第7話 ハーモナイズ・ロッド
「あのー」
しばらくして、神上未咲が俺に話しかけてきた。
「ひぇ?」
俺は、話しかけられるとは思っていなかったので、変な声を出してしまった。
「はじめまして、竜司先輩! 木丈霞中学校に通う中学1年生の神上未咲です! よろしくお願いします!」
ハキハキとした声で自己紹介をされた。
まあ、だいたいの情報はもう知ってるんだけど……
「あー、よろしく」
俺は自分でも雑だと思えるような返事をした。
ごめんなさい。
飯地のことをコミュ障とか言ってたけど、俺もコミュ障です。
初対面の女性とまともに話すことなんてできないです。
……
あれ?
そういえば、どうして神上未咲は俺の名前を知っているんだ?
神上臨は、俺を探していたから名前を知っているのは当然だとしても、神上未咲は?
「ところで、何で俺の名前を知っているんだ?」
「え、えーとですね……」
先程のハキハキさが嘘のように今度はモジモジしだした。
「秘密です!」
そして、秘密にされた。
教えてくれないのかよ……。
「そんなことより、竜司先輩! ……本当は『杖』のこと、知ってましたよね?」
神上未咲が唐突に冷たい声で俺に訊いてきた。
「え? あ、いや……」
「言い訳しても無駄ですよ? 監視カメラに竜司先輩と飯地先輩が話しているところが、バッチリ映っていましたから!」
快活な声で恐ろしいことを言ってくる。
女って怖い……
「監視カメラだって!?」
「あれ? 知らないんですか? 『魔女』の社の周りには、監視カメラがたくさん設置されているんですよ」
そんなこと、初耳だ。
まあ、あって不思議はないか。
『魔女』を守っている『神上家』が、監視カメラなんていう近代的なものを使っているのには、ちょっと驚きだけど……
「え……じゃあもう、俺って『神上家』にマークされているわけ?」
俺は人生の終わりを悟った。
「いえ、大丈夫ですよ! その監視カメラのデータは、あたしが引き抜いて、今ここにありますから!」
神上未咲がポケットからメモリを取り出しながら言った。
何だって!?
「神上未咲さん。それを私にくれないでしょうか?」
だが、これはチャンスだ。
何とかして、神上未咲からそのメモリを貰わなければ……
「断ります!」
笑顔で断られた。
「でも、取引だったら応じますよ?」
神上未咲がメモリをちらつかせながら言ってきた。
「取引?」
「はい! 竜司先輩は監視カメラのデータが欲しいのですよね? それを竜司先輩にあげる代わりに竜司先輩にしてもらいたいことがあるのです」
欲しいです欲しいです。
しかし、いったい何を俺に要求するんだ?
まさか、俺を『神上家』に売り渡すわけじゃ……
「実はですね。あたし、忌み子なんです……」
忌み子?
望まれずに生まれてきた子どものことだけど、どういうことだ?
「『神上家』はご存知の通り、『魔女』を守護する家系です。『神上家』に生まれてきた子どもは『魔女』の守護を先代から受け継ぎ、また新たな子どもを作り、その子どもに『魔女』の守護を継がせます」
神上未咲が説明し始めた。
「でも、『神上家』を継げるのは1人だけなのです。理由は色々あるのですけど、1番の理由は『神上家』の情報が漏れるのを防ぐためです」
「情報?」
「例えば、『神上家』がどんな風に『魔女』の社の警備をしているか、とかです」
「ああ」
「『神上家』に2人目の子どもが生まれた場合、殺される掟があるのですけど、父さんはあたしが殺されないように配慮してくれました」
家によって、問題は違うんだなあと思った。
うちはじいちゃんと母さんの仲が険悪なだけだけど……
でも、今の話だと取引の内容がまるで分からない。
強いて言うなら、神上未咲が神上達雄に恩義を感じているのが分かった程度だ。
「それでも、あたしは忌み子です。兄さんが『魔女』の守護をするために、父さんから色んなことを教わっているのに、あたしには何も教えてくれません。父さんと兄さんに『魔女』のことを訊くと怒られてしまいます。黒服の人たちに訊いても除け者扱いされるだけです」
あー、何となく分かってきたぞ。
「あたしは飯地先輩が『杖』を盗んだ事件を解決して、父さんに認めてもらいたいのです。認めてもらって、『魔女』のこと、『杖』のこと、『神上家』のことをもっと知りたいのです! でも、あたし1人ではどうすることもできません。竜司先輩は、頼りがいがありそうだし、飯地先輩との接点もあります。竜司先輩もこの事件を解決したいとは思いませんか?」
頼りがいがありそうねえ……
確かに、飯地が『杖』を盗んだ理由は知りたいし、結城のことを誰も覚えていないことも謎だ。
それに第一……
「どうです? 私が竜司先輩に監視カメラのデータを渡す代わりに、竜司先輩は私と一緒に『杖』の事件を解決する。これが、取引です!」
神上未咲の手にはまだメモリがある。
あれが俺の手に渡らない限り、俺の身の安全は保障できない。
だいたい、俺が断ればあのメモリの中に入っているデータを神上達雄や神上臨に渡すだろうから、俺の選択肢は1つしかない。
「分かった。その取引に乗るよ」
伊阪竜司。
14歳にして、年下の女性に言う事を聞かされるという屈辱を味わった。