3人の娘と青い帽子
あるところに、小さな町にある大きな家に住む3人の娘がおりました。
19歳の長女のアンジェ、17歳の次女のマナ、そして15歳の末っ子のキルフェは、町で人気の手品師であるお母さんのことがとても自慢でした。
父親は、5年ほど前に謎の奇病で急死してしまい、一時期はとても悲しんでいましたが、家族4人、協力しながら、とても仲良く暮らしていました。
あるとき、お母さんは言いました。
「みんな、いいかい。これから言うことはとても大事なことだから、きちんと聞いておくんだよ。」
3人の娘は、こくりとうなずき、お母さんの言葉に耳を傾けました。
「あのね、この帽子を3人に渡すから、今日からはずっとこれを被って生活するんだよ。何でかなんて、聞いちゃいけない。そのうち分かる時が来るから、その時が来るまで、何も考えずに被っておきなさい。」
お母さんはそう言うと、3人に真っ青の帽子を手渡しました。
「ねえ、お母さん。これって、家の中でも被るの?」
そう聞いたのはマナ。
「ええ、そうよ。」
お母さんはにっこり笑ってうなずきました。
それを見て、アンジェはため息を1つつきました。
「私、嫌よ。青色嫌いなんだもの。」
「そんなこと言っちゃだめよ。とてもきれいな帽子じゃない。」
にこにこと帽子を抱えながらキルフェは言いましたが、アンジェは帽子を片手に持ってくるくると回しています。
「まあ、でも今日からはそれを被ってもらうからね。」
お母さんがそう言うと、3人は、はーい、と返事をして自分の部屋に帰っていきました。
アンジェは、自分の部屋で帽子を眺めていました。
「どうしても好きになれないなあ。」
考えているうちに、いいことを思いつきました。
「そうだ、赤色に染めてしまおう。」
そう思いついたアンジェは、裏庭からたくさんの木苺を摘んできて、桶の中でつぶし、赤い汁を出しました。そこへ、さっきもらったばかりの帽子を漬け込みます。
「ほらやっぱり。とってもきれい。」
赤く染まった帽子は、きらきらと光って見えました。
アンジェは、赤い帽子をうれしそうに被り、お母さんのところへ見せに行きました。
「見て見て、お母さん。とってもきれいになったの。」
それを見たお母さんはとても驚いた顔をした後、すぐに怒りました。
「どうしてそんなことをしたの。これじゃあ元に戻せないじゃない。」
「いいじゃない、戻せなくたって。私は赤色が好きなの。じゃあ、遊びに行ってくるね。」
アンジェが外に出ようとした時、お母さんはアンジェを必死で止めました。
「だめ、そのまま外に出てしまっては絶対にだめ。お願いだから、帽子は置いて行って。新しい帽子は、今度用意するから、そっちを被って。」
お母さんが必死に止めるので、アンジェは不思議そうな顔をしながらも、帽子を置いて遊びに行きました。
次の日、お母さんは町に手品を見せに出かけました。
アンジェは、せっかくきれいに染め上げた帽子を町の友達に見せたくなっていました。
「昨日は止められたけど、少しくらいなら大丈夫よね。」
そう呟くと、真っ赤な帽子を被り、外へと歩き出しました。
10メートルも歩いていないころでしょうか、突然知らない男の人が声をかけてきました。
「君、きれいな帽子を被っているね。もっとよく見せてもらえるかな。」
相手は見たことも無い、多分この町の人では無い人でしたが、帽子を褒められてアンジェはうれしくなっていました。
「ええ、いいわよ。それね、昨日自分で染めたものなの。いいでしょう。」
得意な顔で帽子を相手に手渡してしまいました。
「へえ、自分で。それはすごいね。ねえ、どうやって染めたのか、教えてもらえないかな。僕も赤色に染めたいものがあるんだ。」
男の人がそう言うと、アンジェはきょとんとした顔になりました。
「どうやってって、木苺の汁に漬けただけよ。簡単なことじゃない。」
「そうか、じゃあ、木苺の汁に漬け込むことにするよ。…君をね。」
そう言うと、男の人はアンジェを抱えて走って行ってしまいました。
「きゃああああ」
アンジェは叫びました。
その声に気が付いて、マナやキルフェ、他の町の人も追いかけてきましたが、森の中に逃げ込まれ、見失ってしまいました。
お母さんがそのことを知ったのは、家に帰ってきてからでした。
お母さんはがっくりとひざを落とし、泣いてしまいました。
「お母さん、泣かないで。アンジェを探しに行こう。」
「そうよ、連れ戻しに行きましょう。」
2人の娘は励ましますが、お母さんは首を横に振っていました。
「どうして。」
「まだ間に合うわよ。」
そう言い続ける2人に、お母さんは言いました。
「これにはわけがあるの。もっとみんなが成長してから言おうと思って黙っていたの。ごめんなさい。」
そう言うと、お母さんは棚の奥から何かを持って来ました。
「わあ、きれい。」
マナは思わず見惚れました。それは、赤く光る帽子でした。
「これはね、あなたたちが今被っているものと同じ素材の物なの。で、それを赤く染められるようになるのは特定の人間だけなのよ。いえ、人間、と言ってもいいのかしら。」
お母さんは、青い顔でため息をつきました。
「特定の人間って?」
キルフェはきょとんとした顔で聞き返します。
「あのね、魔女、それも大きな力を持つ一級魔女と呼ばれる者にしかできないの。」
2人の娘はびっくりして顔を見合わせました。
「え、アンジェは魔女だったの?」
マナはお母さんに聞きました。
「ええ、そうよ。…あなた達もね。」
それを聞き、2人は再び顔を見合わせました。
「で、でもお母さんは?」
キルフェが聞きました。
「私がね、一級魔女の中でも優秀とされる、大魔女というものになるの。」
それを聞いて、2人はもう開いた口が塞がりません。
「で、でもどうしてアンジェは連れて行かれてしまったの?」
マナが怖々お母さんにたずねました。
「あのね、実は今、国の中心では、お姫様、お妃様が謎の奇病にかかって苦しみ続けているの。もう5年も。それで、神父様が10人の一級魔女を生贄に捧げなさい、とおっしゃったの。それで、城の近くに住んでいた魔女たちは一斉に逃げ出したわ。」
「ま、まさか。」
「ええ、アンジェは生贄にされてしまったのよ。」
それを聞いた2人は、さらに慌てました。
「なら、早く助けに行かないと。間に合わなくなっちゃうじゃない。」
「そうよ、お母さん、大魔女なら何とかなるんでしょう?」
しかし、お母さんは首を横に振りました。
「ごめんなさい、それはできないの。仮にやったとすれば、私の居場所がばれて、あなた達まで連れて行かれてしまうわ。それに、一級魔女はみんな強いから、見つけ次第すぐに殺されてしまうの。だから、もう…」
お母さんはそう言うと、泣き崩れてしまいました。
2人は呆然と立ち尽くしました。
お母さんは、再び、絶対に帽子を被っておくように、と命じました。
それからしばらく経ったある日、マナはお母さんが仕事に行っている間にキルフェを呼び出しました。
「どうしたの、マナ。」
「ねえ、お姫様とお妃様がかかっている病気って、お父さんがかかってしまった病気と関係あるんじゃないかしら。」
急に聞かれて、キルフェはびっくりしてしまいました。
「まさか。」
「でも、謎の奇病で5年前から、でしょう?お父さんの奇病だって、5年前じゃない。」
「で、でもお父さんは亡くなっているのよ?お姫様やお妃様はまだ生きているでしょう。だから、きっと違うわよ。」
「本当にそうかしら。ねえ、お母さん、まだ隠していることあるんじゃないかしら。この帽子だって、何で被らなきゃいけないのか、ちっとも分からないじゃない。」
「それも、そうね。」
「ねえ、久しぶりに探検しましょ。この家の中。」
「え、ええ。でも、お母さんには見つからないように、ね。」
昔、アンジェ10歳、マナ8歳、キルフェ6歳の時に家の中を探検していてとても怒られたことがありました。
それは、ある部屋を開けようとしていた時のことでした。今でもあの部屋に何があるのか、2人は知りませんでした。
2人は迷わずその部屋に向かい、ドアを開けようとしました。ですが、鍵がかかっており、開きません。
「そうだろうと思って。」
マナはポケットから取り出した鍵を鍵穴に差し込み、回すと、がちゃり、という音と共にドアが開きました。
「それ、どこから?」
キルフェが聞くと、マナはにこっと笑って別の部屋のドアを指さしました。
「お母さんの机の引き出しの中にあったわ。」
「マナ、すごい。」
「さ、入るわよ。」
入ってみると、なんてことはありません。雑に色々な物が置かれていただけです。
「物置かしら。」
歩いてみるけれど、どれもホコリだらけ。
でも、1つだけ、ホコリを被っていない物がありました。
「本?日記、かしら。」
マナが手に取り、横からキルフェが覗きこみます。
「これって…」
「お母さんの日記ね。お父さんが病気になるころまでの。」
分厚い日記をぱらぱらとめくると、とても興味深いことがいくつも書かれていました。
まず、今2人が被っている青い帽子は、見習い魔女の証拠であること。
青い帽子の素材は、魔女にしか触れないこと。
この素材でできた帽子を被っている魔女は、この帽子によって守られること。
そして、この帽子を赤く染めると、一級魔女の証になると共に、帽子には守ってもらえなくなること。
「そんな。」
そう呟くキルフェを見て、マナはさらにページを進めました。
「ねえ、これ見て。」
マナは、あるページをとんとんと叩き、キルフェに見せました。
そこに書いてあったのは、次のようなことでした。
青い帽子、またはその素材に触った魔女でない者は、6年間苦しみ続けた上に死に至る。
青い帽子を傷つけた者は、誰であろうと、すぐに死に至る。
「ねえ、これって、お父さんの謎の奇病の正体じゃない?」
マナはそのページをじっと見つめて言いました。
「そ、それで、お姫様とお妃様も、これが原因で、ってことかな。」
キルフェも怖々とマナに言いました。
「ええ、私たちはこの帽子を大事にしなくちゃいけないわね。」
「そ、そうね。あ、いけない。そろそろお母さんが帰ってくる時間よ。」
「本当だわ。早く片付けないと。」
2人は本を元の場所に戻し、部屋に鍵をかけ、リビングへと戻っていきました。
幸い、お母さんにばれることはありませんでした。
それから何十日が経ったころでしょうか、マナに不思議なことが起きました。
「ねえ、キルフェ。見て。」
「どうしたの、マナ。」
きょとんとした顔のキルフェの前で、マナは、手をかざしただけで本を浮かせました。
「まあ、すごい。」
「ね、すごいでしょ。アンジェが一級魔女だったんだもの。私たちも、まだ使い方が分からなかっただけで、すごいことができるんじゃないかと思って、見よう見まねでやってみたらできたの。」
そう言うと、さらに家じゅうの物を動かして見せ、得意な顔をしました。
「で、私、結構魔法が使えるようになったと思うの。空は飛べないけど、炎は出せるわ。」
マナは、炎を出して、紙を1枚燃やしました。
「すごい、もう立派な魔女ね。」
キルフェは目を輝かせてそれを見ています。
「で、私、アンジェを迎えに行こうと思う。」
「え?で、でもアンジェはもう…」
困り顔のキルフェを見て、マナはふっと笑いました。
「お墓、作ってあげたいから。」
マナは、鞄を1つだけ持って、玄関に向かいました。
「き、気を付けてね。」
「ええ。私が出ている間、お母さんを頼んだわよ。」
「分かったわ。」
マナは、迷わず森へ向かいました。
アンジェが連れ去られた方向へ、ひたすら進みます。
ですが、だんだん森が険しくなっていきました。
「もう、本当にこっちに向かったのかしら。」
木をくぐりながら進んでいた時でした。
1本の枝が、マナの帽子にひっかかり、破れてしまいました。
「しまった。」
そう思った時には後の祭りです。
マナは、みるみるうちに息が苦しくなり、地面に膝をつき、終いには倒れてしまいました。
マナは、二度と家に帰ることはできませんでした。
そうとも知らず、キルフェは1人、マナの帰りを待ち続けました。
お母さんにマナのことを聞かれたときは、友達の家に泊まりに行っていると答えました。
ですが、1週間経っても1か月経っても帰って来ません。
お母さんは次第に苛立ち、キルフェを叱りました。
お母さんはそのうち、家の中でも外でもキルフェを叱ることが多くなっていきました。
キルフェはそのたびに、もうすぐマナが帰ってくる、それまでの辛抱だ、と思って耐え続けていました。
しかし、森へ薪を取りに行った男の人が、そこで死んでいるマナを発見してしまいました。
キルフェは悲しみに暮れ、お母さんはキルフェをさらに追いつめました。
こうなったらもう自分でやるしかない、と思ったキルフェは、魔法の勉強を始めました。
キルフェに使えたのは、空を飛ぶこと、物を浮かせること、物を飛ばすこと、の3つだけでした。
でも、やるしかない、と思ったキルフェは、お母さんに言いました。
「私、アンジェを探して、きっと連れ戻してくるね。」
お母さんは半狂乱になって止めました。ですが、キルフェは言うことを聞きません。
「お母さん、私しかいなくて寂しいんでしょう?だから、また、みんなで一緒に暮らそう。」
そう言うと、体をふわりと宙に浮かせ、窓から出かけてしまいました。
「ああ、なんてこと。」
お母さんは悲しみに暮れ、追いかけることもままなりませんでした。
空を飛ぶことで森を抜ける必要が無かったキルフェは、帽子を傷つける心配はありませんでした。
あっという間にお姫様やお妃様が住むお城の真上まで飛び、中に入ろうとした、その時でした。
「魔女だ、魔女がいるぞ。」
「でも、青い帽子を被っているぞ?」
「お前は馬鹿か。一級魔女じゃなければ、空を飛ぶことなんてできないだろう。」
盲点でした。
まさか、空を飛べるのが一級魔女だけだなんて、キルフェは知らなかったのです。
しかも、キルフェは自分自身が一級魔女になっていたなんて、少しも思っていませんでした。
「撃ち落とせ。」
「生贄に捧げろ。」
無情な言葉と共に、矢がたくさん飛んできます。
そこで、キルフェは青い帽子のすごさを知りました。
矢が、体に当たる前に勝手に跳ね返るのです。
「まあ、すごい。これならきっと大丈夫だわ。」
矢が飛んでくる中をさっそうと飛び回り、お城の中へ向かいます。
ですが、お城の窓に手をかけた瞬間でした。
大きな風が、びゅう、と吹き、キルフェの帽子は飛ばされてしまいました。
「しまった。」
そう思った時にはもう、キルフェには矢が当たり、地面に向かって落下していきました。
「やった、これでちょうど10人目だ。」
「お姫様とお妃様が病から解放されるぞ。」
町は、歓喜であふれていました。
生贄がそろった、という情報がお母さんの住む町に伝わってきたのは、それから3か月後のことでした。
お母さんはため息をつき、今まで住んでいた、自分の魔力で建っていた家を畳み、山奥へと姿を消してしまいました。
その後、お母さんの姿を見た者はいないと言います。
10人もの一級魔女の生贄をささげたお姫様とお妃様ですが、その後、病気が治ることは無く、発症からちょうど6年後に死んでしまいました。
そのことに怒った王様は、生贄の1人が被っていた青い帽子を力任せに引きちぎり、直後に謎の奇病で死んでしまいました。
誰もいなくなったお城では、いつまでも、赤く染められた帽子たちがきらきらと輝きを発しています。