第23話 イン・オーダー・トゥ・ディスターブ・ロッド
しばらくの間、俺は呆然と立ち尽くしていた。
「竜司先輩……」
神上未咲が俺の名前を呼んでいる。
「どうした?」
「さっき竜司先輩は、飯地先輩の邪魔をするって言っていましたけど、どうやって邪魔をするのですか?」
そうだった……
さっきは勢いで言ってしまったが、どうやって止めればいいんだ!?
そもそも、飯地の目的がまだ分かっていないから、次に何処で何をするかも分からないし……
「あー、えーと……どうしよう?」
「それは、こっちの台詞ですよ!!」
これでは、漫才だ。
「とにかく、今の状況を整理しますよ!」
神上未咲がハキハキと宣言した。
俺は何となく空を見上げた。
空が橙色になっている。
もう、夕方か……
「未咲、家まで送るから、帰りながら話そう」
どうして、未咲を家まで送ろうとしたのかと、発言した後に気付いた。
まあ、家に帰るのに多少遠回りになるだけだ……
「はい!」
神上未咲は嬉しそうな顔で返事をした。
「まず、木丈霞町の北の端と東の端で、飯地先輩が事件を起こしたのは間違いないですよね?」
神上未咲が俺に訊いてきた。
「ああ。さっき俺たちの目の前で『杖』を使ってやっていたし、そもそもあんなことができるのは『杖』を持っている奴しかできないと思うし、間違いない」
俺も神上未咲も見たんだから、それは間違いない。
「でも、目的が全然分からないのですよね?」
そこが問題だった。
さっき、飯地に訊いたが「結城のため」としか言われなかった。
飯地の目的が分からないと、飯地が次に何をするのかが全く予想できない。
そもそも、本当に結城のためなのかすら分からない。
いったい、どうしたものか……
「本当に結城のためだとしても、飯地の行動がどう結城のためになるのか全く分からないから、推測することもできないしな……」
「父さんに訊いてみましょうか? 何か知っているみたいでしたよ?」
「いや……。確かに飯地の狙いが分かっているみたいだけど、そう簡単に教えてはくれないだろ?」
それに『神上家』が、信用できないというのもある。
「そうですね……。父さん以外に『魔女』や『杖』に関して詳しい人がいればいいのですが……」
「うーん……少なくとも木丈霞町にはいないな」
というか、そんな人がいたらとっくの昔に『神上家』に捕まっている気がする。
そして、木丈霞町にいないということは、この世界にいないことを意味している。
あれ?
詰んでね?
その後、俺たちは黙ったまま『神上家』の屋敷に着いてしまった。
結局、整理するどころか余計に分からなくなった。
「竜司先輩! ありがとうございます!」
神上未咲は笑顔でお辞儀をした。
「明日もよろしくお願いしますね!」
明日もか……
もう、神上未咲と一緒にいることにだいぶ慣れてしまった。
1日中、神上未咲と一緒にいたのか……
今日は、結城が『魔女』になったことを証明して、『神上家』が嘘をついていることが分かって、飯地が『杖』を使って事件を起こしているところを目撃した。
昨日以上にたくさん動いたせいか、身体がすごく疲れている。
「ああ。何ができるか分からないけど、よろし……」
「よろしく」と言おうとしたところで、俺は『神上家』の屋敷の外壁に奇妙な染みがあることに気付いた。
「未咲、あれは何だ?」
「え?」
俺が訊くと、神上未咲も外壁を見た。
赤味を帯びた黒いものが、外壁にこびりついていた。
「いったい、何なんでしょう?」
神上未咲は、その黒いものに触れてみた。
「ザラザラしていますね……」
俺は神上未咲の隣に立ち、黒いものの匂いを嗅いでみた。
鉄のような臭いがする。
「屋敷の見栄えが悪くなるし、神上達雄に言って取ってもらえばいいんじゃないかな?」
俺は神上未咲に提案した。
途端に神上未咲がハッとする。
「どうした?」
「父さん……置いてきちゃいました……」
その場の空気が凍りついた。
そういえば、飯地に動けなくさせられた後、放置したまんまだった。
「あ、じゃあ……な?」
「で、ではまた明日……」
微妙な空気になるのを避けたかったため、俺も神上未咲も別れることにした。
しばらくして、俺の後ろから『神上家』の黒服が、東の方向へと走っていった。




