身体付き、しかしスラリと伸びた肢体は色っぽい魅力に溢れている。短めの黒髪だが、それもまた可愛らしい魅力に拍車を掛けている。
そんな俺は信じられないとばかりに彼女の胸へと手を伸ばした。
すると、
「やっ……ン……こんなところでかい? 君は大胆だねぇ……好きになっちゃいそうだ」
その感触は硬い男の胸板のそれだった。
そして気付いた時、『彼女』の手は俺の股間へと伸びていた。
「ふふっ、勃っていないところを見るとどうやらこっちではないらしいね、残念だ。しかし、大きさはボクの好みだよ。……美味しそうだ」
悲鳴が上がる。それが自分の悲鳴だと気付いたのは、暫く経ってからだった。




