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第13話 美少女と馬鹿共

『この街で一番の美人は誰だ! メルエスタチキチキ、美少女コンテスト! はっじまるよ――――ッ!!』

「「「うおぉおおおおおおお!!」」」


 野太い歓声が会場中に響き渡る。

 そこら中から「美女を! ラノベヒロイン並みの美女をこの目に見るまでは死ねん!」だの「巨乳だ! 巨乳を出せ!」「ポロりもあるのか!?」などの声が聞こえてくる。


 メルエスタの中央広場で開催されているこの美少女コンテストはどうやら定期的に開催しているらしく、その客層は男中心ではあるものの、若者から老人までが広場にごった返していた。

 さすがはライトノベルの街と言ったところである。馬鹿がいっぱいだ。むしろ馬鹿しかいないと言っても良い。



『皆さん盛り上がっているようですね!』

 そんな中、設置された壇上の上で声を張り上げている司会が場を盛り上げている。


『ご存知の通り優勝商品はライトノベル十冊! 読んでも良し! 売ったとすれば巨万の富を得る事の出来るとあっては出場する美人達のレベルもかなりのもの! コンテストの最中、途中参加もオッケーだ! 我こそはと燃える美女達よ! 金の為に我々男を興奮させてくれよ! 会場の皆さんはあまりの美女を前にして理性を失わないでくれよ!』

 ……酷い煽り方である。



「「「うぉおおおおおおおお!!!!!!」」」

 しかしながらその司会者の言葉に会場は更にヒートアップしていく。

 ……凄い客層だ。ホントに大丈夫か、この街は。


 とは言え、会場が盛り上がっている分には好都合だ。色々と仕掛けやすくなるし、何をやっても「お祭り気分」で許されてしまう場の空気を作れる。

 更にはこっちには切り札である美女がいるのだ。



「さて、テレシア。出場する前に一つ言っておきたい」

「なんでしょうか?」

 当のテレシアは緊張している様子もなく、いつもの様子で言葉を返す。

 どうもプレッシャーとかそう言った類の事は感じていないらしい。

 つくづくスペックの高い奴である。


「男ってのは処女性ってのを大事にする生き物なんだ。分かるか?」

「……処女性ですか?」

 小首を傾げるテレシアに対し、俺は頷いて見せる。


「そうだ。ここに居る男達の多くはアイドルの追っかけみたいな奴らで、皆が皆、女の子に幻想を持っている奴らだ。つまり好きな女の子は誰のモノでもないと思いたいんだ。言ってしまえば処女であって欲しいと心から思っている」

「事実、私は処女ですよ?」

 なんかとんでもない事暴露されてしまった。

 ……いや、今はここで動揺している場合じゃない。


「違うんだ、テレシア。俺はそういう事を言っているんじゃない。……つうか処女だったのか?」

「ええ、勿論です。だってこの身体はノボル様の為だけにあるんですから」

「…………」

 そういう事を童貞を前にして安易に言わないで欲しい。

 

「……そうか。しかし、今だけはその考えを捨ててくれ」

「ど、どうしてですか!?」

 ガーン、と如何にもショックを受けているような表情を浮かべるテレシアに対して言う。


「それが処女性だからだ。壇上に上がっていかにも相手が居るかのような匂いを感じると男はそれだけで萎える。それでは優勝は難しいだろう。騙すのは心苦しいだろうが、ライトノベルの為だ。今は皆のお前でいろ。男達に夢を与えるんだ」

「……ノボル様がそう言うのであれば」

 少し不服そうではあったもののテレシアは頷いてくれた。


 ……同じ男としてこういう事はあまりやりたくないのだが。しかし、俺はライトノベルの為ならば文字通り命を捨てた男。

 その為ならば断腸の思いで『アイドルのテレシア』を送り出してやろうじゃないか。


 くくく……ライトノベルは俺のモノだ!


「おおっ! その表情、正に邪神の如し!」

 そんな事を考えていると、いつの間に顔を覗き込んでいたのか、アリスが俺の顔を観て無邪気な顔で笑って見せる。

 ……邪神ってほどあれな顔をしていたのか。俺は。


「ところでノボル。地獄の窯が開けているようだが、何が始まるのだ?」

 会場の熱気に充てられてそわそわしているが、アリスは何が行われるかいまいちよく分かっていないらしい。

 アリスの質問に俺は暫く考えてこう返した。


「男どもの幻想を喰らい尽くすんだ」

「おおっ、それは如何に!? 邪神の生誕か!」

 俺のいかにもな言い回しに喜ぶアリスだが、やっている事は中々の下種である。

 だが関係ないこと。俺はライトノベルを掴んでやるんだ。


 ……しかし、テレシア上手くやってくれるだろうか。

 まあ最悪、俺がフォローすれば問題ないか。

 少し心配ながら俺はコンテストの開始を見守っていた。






 そんな俺の心配はまたも杞憂に終わる事となる。


「エントリーナンバー十七番のええと、その……テレシアです。すいません緊張しちゃって……本日はその、知人に出場をせがまれちゃってそれで断り切れずに出ちゃったんですけど……やっぱりその、少し恥ずかしいです。け、けどここまで来たからには頑張ろうって思ってます。皆さん、応援宜しくお願いします!」


 そんな自己紹介を情感たっぷり込めて言ってのけたテレシア。

 いつもは冒険者として前線で活躍している事からプレートアーマーなどで全身を程よく固めている凛々しめの恰好だったり、冒険中以外も動きやすいように軽装に留めた恰好をしている事が多いのだが、今は真っ白なふわふわのワンピースを着ており、その様子から何処かの令嬢かと思えるような、何処からどう見ても美少女である。


 普段のふわふわっとした印象よりも更に保護欲を掻き立てられるような様子で、更には羞恥心なども全面に出して思わず応援せずには居られないと言う感じの女の子に見える。

 ……いや、むしろ誰だよ、お前。


『こ、これはまた綺麗な女の子が出場して下さいました! ふわふわっとした正統派な美少女です! これは男性の皆さんはビビッと来ているのではないでしょうか!』


「うおぉおおおおお!! すげぇ、レベルたけぇ!」「テレシアちゃん! 俺だ、結婚してくれぇ!」「テレシア! テレシア!」


 テレシアの登場に会場中は更にヒートアップしていく。

 そんな声援にテレシアは照れるようにして俯いた。

 ……あの照れは演技なのだろうか。はたまた素なのだろうか。

 演技だとすれば大したものだが。



『皆さんがテレシアさんに凄まじい声援を送っております。これは私、司会者として少しは突っ込んだ質問をしなければ許されない空気になって参りました!』

 司会者は場を盛り上げながら、そのような事を言い出した。

 さて、ここからが本当の正念場だ。頼むぞ、テレシア。


『では、まず趣味は何でしょうか?』

「はい。その……お料理とかよくします」


『料理! これはまたポイントが高いのではないでしょうか! ちなみに得意料理とか聞いても大丈夫ですか?』

「はい。えっと……クリムゾンリザードの姿揚げ、とか」


『クリムゾンリザードの姿揚げですか? これはまた豪快ですがポピュラーな家庭の味を作られますね! 男性の皆さんも作って貰いたいのではないでしょうか?』


 どうやら受けが良いポピュラーな料理であったらしく、会場中が拍手喝采で埋め尽くされる。

 もしかすれば日本で言う所の肉じゃがみたいな立ち位置なのかも知れない。


 そう言えばそんな名前の料理をテレシアが作ってくれた事があった気がする。

 確か……うん、上手かった。

 いやそもそもテレシアの作る料理は大抵上手いのだが。


『では突っ込んだ質問になりますが、その彼氏とかっていらっしゃるんですか?』

 来た! 定番だが、リスクの高い質問だ。

 さて、頼むぞ! テレシア!


「その……居ないです。今まで一度も」

 テレシアはこちらにちらり、と視線を送りながらもそう答えた。

 その表情は何処か浮かない。

 いや、その答えは間違っていないのだから堂々としていて良い。


 会場中はその答えにまたも沸く。「じゃあ俺と付き合ってくれ!」だの「処女確定だひゃっほぉ!」などと言った言葉が行き交う。自重しろよ、お前ら。


『これは男性諸君の妄想も捗りますね! では恋とかはされてますか?』

「ええと……その」

 テレシアは答えづらそうにしながら最後はこう答えた。

「して、います……片想いかも知れませんが」

 顔を真っ赤にしながらそう言ってみせるテレシア。その答えもまた会場中の男達から称賛の嵐を受けていた。 





「申し訳ありません、ノボル様! 思わず、つい……」

「いや、良い。むしろあれはあれで正解だ」


 必死に頭を下げるテレシア。先程の言動について言っているのだろう。

 勿論、俺はアイドル的な回答を彼女に求めたが、テレシアの回答は満点と言って良いくらいのものだった。実際、会場の様子では彼女が一番沸いていたと思う。

 それを叱責しようものなら罰が当たるってものだろう。


 それに……片想いって言われるのは彼女の気持ちが電波であろうが何だろうが、ちょっと来るものがある。

 それに対して、どうこう言うような事は童貞の俺にはちょっと難しい。


「どっちにしろウケはお前が一番良かったんだ。審査はまだ前半戦らしいし、後半もあんな感じで頼むぞ」

「あ、ありがとうございます!」


 俺は下げているテレシアの頭をポンポンと撫でると、テレシアの表情は雲間から光が差すが如くぱあっと華やいだ。


「クク、テレシアよ。貴様の姿、地獄を照らす黒太陽をも凌ぐ程に怪しく光っておったぞ」

 アリスもまた興奮しながらそう言ってみせる。

 彼女なりの励ましだろう。


 そんな中、アリスは続いて俺の裾をくいっと摘まむと、こう言って見せる。

「ノボル。我も、我も儀式の祭壇へと上がる機会を!」

 どうやらテレシアの様子を観ていて、自分も出たくなったらしい。


 まあこいつ、人見知りの癖して厨二病だからああいう脚光を浴びれそうな場所は好きそうだしな。憧れるのも無理はない。

 とは言え彼女の望みを叶えてあげるのは難しい。


「悪い、アリス。そう言うと思ってさっき受付に聞いてみたんだが、やはり出場資格は十三歳からなんだとさ。という訳でお前はこっちでテレシアの応援だ」

 聞いてみたところやはり彼女には出場資格自体がどうやらないらしい。


「何物にも縛られぬ我を縛るものがよもや己に刻まれた刻印であったとは……。真祖として百年の時を生きた我も肉体までもは欺けぬ。仕方あるまい今日の所は祭壇に捧げられた傀儡を眺め、暫しの興じとしようぞ」

 そんな事を悔しそうに言うアリス。お前、真祖だったのかよ。



「任せて下さい、アリスちゃん。貴方の分も私は頑張りますよ!」

 アリスの頭を撫でるテレシア。アリスもどうやら納得したらしい。

 まあテレシアに任せておけば、そう問題は起こらないだろう。


 既に十分な評価は得ている。このままいけば俺がサポートする事なく一位は戴きだ。

 ――――しかし、事はそう簡単ではなかった。



 終わりを告げるのは司会者の弁。


『盛況の美少女コンテストですが、休憩を挟んでから後半戦のスタートです! 後半戦では女の子に水着になって戴きます! 皆が憧れるあの娘もその娘も普段の姿から解放されてあられもない姿になって戴きます! 野郎共、準備は良いか!?』

「「「うぉおおおおおおおおお!!」」」


 水着、と聞いて会場は益々ヒートアップ。

 つうか水着審査があるのか。そりゃ男共にとっては嬉しいだろうが、女の子にとっては難関だな。


 まあテレシアなら大丈夫だろ、そう思って俺はテレシアの方を振り向く。

 だが、眼前には耳まで真っ赤にして狼狽えるテレシアが居た。


「え、あ……みず、み、みみ水着、ですか?」

 明らかに冷静な様子ではないテレシアに声を掛けようとするが、

「み、水着って言う事は……肌を、見せないといけない? ……ノボル様の前だけならいざ知らず皆さんに私の、だらしない姿を……ッ!」

 動揺が目に見える彼女にどう声を掛けて良いものか分からなくなる。


 そして、

「あ、あの! えっと肌を! 他の事なら何だって出来る自信がありますが! 私、肌を……肌を公けの場で晒すのだけはその……恥ずかしくて、えっと……と、とにかく! 申し訳ありません! 今回だけはその、遠慮させて下さいぃ!」

「お、おい!」

 俺の静止も聞かずテレシアは中央広場から走って姿を消した。

 ……あの様子では少なくとも暫くは戻っては来ないだろう。


「まさかテレシアが肌を出す事をあんなに恥ずかしく思うなんて……」

 というか何度となく誘ってくるような素振りを見せて置いてそれで肌を出す事は苦手なんてどんなチグハグさなんだよ。自分で着痩せするタイプとか言ってたじゃねぇか!


 ……いや、まあ公けに晒すのと一人に晒すのは別問題か。

 それって……いや、まあこれ以上は考えるまい。これ以上は童貞にとっては過ぎた課題だ。



 一方、俺は窮地に追い込まれる。この作戦はテレシア頼りのものだ。彼女がいなければそもそも成立しえない。

 なら諦める? いや、優勝賞品はラノベ十冊だ。結果的に届かない事があってもそれを諦めるなんて選択を俺がする訳がない。


 ライトノベルを前にして何もしないなんて事は俺のアイデンティティの崩壊を意味している。生き方の否定そのものだ。


 ならどうする? どうすれば良い? 

 一度年齢制限に引っ掛かっているアリスを無理やりにでも出場させて――――いや、彼女は年齢以上に幼く見える。それは難しいだろう。では他には、他の案は――――


 幾度となく案を引き出しては却下を繰り返していく。脳内で言葉が幾度となく過ぎ去っては消えていく。

 それはまるで砂漠の中から一粒の砂を探し出すような感覚。 

 そんな中、膨大な問いの中で俺は一粒の答えを探し当てた。



「――――これは、俺は出場すれば良いのでは?」



 引き出した答えは正しく天才のそれであった。

 だが、俺はこの時、天才と馬鹿は紙一重であるという言葉をすっかり忘れていた。

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