光の道
「…あれ?」
俺は神崎嘉浩19歳。大学に通っている黒髪の大学生だ。
基本的にオタク…というかゲームとかアニメが好きだが、実はスポーツもそこそこ出来る。
頭は大してよくはないが、普通の国立大学に受かることは出来た。
特に秀でた才能も無けりゃ、ずば抜けてできないこともない。
普通の人間だ。
そんな俺は今日から夏休み。大学の仲間と一緒に、今日は俺の家でゲームをすることになっている。
大人気ゲーム『アルティメット・アビリティ』の最新作が先週発売され、俺は見事にそれを昨日の夜、手にすることが出来た。
今日、仲間とプレイする約束をしていたので、まだ封すら切っていない状態だ。
首筋を流れる汗など気にならない程、楽しみでしょうがない!
大学から家への道の途中には大きな川があり、俺はその川に架かる橋の上を歩いていた。
いつもと何ら変わらぬ筈の景色、風、空気、そして川。
しかし、今日は圧倒的に何かがおかしかった。
「誰か溺れてね?」
仲間のうちの一人が、橋の上から川の中腹を指さした。
俺は目が悪いから、極端に目を細めて仲間の指さす方向を見据える。
そこには確かに、溺れている人の影があった。
最初は激しく抵抗していたようだが、徐々にその勢いが劣れているのが分かった。
川の流れはさほど早くないが、深さがある。
「やばいやつじゃん!」
俺は無我夢中で、背負っていたリュックを投げ捨て、橋の上から川の中へと飛び込んだ。
俺を止める仲間の手や声が届いてはいたが、俺は構わず身を投げ、溺れている人影のところまで泳いだ。
泳ぎは得意でもなければ、まったく不得意なわけでもない。
クロールと平泳ぎができる程度である。
肝心のところまで行くと、橋の上から見た時より、水しぶきが上がっているように見えた。
しかし、水しぶきは上がるばかりで、肝心の人影が見えない。
「あれ?」
俺は水中で足をばたつかせて漂い、橋の上にいる仲間を見る。
「何やってんだ嘉浩!早く助けてやれよ!」
「人がいないんだよ!」
俺はありのままの現状を伝える。しかし、仲間からは奇妙な叫びが返ってきた。
「は?溺れてるじゃねえか!手ぇ掴め!手!」
「何言ってんの?」
俺は再び水しぶきの上がる現場を見るが、人の手などまったく目につかない。
確かに橋の上から見たときには見えた人影が、近づいた時にはすっかり消えていた。
そして、俺は水中で何かに足をつかまれた。
どんどん引きずり込まれていくのを耐えながら、必死で岸に上がろうとする。
駄目だ…なんだこれ、力が強い。
それに、俺をつかんでる手…これ、人間じゃないぞ?
「おい!嘉浩!大丈夫か!?」
「だいじょぶっ―――――――――――」
束の間、俺の体は水中へと引きずり込まれ、やがて体全てが水中に潜りこんだ。
苦しい、やばい、本当に死ぬぞ。
気付いた時には意識を失っていたようで、俺は悪夢を見た後であるかのように目を開いた。
辺りは光輝いており、眩しい。
「え?…ん?」
身動きが取れないのも当然だ。
俺は今、ウォータースライダー状態なのだ。
遊園地とかにあるウォータースライダー…あれの光バージョンをやらされている感覚だ。
自分でも何を言っているかは分からない。
ただ確かに、俺の体はどこかへ向かって滑り落ちている。
光の線の上に、俺はいる。
「俺…死んだのか?」
嫌な予感ばかりが胸をよぎる。
しかしなぜか、不思議と今は穏やかな気分だった。
これが死ぬ間際の感情なのだろうか?世間でいう三途の川は、ウォータースライダーのことなのか?
その時だった。
順調に俺の体を乗せていた光の道を遮るように、突如下から巨大な手が姿を現した。
なにこれ!
「は?」
それはまるで巨人のように巨大な黒い手。
光の道には似ても似つかないほど禍々しい黒い手。
『エラバレシ、ユウシャノヒトリ、ヨシヒロ』
ドスの聞いた男の低い声が、俺の耳に入ってきた。
何?選ばれし勇者?
『オマエハ、ワタシガ、ユウシャニ、サセナイ』
この声は何を言っているんだ?
勇者に…させない?
『オマエニハ、ワタシノ、エガイタ、サイアクノ、シナリオヲ、サズケヨウ』
「最悪のシナリオ?」
嫌な予感が再び胸を強くよぎる。
なんだ?これは今どういう状況なんだ?
俺は勇者にはなれないのか?
やがて、巨大な手は、俺を包み込むようにして形を消した。
直後、俺の意識はふっと消えた。