第14話 邂逅
日本には便利で素敵な言葉がある事を俺は知っている。
その魔法の言葉は男である俺に勇気をくれた。
――――可愛いは作れる。
「……潜入成功ッ」
その言葉を胸に辛くも受付を突破した俺は安堵の溜息を吐く。
今の俺の姿は身体の線が浮きづらいふわりとした飾りが沢山付いた服に幾らか女性らしい髪型に近づけるようにカツラを被っている恰好だ。
しかし……この世界にカツラを始め、化粧品その他があって良かった。
当然、日本のそれとはかなり違っていたが、試行錯誤の末何とか女の子らしく見えるまでは「可愛い」を作れた。日本で経験したメイクのバイトと女装バーのバイトが役に立ったと言える。
やはり人間、何でもやってみるものである。ライトノベルを手に入れる為、割の良いバイトをと様々な職種に手を出していたのだが、やはり芸は身を助けるらしい。
俺はライトノベルの為なら修羅にもなれる男。その過程で少し女の子になる事くらいは受け入れなくてはならない。
だが、受付は最低限の関門だ。ここを突破出来なければ話にならなかった。
そして俺は第二の関門へと差し掛かる。
――――水着審査。
それは女の子にとっても鬼門となるそれだが、男にとっては最早拷問と言っても差し支えないものだ。
俺が並みのラノベリストでなければ発狂していただろう。
しかし俺は死んでまでラノベに執着する男だ。こんな所で挫けたりはしない。
俺の横では先程まで壇上に出ていた美少女コンテストの出場者達が如何に自分を可愛く、されど美しくみせるか。その為のコーディネートに勤しんでいる。
沢山の美女、しかも水着(一部水着以上)の姿をここでは拝めるのだ。普段ならばこれ程の良シチュエーション、ラノベですらそう簡単には拝めないだろう。
だが、今はそれですら眼中には入らない。
俺は今修羅に生きているのだ。生きるか死ぬかの大事な瀬戸際を前にして女の子の際どいシーンが気になる筈もない。おっぱいが大きいな、とか柔らかそうだな、とか太腿綺麗だな、とかスベスベしてそうだな、とか良い匂いするな、とかそんな事は全然一切全く考えていない。
そんな事より……俺は今、目下の問題に頭を悩ませる。
ライトノベルを読む為に女の子モノの水着を着る。
それは男としての魂を売る事に相違ない。
だが、それがなんだ。俺は元々ラノベに魂を売っているじゃないか。
死なば諸共。ラノベに生き、ラノベに死ぬなら悔いはない。
「君、ちょっと良いかな?」
そんな風にどの水着を着用するか迷っていると、一人の女の子が話しかけてきた。
その娘はちょいちょいと手を手繰り寄せている。どうやら耳を近づけて、というサインらしい。
何事か、と思い俺は彼女の口元に耳を近づける。すると、
「――――君、”おとこのこ”なんだろ?」
と衝撃の一言を発せられた。
バレてる――――ッ!? 異常事態の発生だ。
俺は瞬時に周囲の気配を探った。周囲は俺達に注目していない。これがもし皆に俺の正体ばバレてるのだとすれば行き着く先は袋叩きだ。ならばこの気配はおかしい。
とすれば気付いているのはこの女の子、ただ一人。
なればこいつを始末すれば全ては闇に葬られる?
俺はその思考を瞬時に展開、まずは彼女の口を塞ぐ為に右手を彼女に向かって素早く伸ばす。
羽交い絞めにした後はコンテストが終わるまでその辺に閉じ込めておけば良い。全てはライトノベルの為だ。その為ならば犠牲も止む無し!
だが、彼女に向かって伸ばした手は途中で払い落される。
やったのは目の前の少女だ。
――――こいつ、出来る! ただの女の子だからと言って甘く見ていた。
幾ら俺が冒険者としての格が低いと言っても一般人とは差がある筈だ。
そんな俺を涼しい顔して相手取れるという事はもしかすればこいつも――――
しかし、排除しなくてはならない。俺の夢の為に! こいつを全力で!
「落ち着きなよ」
くく、と喉を鳴らしながら少女は余裕の笑みを見せる。
「ボクはここで君の正体をバラしたりはしないよ」
彼女はそんな風に両手を挙げて敵意がない事を示した。
「……本当か?」
「勿論。それにここで争っては君だけでなくボクもコンテストの出場資格を失う可能性がある。そんなリスクを冒す気はないよ」
こいつは男の俺を相手取る過程で正当防衛になる以上、それは無いと思うのだが……。
しかし、彼女がそう思ってくれている以上、俺にとっては好都合だ。黙っておこう。
「とは言え。ふふっ、君は面白い事をしているね。ボクは君みたいな無茶をする奴が大好きなんだ。それに可愛い。中々やるじゃないか」
「目的の為だ。褒められてもな」
俺はそんな事を言いつつ、初めて彼女の姿をまじまじと見遣る。
色艶のある比較的短めの黒髪に可愛さに極振りしたかのような愛嬌の伺える顔立ち、肌は透き通るように白く、スラリと伸びた肢体、胸元から覗く色っぽい鎖骨など美少女コンテストに出場しているだけあって男心にグッとくるものがある。恰好はシャツに短パンとラフな格好だったが、それが逆に可愛さを惹き立てている。
「さっきの、えっと……テレシア君と言ったかな? 前半戦では彼女に観客の注目を持っていかれてしまったけれど、どうも彼女、先程から姿を見せていないね。どうしたんだい、彼女? 彼女の言っていた知り合いってのは君の事なんだろ?」
何でそんな事を知っているのか、とも思ったが俺は美少女コンテストが始まる前や前半戦が終了した後など中央広場にてテレシアと喋っている。目聡い奴なら気付いてもおかしくはないか。
「あいつはちょっと用事が出来ちまってな。出場出来なくなったんだよ」
どうせ後から分かる事だと、俺は事情を明かしてしまう。
それを受けて彼女は「成程」と頷いて見せる。
「彼女が出場を辞退して代わりに君が出場……という事は君はコンテストの賞品が目当てなのかな?」
「お前は違うのか?」
心中を探り当てられたようで動揺してしまう俺は代わりに同じ事を聞き返す。
すると彼女はかぶりを振って見せた。
「違うさ。まあラノベは好きだし、貴重だとは思うけどね。それ以上にボクは人に注目されるのが好きなのさ。水着審査なんてのはボクにとっておあつらえ向きの舞台だ。ふふ……ゾクゾクするよ。ボクの肢体が公衆に晒されるのを想像しただけでもう……ねぇ」
「お、おう……」
へ、変態だ――――ッ!!
……などと思ったが、どうにか動揺を押し殺す。
すると、彼女はこちらに指を突き付けてこう言った。
「ふふ、さてさて。実はボクは君に宣戦布告をしに来たんだった。ボクの名前はコハクだ。他の誰に負けても君にだけは負けないよ。ではそういう事で」
そう言って彼女は踵を返して姿を消す。
……そりゃあ俺が男だって知ってるなら俺にだけは負けたくないだろうさ。
とは言えこちらだって負ける訳にはいかない。
全て倒して賞品のライトノベルをこの手に!
俺は女物の水着を手にしながらそれを強く誓うのだった。




