第10話 アリスの休日③
「どうした、アリス!?」
悲鳴の聞こえた方向へと走り、辿り着いた先にアリスの姿を見つけた。
だが、彼女の周囲は柄の悪そうな男達三人に囲まれていた。
どうも只ならぬ様子を感じる。
「ノボル!」
アリスは俺の姿を見つけると、俺の元へと駆け寄り、背に隠れた。
「なにかあったのか?」
「えっと……邪悪なる使徒により、結界の外へと連れ出されここに」
「つまりそいつらに連れ出されてこんなとこに来ちまったって訳だな」
それだけ聞いて俺はアリスを隠すようにして彼らの前に立つ。
「えっと、どういうつもりなんだ? 場合によっては通報しても……」
「いや、なんでもないんだ。なんでも俺達はただ――――」
三人の内の一人が答える。
「そこの女の子に妹オーラを感じて思わず手を引っ張っちまっただけで他に他意は無いんだ!」
――――その言葉だけで十分に通報に値した。
「祖は盟約に従い彼らに原初の崩壊を与えん……」
「ちょ、ちょっと待て、アリス! 人間相手に先手必勝は不味い!」
アリスの唱えようとした呪文を取り敢えず止める。
……いや、間違いなくある意味ヤバい相手なので、撃ってしまっても良い気がするが。
「いや、ちょっと待ってくれよ! 俺達はちょっと可愛い妹系の女の子に声を掛けただけじゃねぇか! どこが悪いんだよ!」
「いや、どう考えてもアウトな気がしますけど」
とそこまで言って俺はもしかしたらこういう事、異世界ではセーフなのかも知れないと思い至った。
いや、現代日本でそれをやってしまえば間違いなく人生終わって然りだが、ここは異世界、俺の常識でこいつらを判断してはいけないだろう。
「ちょっとだけ! ちょっとだけ! 『お兄ちゃんの馬鹿! おたんこナス! ……わたしの気持ちに気付いてよね、この鈍感……』って言って貰いたかっただけなんだ!」
いや、これはこの世界の常識で言っても多分アウトだろう。
「つうかお前はそこのアリスちゃんの何なんだよ!?」
俺はそんな事を聞かれる。
俺とアリスの関係性? いや、多分普通にパーティメンバーで答えれば良いんだろうけど。
そこまで考えて俺は「いや、それでは通じないのではなかろうか」と思い至る。
現代日本において大学生が小学生と一緒に居たところで、それを「友達」だと言い張っても通じ辛い。間違いなく職質掛けられて事と次第によっては捕まったりするだろう。
十二歳はそれだけ保護の対象なのだ。十九歳の俺が本来、彼女と一緒に居るのは変と言うもの。
ならば、やはり兄妹という線で通した方が良い。
しかし、どうもこいつら妹に対して幻想を抱いている風だ。
このまま直接言ってしまえば間違いなく彼らを刺激してしまうだろう。
なら少しばかり遠回しな関係性にしておこう。
「俺はこの娘とは近所に住んでいる関係で、簡単に言えば兄替わりみたいなものだ。だからお前らの考えているような関係性では一切ないぞ」
「「「なんて羨ましい関係性なんだ! こいつは敵だ!」」」
「何で!?」
俺は必死の訴えをしてみせるが、しかし彼らには通じない。
「兄替わりの関係なんて超美味しいポジションじゃねぇか! 殺す!」
……いや、よく考えれば兄替わりの関係なんてラノベにおいても結構美味しいポジションだった。
どうやら彼らの妹欲を刺激してしまったらしい。
そんな中、
「痛っ、……どうした、アリス? 俺の背中なんか小突いて」
「……仔細ない」
アリスが俺の背中をドン、と叩く。顔を見ればぷくっと頬を膨らませていた。
……ん? なんか気に入らない事でもあったのか。
ああ、あいつらに妹扱いされてるのが気に入らないのか。
こいつ、子供扱いされるのは嫌いみたいだしな。
「「「しかも妹扱いされて怒っているだと……。フラグも立っているじゃねぇか! 許さん、デストロイだ!」」」
「え、何で!?」
何故か益々彼らの火に油を注いでしまう結果になったらしい。
一体俺が何をしたと言うんだ!?
とは言え、どうやら因縁をぶつけられているのは事実だ。
どうにかはしないといけない。
「仕方ない。ここは俺に任せておけ」
俺は彼らの目の前に躍り出る為、一歩前に進もうとする。
しかし、それは阻まれた。服の裾が掴まれてた所為だ。
「……アリス。悪いが離してくれないか・」
「我が第六感が告げておる。よさぬか?」
こちらを見上げてくるアリスと目が合う。
どうやら心配してくれているらしい。
俺は彼女の手に掌を重ねつつ、こう言った。
「大丈夫だ。この状況、俺に任せてくれ」
「ノボル……」
そう言って心配そうに見つめるアリスの手を外すと俺は一歩、彼らの前に躍り出た。
「まーたテメェはアリスちゃんとフラグが立つような真似を……」
「これで生きて帰れると思うなよ?」
奴らは青筋を立てて俺を見遣る。
「ふっ……」
俺は彼らを見つめたまま鼻で笑う。
俺には策があった。ここを順当に切り抜けるような策が。
そして俺は彼らを前にその秘策を炸裂させる。
「許して下さい! 私が悪かったです!」
俺はそう言いながら五体投地で彼らの前に控えた。
実に綺麗な土下座を決めてやった。
プライド? なにそれ? そんなんでお腹、膨れないよ?
大学生とは言え、アルバイトその他で社会に出ていたと言っても良い俺にとってこんな事、日常茶飯事だった。
俺は目的の為だったら何だってする男。
俺のプライドでここを無傷で切り抜けられるのであれば、こんな事は安いものである。
「……えーと、いや、なんかすまねぇ、俺達もちょっと熱くなっちまったよ」
「そこまでされたら俺達だってお前を許さない訳にはいかねぇじゃねえか」
そんな風な応対をする男達。
……ふっ、ちょろいな。
こんな処世術如きで許してしまうとは……。
こんなんでは日本の社会人としてやっていけねぇぞ。
「ノボル! 我の為に其処まで……、流石は我のノボルよ……。お主のそういうところが気に入って……いやこれ以上は言うまい」
「いや、駄目だ! こいつは殺す! 殺すぅ!」
「アリスちゃんの心を盗んだキサマをここで八つ裂きにする……しなくてはならぬ……」
「妹に好かれる兄などここで死ね。我らの嫉妬をその身に受けよ」
「え!? 今の間に何が起こったの!?」
一端は俺を許すようになっていたにも関わらず、またも彼らが怒りで青筋を立てていた。
……なんという事だ。この俺の秘策が……、これは不味い。
「分かった、お前ら。ここでは不味い。ちょっと裏路地に行こう」
俺はすっくと立ちあがると彼らへと交渉を始める。
ここまで来たらもう荒事を回避するのは不可能だろう。
ならばせめてアリスに火の粉が掛からないようにしないと。
「アリスちゃんに格好悪いとこを見せたくないって言う事か。敵ながらその心意気は買ったぜ。上等だ、奥に行くぞ」
男達は路地の奥へと引っ込む。
俺がそれに続こうとすると、アリスが服の裾を掴んで止めた。
「ノボルよ。我が彼らにアルマゲドンを顕現してみせる。だから……」
「いや、良い。結局は俺が捲いた種だ。俺がやらないと」
俺は彼女の加勢を断る。
「じゃあちょっと待っていてくれないか?」
「ノボル……」
そう言って俺は路地の裏へと行った。
「……逃げる機会をくれてやったのに、ついてくるとは上等じゃねぇか」
「逃げれば俺達もこれ以上は何もしないでやったのにな。……いや、ホントなんでついてきちまったの? これじゃあ流石に俺達もやってやらねぇと引っ込みが付かないんだが……」
「ここまで来て逃げはしないさ! さあ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」
そして三十分後――――
「いやぁー……あいつら、実はあんなに良い奴だったはなぁ」
俺はアリスと一緒に歩きながら、そんな事を呟いた。
三人の男達に囲まれたあの後、ふとした切っ掛けから妹モノについてライトノベル談義を交わし、いつの間にやら仲良くなっていた。
どうやら彼らも冒険者であるらしく、俺と同じライトノベルに命を懸けられる程によく訓練された優秀なラノベ読みであったらしい。
「妹モノについてあそこまで建設的な討論が出来るとは……。やはりライトノベルの街、メルエスタ。ああいう馬鹿野郎で一杯だな、ここは」
あの後、程よく話した後、「今度一杯飲もうぜ」と言い交わしてその場を別れた。
今日の敵は明日の友、という古い言葉はどうやら本当であったらしい。
今度もまた、妹モノライトノベル熱い談義を交わしたいところである。
「……ノボル」
「うん? どうした、アリス?」
「死地へと赴くのは今後は控えるのだぞ?」
アリスはそう言ってこちらを見つめてくる。
「心配するな。俺はライトノベルの為くらいにしか命は早々懸けない」
アリスは俺の言葉を聞くと、何処か気に入らないように頬を膨らませるが、やがて諦観したように溜息を吐く。
「それよりアリス、さっきのアイス、溶けて食えなかっただろ? 食いたかったらもう一回買うけど……どうする?」
「我に対する供物を断る理由はない。もって参れ」
アリスはそう言ってせがむ。
その十二歳らしいおねだりに俺は彼女の頭をひと撫でしつつ、やがて再びアイスクリームの屋台へと向かった。
「親父さん。悪いがまたアイス二つ頼むよ!」
「成程。今日はアリスちゃんとデートに行ったんですね?」
宿へと帰ってくるなり晩御飯の用意を始めてくれたテレシアは手を動かしながらそう聞いてくる。
「デートじゃねぇよ。つうか十九歳が十二歳とデートに行ったらやべぇだろ、それ」
「えー、愛に年齢は関係ないですよー。それにアリスちゃんは楽しんでくれてたんでしょ?」
「まあ……多分」
アイスを二人で食った後、彼女の居る宿屋まで荷物を運んでいった訳だが、基本的には喜んでいた様子で「アルマゲドンの顕現をこの身に感じ、血沸き肉躍るようだった」とか言ってたし。
「出来ましたよー。今日はレッドリザードのハンバーグですよー。ノボル様の好みに合わせて甘くしておきましたけれどお口に合うと良いのですが」
そう言って俺の目の前には分厚いハンバーグが置かれた。
レッドリザードとやらがどんな生き物かは知らないが、この前も彼女はこのハンバーグを作ってくれた事がある。それから考えて味は保証されていると言って良いだろう。
「……そう言えば」
テレシアは自分の方にもハンバーグとそしてそれぞれにサラダを置くと、俺の対面に座りながら言う。
「今日は大変でしたね。危うく男達に殴られるところだったんですから」
「ああ、まあ何とかなったけどな――――え?」
その話、俺はまだしてない筈だけど……。
「うふふ……あの方達、ノボル様に指一本でも手を出したら……私、どうなるか分かりませんでしたよ」
俺は彼女の方へと視線を向ける。
テレシアはいつものふんわりとした笑顔のままだった。
それが何だか逆に怖い。
「あのさ、お前……」
「あとノボル様」
俺が質問する前に畳みかけるようにしてテレシアは言った。
「私にも今度何かプレゼントして下さいね?」
そう言ったまま笑っているテレシア。
冷や汗を搔きまくっている俺に対して、テレシアは無言のまま笑っている。
こいつ……一体どこまで観ていたんだろう……。
美味しい筈のハンバーグだが、味を一切感じなかった。
愛が…………重い、です。




