第9話 ノーボディ・リメンバーズ・ロッド
しばらくして、俺と神上未咲はとある家に行った。
表札には「結城」と書かれている。
俺は結城の存在を、神上未咲に認めさせるため、結城の家に来た。
何故、俺が結城の家を知っているのかと言うと、結城の家族と小さい時から付き合いがあるからだ。
幼稚園に入る前に、公園で出会ったことが始まり。
そして、俺の母さんと結城の母さんが意気投合し、それから付き合いが始まった。
その後、飯地とも知り合い、以降3人で行動するようになった。
俺たち3人も、俺たちの母さん3人もとても仲が良く、結城が『魔女』になるまでは、ずっとこの生活が続くものと思っていた。
だけど、俺がじいちゃん家に行っている間に、結城は死に、飯地は様子がおかしくなっていた。
考えてみれば、こんなことこの町でしか起きないだろうな……
「結城? 竜司先輩が言っていた結城花帆って人の家ですか?」
神上未咲が表札を眺めて言った。
「ああ。流石に『神上家』の人たちが覚えていなくても、結城の母さんだったら覚えているはずだからな」
口ではこう言ったものの、実際にはそんなに確信していない。
神上臨が、結城の事を覚えていなかったことが、一番大きい。
だが、飯地は覚えていたし、俺も覚えている。
実のところ、『神上家』の人たちが何らかの理由で忘れているだけ、と自分に思い込ませているだけに過ぎない。
ピンポ~ン♪
俺はドアのところまで行き、インターホンのスイッチを押した。
「はーい」
結城の家から、結城の母さんの声が聞こえてきた。
タッタッタッタッ……
ドスーン!!
何かに躓いて転んだ音が響いた。
ちなみに、結城の母さんはドジっ子である。
カシャッ
「あー、竜司君。こんにちはー。今、そっちに行くねー」
インターホン越しに結城の母さんの声が聞こえる。
ほんわかしているが、これでも39歳の女性だ。
「あ、別に……」
カシャッ
インターホン越しに「別に来なくても大丈夫です」と言おうとしたんだが、その前に切られてしまった。
ちなみに何故、来ないようにしようとしたのかというと……
ドスーン!!!
ほら、見ろ……
2回目だ……
「さっきから、ドスンドスンって音が聞こえてきますけど、大丈夫なのですか?」
「多分」
神上未咲が訊いてきた。
割とタフな人だから大丈夫だ。
ガチャッ
ドアが開いた。
「竜司君、いらっしゃーい。今日はどうしたのかなー?」
ドアの向こうからとてもきれいな女性が出てきた。
「きれい……」
神上未咲が絶句している。
この人が、結城の母さんで、名前は結城 春。
39歳にして、凄まじい美人。
だがドジっ子なので、結城の父さんに、あれは駄目これは駄目と色々制限が付けられているらしい。
ちなみに、俺の母さんは結城の母さんの美人なところに嫉妬している。
「あの、結城っていますか?」
どんな状況になっているにせよ、結城がこの家にいるはずはない。
もし、生きていたとしても結城は『魔女』になって『魔女』の社にいるはずだからだ。
だが、自然に話を持ち込むためには、これが一番いいと思った。
俺は、結城の母さんに「あれー? 花帆は『魔女』になって『魔女』の社にいるはずだよー」と言ってもらえることを願っていた。
「結城? 私が結城だけど……」
しかし、現実は非情だった。
結城の母さんも結城のことを覚えていなかった。
「結城花帆ですよ。あなたの一人娘の……」
「え? 私、結婚しているけど娘なんて1人も……」
俺は自分が信じられなくなりそうだった。
身体が勝手に動き出した。
結城の部屋はまだあるはずだ!!
「竜司君!?」
「竜司先輩!?」
結城の母さんと神上未咲の驚く声が聞こえてくる。
俺は結城の家に何でもお邪魔したことがあるので、家の構造は熟知していた。
真っ直ぐ結城の部屋を目指した。
バン!!
結城の部屋のドアを開けると、そこには勉強机、筆記用具、学生バッグ、制服、その他諸々の女性向けグッズが置いてあった。
結城が死に、結城の記憶が他の人から消えていても、結城の部屋はそのままだった。
「それねー、私が何かの拍子に買っちゃったのよねー」
結城の母さんはそう言っているが、机の上にあった学生証には「結城花帆」という名前がついていた。
結城は確かに存在していた。