第16話 激突(変態)
一足先に楽屋へと戻ったノボルは辺りを見渡す。
なにをすれば良い……ッ、なにをすれば奴の足を引っ張る事が出来る……ッ!
ライバルを蹴落とす為に相手に策を弄す。
考えてもみれば最低な考えかも知れないがしかし、古来より作戦とは如何にして相手に全力を出させないか、相手を得意な土俵に上らせないかに終始してきたと言って良い。
かつてスサノオノミコトはヤマタノオロチという化け物を退治する為に酒を盛ってから戦ったという。相手が強大であればある程、敵対者はそこに付け入る隙を探さなくてはならないのだ。
真正面から正々堂々と戦って、それで敗北して相手を称える事が出来るのであればそれは幸せな事だろう。
しかし、現実はそうではない。
負ければ終わりなのだ。負けてはいけないのだ。
ならばどんな策でも仕掛けようと言うもの。
これは弱者に許された自然の摂理である。
つまり――――俺は悪くない。
QED――証明終了!
……などと自己肯定している暇も惜しい。
少なくともコハクがこの控室に帰ってくるまでに策を仕掛けなければならない。
今は他参加者もステージ脇に控えている。
仕掛けるならば今しかないのだ。
「……どうする?」
俺は彼女の弱点を考える。
奴の隙とはなんだ――――奴の付け入る隙とは――――
俺は控室に大量に置かれた種々の水着を見て、そして思い付く。
彼女は男である俺と同じくらいの無乳。
ならば、彼女のサイズと思しき水着を隠してしまえば良いのでは――――
「くく、悪く思うなよ、コハク……ッ」
俺は彼女のサイズに近いと思われる水着を大量に取り上げる。
「良し……後はこいつをどっかに隠してしまえば」
……水着を大量に持っている女装男子(水着装備)なんて捕まってしまえばもう取り返しがつかないのではないだろうか。
いや、俺は最早背水の陣で挑んでいる筈だ。
これも全てはライトノベルの為よ! 多少の変態行為はしょうがない!
そう思い、水着を処分するべく裏手へと回った――――
『ではお着替えを踏まえて水着美少女達に二回目の登場をして戴きましょう!』
司会のその声に男達は再びボルテージを上げている。
『さあ、特別審査員である長老! ここまでの彼女達を見てきて如何でしょうか!?』
『ふぅむ……皆、中々の強者揃い……、儂の愚息がかつての輝きを取り戻し、オーロラストリームして弾けそうですな』
『最早何を言っているのかは分かりませんが、どうやら好評のようです! 観客も何やら意味の分からない言葉を叫んでいます! 正直、怖いです!』
長老の言葉を受けて、観客の男達は「オーロラ! オーロラ!」などとしきりに叫んでいる。
あれをノリが良いと判断すれば良いのか、それとも無法地帯と判断すれば良いのかは考えものだろう。
『二回目の登場は先程、皆さんに行って貰った投票の集計結果により、好評な順からスタートします! 先程の投票結果より好評だったのは…………一位はコハクちゃん! そして二位がノエルちゃん! 三位はエレミアちゃん! となっています!』
今のところどうにか二位に付ける事が出来ているらしいが……、それでも一位のコハクとは大きな差が出来てしまっている。
だが……奴には策を施している。
果たしてここから満足なパフォーマンスが出来るかな?
ここで奴が出場を見合わせるのが理想だが……、どうなるか。
『では登場して戴きましょう! コハクちゃ……ん!?』
「!?」
司会の呼び声と共に登場するコハク。しかしその登場にまたも観客が沸き立った。その沸き立つ声には驚きと興奮が入り混じっている。
「やぁやぁ! 皆、ボクに投票してくれて感謝するよ! このエッチな肢体に興奮してくれたようで本当に嬉しいよ!」
そんな事を言いながら平然とステージ上に歩いてくるコハク。
しかし彼女の着けている下着は間違いなくサイズがあっておらず、最早いつポロリして見えてはいけないモノが見えてしまってもおかしくはなかった。
あいつ……マジで痴女か……。なんでそこまでぶっ飛べる!?
『こ、コハクちゃん!? その水着は……さ、サイズがあっていませんよ!?』
「ああ、これはね。何故だかボクのサイズに合う下着が無かったのさ、何故だかね?」
慌てながら質問する司会にも平然と答えるコハク。
そしてちらり、とステージ袖に控えている俺の方を見て、ほくそ笑んだ。
やはり水着を隠した犯人が俺である事には気づいているのか。
それを分かった上で運営に通報するでもなく、彼女は正々堂々と出場したのだ。
「「「コハク! コハク! コハク! コハク! コハク!」」」
とんでもない恰好で登場したコハクに対し、会場の反応はそれは凄いものだった。
最早会場中が彼女に夢中になっている。
『おおっと、コハクちゃんのとんでもない水着に会場中が揺れております! 涙を流してお祈りを捧げる方までいらっしゃいます! あ、ちょっと待って下さい! お捻りは! お捻りは止めて下さい! このコンテストはそういうのじゃありませんよ!?』
会場中から乱れ飛ぶ小銭。しかし、それが彼女の人気を盤石なモノにしていた。
『ふぅむ……なんという逸材じゃ……。お小遣いをやるから今日、儂と一緒にどうかの?』
『長老! 危険な発言は本当に謹んで下さい!?』
そして特別審査員までも彼女に入れ込んでいる始末だ。
……俺の策が完全に利用されてしまっている。
俺の策が間違っていたかどうかは最早別だ。
そんなものより奴が凄すぎたのだ。
「畜生……ッ」
俺は爪を噛んで奴を見つめる。
この強大な化け物に勝つにはどうすれば良い……ッ。
俺は一体何を犠牲にすれば勝てると言うのだ!?
その後、沢山の声援に囲まれながら、コハクは袖へと退場を命ぜられる。
さすがにあのサイズが合わない水着では、いつ大変な事態に発展するか分かったものではない。
しかしあの一瞬でアピールは十分と言えるだろう。
コハクはにっこりと笑顔を浮かべて袖へと返ったきた。
「やりやがったな……ッ」
「ふっ、ボクはやれる事をやっただけだよ」
彼女は涼しい顔で答える。
畜生……本来こいつはただの痴女な筈なのに。日本だったら間違いなく性犯罪者として忌避されるような奴なのに。
なのに、なんだこの敗北感は!
そして彼女はすれ違い様にステージ上へと躍り出ようとする俺に向かってこう言った。
「これからボクに追いつけるかは君次第だよ」
――――なんだって?
奴の言葉、それはどういう意味だ?
『コハクちゃんの興奮冷めやらぬ会場ですが、続いては前半戦で中々のアピールをしてくれました! ノエルちゃんです!』
「は、はい! 皆さん、応援ありがとう、ございます……の、ノエル、で――――」
俺がキャラを作りつつ、そこまで言った時、俺はコハクの言っていた事を理解した。
「!? なッ――――」
男として限界ギリギリまで攻めたセパレートの水着、その上の部分がはらりと落ちたのだ。
俺は咄嗟に布を押さえながら袖を見遣る。
視線の先には含んだ笑みを見せるコハクがいた。
あいつ、さっきすれ違った時に水着の紐を……ッ。
だからああ言ったのだ。『これからボクに追いつけるかは君次第だよ』と。
奴は俺の策に対して回答を示した。
ならば……俺も奴の問いに対して答えを示さなければならない……ッ!!
「きゃ、きゃあッ! みず、水着がッ!!」
『おおっと、これは……またしてもハプニングか!? ノエルちゃんの水着の紐が切れています! 更に見えないようにしてしゃがみ込むノエルちゃん! しかし、会場中のボルテージはそれとは対照的に上がっております!』
会場中は皆がスタンディングオベーションし、「ノエルちゃん! ノエルちゃん!」の大合唱だ。
そこで俺は畳みかけるように顔を真っ赤にして、目に涙を浮かべる。
ライトノベル代を稼ぐ為、バイトの一環から劇団のステージにも上がった事がある俺だ。
これくらいの演技はお手の物である。
『また! またしてもステージ上に小銭が投げ込まれています! 感動するのは良いですがお捻りは止めて下さい! そういうコンテストじゃありません!!』
『ノエル君、ここは危ない! 是非とも儂と一緒に宿屋に逃げ込もう! そして一晩の間、喧噪から逃れて一つになろうではないか!』
『危険な発言はお止め下さい、長老!? このままでは司会パンチをお見舞いしますよ!』
会場が盛り上がる中、俺は頃合いを見計らってその場から走って退場する。
脇へと下がり、会場から姿が見えなくなったところでコハクとすれ違う。
「中々やるじゃないか、君も」
「ふっ、お前もな」
すれ違い際、俺達はお互いに言葉を交わす。
そこにはお互いを強者と認めた、二人だけに伝わる熱い声色が含まれていた。
勝負を越えた尊敬の念がそこにはあったのだ。
『では決選投票です! 会場の皆さん、投票をお願いします!』
全員の審査が終了し、会場の馬鹿野郎共が投票を行う。
投票を待つ間、コンテストに出場した女の子達はステージ上に並び、俺とコハクも隣り合わせでその中にいた。
そして、投票結果が出る。しかし――――
『な、なんと!? 引き分けです! 上位のコハクちゃんとノエルちゃん、なんと票が並びました! こ、この場合はどうすれば良いんでしょうか、長老!』
まさかの俺とコハクが並ぶ事態に発展した。
会場が騒然とする中、長老は立ち上がり、そして高らかに宣言する。
『決選投票じゃ! 現在は上位のコハクちゃんとノエルちゃん以外にも沢山の票が入っておる! ならば決選投票で雌雄を決するべきじゃ!』
長老の宣言に会場はどよめくが、しかし最後には歓声で以て迎えた。
『な、なんと! まさかの決選投票ですか!?』
『うむ。なにせこんな娘達の水着姿を見る機会は早々ない! 出来るだけ引っ張って沢山の水着を見るのじゃよ』
『長老、本音と建て前は使い分けて下さい!』
「ふっ、まさか決選投票とは……、しかし君とは雌雄を決しなければならないと思っていたよ」
「……望むところだ」
俺達は小声ながらにお互いの心中を吐露する。
それは偽りざる言葉でもあった。
こいつを倒し、俺はライトノベルを手に入れる!
そんな感じに俺達はまさかの三回戦へと突入した。




