第16話 ミディアム・オブ・ロッド
神上未咲の部屋に着くと、神上未咲は布団に倒れて込んでしまった。
余程、疲れていたんだろう。
俺は、持っていた『魔女』の名簿を床に置いた。
「重かった……」
手が痺れてしまった。
「すみません……。本当は、あたしが運ぶべきだったのに……」
神上未咲はまだ徹夜の疲れが残っているのか、普段のハキハキさが嘘のようだ。
「いいって。それより、少し休めよ」
「はい……」
安心したのか、神上未咲は寝息を立てて眠ってしまった。
俺も少し休むか……
「竜司先輩! 起きて下さい!」
神上未咲のハキハキとした声が聞こえてきた。
はっ!!
座ったまま寝ていた……
「ああ、すまん。休めたか?」
俺は目をこすりながら訊いた。
「はい! もう、元気です!」
神上未咲は笑顔で返事をした。
良かった良かった……
倒れた時は本当にどうしようかと思った。
「では、『魔女』の名簿を開けてみましょう!」
神上未咲が『魔女』の名簿を開けようとした。
「それなんだけど、ちょっと待ってもらえるか?」
俺は、『魔女』の名簿を開けようとした神上未咲の手を抑えながら言った。
神上未咲に確認しなければならないことがあるからだ。
俺たち木丈霞町の住民は、『魔女』の名前を知らない。
『魔女』の名簿を開けた後では、その確認ができない。
「キャッ!」
俺と神上未咲の手が重なっていた。
それに気づいた神上未咲は悲鳴を上げて、手を引っ込めた。
「き、気安く触らないでください! あたしたちまだそういう仲じゃ……」
顔を真っ赤にして怒られた。
そんなに嫌か……
流石にへこむ……
「あ、すみません。つい……いったい、どうしたのですか?」
神上未咲が、あたふたしながら俺に謝ったが、俺の心は今のでズタボロだ。
まあ、本題とは無関係だから、気を取り直そう。
「未咲、結城の前の『魔女』の名前って分かるか?」
「そんなの言えますよ。えーと……」
神上未咲は、胸を張って答えようとした。
だが、
「あ、あれ……? 分からない!!」
やっぱりそうか。
「あたしの頭はどうかしてしまったのでしょうか?」
神上未咲が不安そうな顔を俺に向けてきた。
「そんなことはないよ。俺も結城以外の『魔女』の名前は分からない」
俺は自分も『魔女』の名前を知らない事実を打ち明けた。
「え? じゃあ、結城花帆さんが『魔女』になったとして、何で竜司先輩は結城花帆さんの名前を知っているのですか?」
それは俺自身、不思議に思っていることだ。
何で、結城のことを覚えているのか……
「それは分からない。でも、この名簿が俺の記憶が正しいことを証明してくれる」
俺は『魔女』の名簿を開けた。
そういえば、神上未咲はこの本「魔女代替表」の中身は見ていないようだった。
実は紛らわしいタイトルの違う本なのではないかとも思ったが、開けてみないことには何も始まらない。
俺は『魔女』の名簿の後ろ側から開けてみた。
もし、どんどん『魔女』の名前を付け足していっているのなら、一番最後に結城の名前が書かれているはずだからだ。
しばらく、何も書かれていないページが続いた。
パラパラとめくっていくと、しばらくして文字のあるページが出てきた。
そのページには、色んな人の名前と生年月日が書かれていた。
「結城……花帆……」
そして、その中には「結城 花帆」という名前もあった。
生年月日も結城の学生証に書かれているものと同じだ。
「結城花帆さんの名前が書かれている……」
「これで結城が『魔女』になったことの証明になったかな?」
説得力は低いと思う。
でも、このページには色んな人の名前が書かれている。
しかも、書かれているのは全て女性の名前だ。
そして、生年月日は一世代か二世代の差がある。
『魔女』がそうそう何回も交代するなんてことはないと思うし、これが『魔女』の名簿だろう。
「信じますよ! あたしが竜司先輩のために徹夜で探したのですから!」
理由が微妙だが、神上未咲には信じてもらえた。
「でも今度は、何で竜司先輩だけが、結城花帆さんの記憶を持っているのかが分かりませんね」
次なる問題はそれか……
これこそ、どうしたらいいのか全然分からないぞ……
「それに、何であたしたちの記憶から『魔女』になった人の記憶が消えているのでしょうか?」
「うーん……。俺は誰かが木丈霞町の人たちから『魔女』になった人の記憶を消しているんじゃないかと思っている」
「誰かって誰ですか?」
「分からないけど……そんなことができるのは、『杖』を持った『魔女』だけだと思う」
人の記憶を、それも大勢の人の記憶を消すことは、普通じゃできない。
それを可能にする人物は、『魔女』くらいしか思いつかなかった。
「何で『魔女』が自分に関する記憶を消すのですかね?」
ただ、『魔女』がやったならば、記憶を消す理由が全く分からない。
『魔女』は、一生『魔女』の社で暮らすのだから、友達に会いに来てほしいとか思うはずだ。
それなのに、何で記憶を消すんだろう?
「さあな……。それは分からない」
「まあ、いずれ分かりますよ!」
神上未咲が、俺を励ましてくれたようだ。
さっきあんな反応をされたけど、こういうことをしてくれると嬉しい。
勘違いじゃなければいいんだけど……
「さて、『魔女』の名簿を元の場所に戻すか」
俺は『魔女』の名簿を閉じようとした。
その時、結城の名前が書かれているページの端の方に、文字があることに気付いた。
そこには、「予備・・・神上 未咲」と書かれていた。
予備?
いったい、どういう意味だ?




