第6話 オブリヴィオン・ロッド
「先輩、何を言っているんですか!?」
俺は神上臨の発言に耳を疑った。
結城のことを知らないだって!?
あんなに結城のことを虐めていたのに……
「結城のことを覚えてないんですか!?」
「覚えていないも何も、そんな人間、この町にいないからねえ」
神上臨は、「こいつ何言っているんだ?」という顔をしている。
「ますます君が怪しくなってきたなあ。本当に『杖』のことを知らないんだろうねえ?」
「知りませんよ。本当に」
飯地が『杖』を持っていたのは見ている。
ただ、それを見た自分がその状況を信じ切れていないし、見間違いかもしれない。
そして第一、友達を売ることはできない。
「へえ……」
神上臨がニヤリと笑って近づいてきた。
まずい……
このままだと、殴られる!!
「いい加減吐いたらどうかな? 本当は知っているんだろう?」
手をボキボキと鳴らしながら、どんどん近づいてくる。
俺は『神上家』の黒服に捕まったままなので、逃げることも抵抗することもできない。
この後、俺はボコボコにされて、嘘を言わされるんだろう。
……嫌だな。
「どうしても吐いてくれないのかあ。じゃあ、しょうがないなあ」
既に神上臨は、俺を殴るのに十分な位置まで来ていた。
もう、駄目か……
「やめてよ、兄さん!!」
不意に女性の声が辺りに響いた。
「ああ? 邪魔すんなよ、未咲」
神上臨が、叫んだ女性に対して、舌打ち混じりに言った。
2人の発言からすると、彼女も『神上家』の人間のようだ。
名前だけは聞いたことがある。
神上 未咲。
神上達雄の娘で、神上臨の妹だ。
確か、中学1年生だったと思う。
「邪魔すんなよって、何をよ! 竜司先輩は『杖』のことを知らないって言っているじゃない!!」
神上未咲はキンキン声を出しながら、神上臨に近づいていく。
「嘘かもしんねえだろ?」
神上臨は神上未咲の気迫に押されて、大人しくなっている。
凄いな……
ていうか、神上臨は素が出ているな。
普段はイケメンらしく、爽やかそうにしているけど、本当は乱暴な言葉遣いなんだな。
「何で、竜司先輩が嘘をつかなきゃいけないわけ!? 今、木丈霞町の人たちは、『魔女』がいなくなって困っているのよ!! 『魔女』に関することで嘘をついて何の得があるわけ!!?」
神上未咲は、グイグイと神上臨を押していっている。
「あ、あーそれはだなあ……」
「何!!?」
「え、えーと……」
神上臨は、しどろもどろになっている。
「どうせ、父さんに『女性を虐めろ』って命令されていた時の癖が抜けてないんでしょ?」
は?
神上達雄が、神上臨に虐めを命令していただって?
「ああ、そうだよ!! 何か文句あっか!!」
神上臨は完全に素を出して、イケメンっぽさは微塵もない。
「大アリよ!! 妹が心配しているのに、よくそんなことが言えるわね!!」
神上未咲のキンキン声が更に大きくなる。
これはいったいいつまで続くんだ?
そう思っていたら、突然強風が吹いてきた。
ビュォォォォォォォォォォォォ!!
「うわっ!」
「くっ!」
「キャッ!」
その場にいた俺たちは、飛ばされないように近くの物に掴まった。
『神上家』の黒服たちも自分が飛ばされないようにするのが精一杯だったらしく、俺への拘束は解かれた。
この風は、飯地が『杖』を持って現れた時と同じ風だ!
「こんなところにいたのか」
俺たちの目の前に、飯地が立っていた。
やはりというべきか、摩訶不思議な色の玉が付いた棒『杖』を持っている。
見間違いじゃなかったのか……
「てめえは飯地久彦! よくも『神上家』の前に姿を現せたな!」
怒っている神上臨に対して、飯地は少し笑っている。
だが、顔は青ざめ目に光はないという飯地の姿では、とても不気味な笑顔だった。
「『神上家』の全員に伝えておいてほしい。捕まえられるものなら捕まえてみろ」
飯地は、いきなり神上臨を挑発した。
その場にいた『神上家』の男たちは、一斉に顔を歪ませた。
「てめえ、『神上家』を舐めるんじゃねえぞ……。お前ら、やっちまえ!!」
神上臨は『神上家』の黒服たちと共に、飯地に殴りかかった。
だが、それよりも早く飯地の手にある『杖』の玉が光り、再び強風が吹く。
ビュォォォォォォォォォォォォ!!
飯地は再び姿を消してしまった。
「チッ。逃げやがった。おい、お前ら! 奴から『杖』を取り戻すぞ!!」
そう言うなり、神上臨は『神上家』の黒服たちを伴って、何処かへと走っていってしまった。