加速都市~セムルスロング~
人々が賑わう穏やかな街。
人口は60万という大きな街、加速都市と呼ばれるセムルスロング。
その街、加速都市とは、近未来な開発が積極的に行われていて、人々の生活を便利にする機械や、娯楽を提供するシステムが備わる機械の開発など、あらゆるベクトルに力を入れている。
そんな人類の進歩の他にも、加速都市、セムルスロングには、数多の冒険者が暮らしているという事実がある。数々のクエストをこなしてきた勇者たちは、ここで自由気ままに暮らす。低レベルや高レベルに関わらず、普通の一般庶民もいる。
もちろんそんな便利な街で、平和な街だからこそ、低レベルな勇者が生きにくいという事実もある。
理由は、人気な街なだけに、家のない勇者が泊まる際の宿泊代、宿の宿泊料がとても高いからだ。
だからと言って家を建てようとすれば、その高すぎる土地代でまともな家を建てる前にお金が底を尽きるだろう。低レベルな勇者はそのレベルに見合ったクエストをこなしていくために、報酬がそれなりに低いのだ。だから高レベルになるまでは、低レベルな勇者にとって割ときつい街でもある。
そんな、少しだけ厳しい現実も存在するのがセムルスロングだ。
そして今、厳しい現実を持つ街で、ある一人の魔族が街中を輝く期待の籠った瞳できょろきょろ見回し、叫んだ。
「ここが加速都市か!すごい!すげぇぞ!ここで暮らしてたら一生飽きねぇだろうな!」
二人が歩く商店街からも見える、遠くにある大きなビルがアストの瞳を輝かせ、期待を膨らませる。具体的にはそんなビルしか見ていないのだが、そもそもビルを見たのが初めてだったアストにとって、十分な興奮材料と言えるだろう。
「少し騒がしい……気がする」
そんな魔族に言いづらそうに小さく咎める綺麗な勇者の姿をした女性。
言いづらいのは、せっかく来てくれたのに、機嫌を損ねさせてしまうのが怖いからだろう。
「……」
顔には全く出さないが、羞恥な気持ちできょろきょろと恥ずかしそうに周りを確認し、小さくため息をつく。そんな気も知らぬまま、魔族であるアストは興奮し、周囲の視線を集めていた。
「何なのあの子、大丈夫かしら」「なんか残念」「変な人ね」
周囲からアストに関する様々な感想が小さく聞こえるが、気にすることなく、輝く瞳で街を見回す。
「はぁ~……やっぱ来てよかったな~」
感嘆の声を漏らし、満足そうな笑顔を浮かべるアスト。
そう、アストは勇者のパーティーに入るために、この街へ来たのである。
最初は面倒くさいとやんわりと拒む一方だったが、アストが憧れていたセムルスロングという街の名を勇者の口から聞いた途端、アストは勇者と手を組んだのだ。
「久々にガキの頃に戻った気分だ……」
冷静さを取り戻し、腕を組んで一言そうこぼした。
「喜んでくれたなら私も嬉しい」
そんな言葉に見合わない真顔で勇者は唇を動かした。
(でも後々になって後悔するパターンかな……これは……)
冷静になったアストは冷たい汗を背中に流し、心の中で不安を呟いた。
でも、やはり魔族の村からいきなりこんな人気のある街に住むことに決まった以上、喜ぶことは仕方ないだろう。
いつものテンションに戻ったアストは、商店街から遠くにあるおしゃれな中世ヨーロッパ風と呼ばれる作りの建物や住宅街を見ながら歩いて、言った。
「アイルさんよ。俺たちって今どこに向かってるんだ?」
アストが今口にした『アイル』という名前は、彼の隣に歩く女の勇者のことである。
アイル・ティリア。レベル6の勇者である。そしてこのレベルというのは最高で10まであり、これが強さの基準になっている。レベルというのは勇者に生まれつき備わる潜在能力が基礎になっており、経験を積んでレベルが上がると、勇者の素肌に腕時計のように装備された小さな端末に表示されるステータスが、レベルと同時に上昇するのだ。
アストが質問を投げかけてから一秒後。
「ギルド」
「ああ……そうか」
アイルは一言単調にそう言い放って再び口を閉じる。
「アイルさんは何か怒っていらっしゃるんですか?」
「いいえ。違うの。これが私の性格だから」
「ほーん。そうなのか」
確かに怒っているような口調ではなく、ダンジョンで話した時と同様のフラットな口振りだった。それでも、何かと気まずさを感じずにはいられない。無言のままはさすがにつらいものと言える。
「………………」
「………………」
二人の空間を支配する沈黙がとても痛い。
周りは賑やかな声で溢れているというのに、アスト自身とアイルの空間だけとても冷めている。
(ちょっと気まずすぎませんかねこれ――――――――!)
心の中で盛大に叫んだアストは、もう一度声をかけよう――――としたところで。
不意にアイルの方から声がかかった。
「ねぇ……ちょっと聞いてもいい?」
こちらの方を見ずに、前を向いたまま、少し不安そうにそう言った。
もちろん、と、アストが頷くと、途端にこちらを見て。
「あなたがしてることって、魔王軍への裏切り行為だったりするの?」
「いや。全然そんなことはねぇよ。だって、ただのバイトだったしさ」
「じゃああなたが私のせいで命を狙われることはないのね?」
少し申し訳なさそうに瞳を見て言い放つ。
そんな言葉に、アストは愛想よく返した。
「ああ。そこらへんは心配すんなよ」
「そう。ならよかった」
事実、命を狙われることはない。
そんなことをしている暇があるなら、さっさと世界の侵略の方を進めるだろう。
もしかしたら同僚から恨まれることがあるかもしれないが、命を奪い取られるほどアストは弱くない。じゃなきゃ、アイルにスカウトされることはなかったのだから。
「……あ、ありがとう。来てくれて」
恥ずかしいというような気持ちが乗った声色で、不意にアイルは感謝の言葉を口にした。
「別にいいよ。俺だってこの街に来てみたかったしさ。ほら、この時点で誰も不幸じゃないだろ」
「……そうね」
◆
開けると同時に、鼻をつくアルコールの匂いがふわっと顔にかかった。
そこは加速都市、セムルスロングにある冒険者ギルドだ。
広さはそこそこあり、およそ百人程度は入れるほどの大きさだった。
中を詳しく見ると、手前に食事をとるテーブルがあるのが分かり、奥の方にはクエストを受けるカウンターがあった。でもやはり一番に目につくのは、昼間から酒を飲む冒険者たちだ。クエストに失敗してのやけ酒か、それともお金に余裕がある高レベルの冒険者かのどちらかである。
(うわ。なんかすげぇな)
そう思わずにはいられないほどアストにとっては新鮮な空間だった。
そしてきょろきょろと周りを見渡す。
この中にいるやつらは全員冒険者なんだろうな、と、中を観察して、見える服装からそう判断した。見ない顔だからか、周囲からアストに多くの視線が向けられる。
アストは少し気まずそうに腰を低くして、クエストの受注が出来るカウンターへと向かっていった。
「なぁアイル。俺この先どうすればいいかわかんねぇから、任せていいか?」
「うん。わかった」
アイルは静かに頷いてから、カウンターでクエストを受けるために並んでいる冒険者たちの後ろについた。
するとアイルは、アストに向け猫のように手を丸め、その手でくいっとこちらにくるようジェスチャーをしてから、唇を動かした。
「一応、あなたも来て」
「ん?……おう」
断る理由もなく、アストは頷いた。
「なんだなんだ?俺も必要なのか?ていうか、今から何するんだ?もしかしていきなりクエスト受けんのか?」
少々戸惑い気味にそう言った。
そんな言葉に、アイルは相変わらずな無表情で言葉を返した。
「その……クエストの受注ではなくて、ギルドでクエストを受けるためのカードを作るの」
ギルドカード。
それがなくては、ギルドでクエストを受けることが出来ないのだ。
そんな趣旨の説明をアストは受けると、なるほどね、と、頷いた。
「今日はどのようなクエストをお探しでしょうか?」
順番が回ってくると、綺麗なお姉さんが温かい笑顔でそんな言葉を口にした。
服装は全体的に黄色で、頭には服に合わせた黄色のベレー帽が乗っかっていた。
他の受付のお姉さんを見ても、そのような服装で統一されている。
恐らくちゃんと決まった制服なのだろう。
「あの。私の隣にいる冒険者のクエストカードを作りたいのですが……」
アイルはちゃんと敬語を使って申した。
「ギルドカードですね。分かりました。では、隣の方のお名前を教えていただきます」
「うーん。名前を言えばいいんだよな?」
「はい」
「ええと。アスト・フィローゼだ」
「アスト・フィローゼさんですね。では、少々お待ちください」
お姉さんはそう言うと、カウンターの奥へと向かって行った。
その後アストはもう一度、眼前に広がる景色を見渡した。
結構若い奴の方が多いんだな。
ぼーっと眺めてそう気づいた。
もちろん酒におぼれる様を見せるおっさんやおばさんもいるが。
そして男女の比率では、6対5ぐらいだろうか。
男の人数には劣るが、意外と女の冒険者も多い。
テーブルでは、みんな思い思いそれぞれのグループでわかれて食事をしていた。
恐らく、共に冒険で戦うパーティーで食事を楽しんでいるのだろう。
(パーティー……か…………ん?)
そこで、ふと気づいた。
アストはふっと、食事を楽しんでいる冒険者からアイルの方へと視線を移す。
(そういえば、アイルのパーティーの仲間の話とか聞いてねぇな)
今更ながらにアストはそんなことに気づいた。
ダンジョンで出会った際も彼女一人だけだったことに、何か事情でもあるんだろうか。
疑問を解こうと、アイルに声をかけようとしたところで――――
「にひひ。あすと・ふぃろーぜ。おまえのかーどはこれや!」
そう言って、温かい笑顔のまま戻ってきて、一枚のカードを手渡してきた――――
「はいどうもー…………って幼女!?」
真ん中にアスト・フィローゼと記された出来立てほやほやのギルドカードを受け取ると、渡してきた受付の女性を見て驚きの声を上げた。
いや、女性と言うか幼女だ。そしてその幼女の顔に浮かぶのは温かい笑顔ではなく、無邪気な笑顔だった。
「だれがようじょや!わたしはれっきとしたおとなやっ!」
その姿は、お姉さんと同じ黄色いデザインの子供用の制服を着ていて、なんだかコスプレのようだった。そしてこの子もやはり頭の上にちょこんとベレー帽を乗せていて、そのベレー帽からのぞく金髪が、幼女らしからぬ麗しさを醸し出していた。
「知り合いなの?」
そんなことを、小首を傾げてアイルが尋ねてきた。
「いやいやいや……俺もこの可愛らしい幼女は知らないから……」
「だからようじょちゃう!おとなっていってるやろぉ!」
「喋り方独特すぎますね!」
思わずツッコまずにはいられなかったアストは、声を張り上げた。
すると幼女は突如びくりと震えた。
声を張り上げすぎたのだろうか。
「あー。ごめんな。いきなり大きな声はびっくりするよな」
「ひっく……ひっく……うぇ……」
震えだしたのかと思ったら、今度は可愛らしい声を出して泣き出してしまった。
慌てたアストは必死に泣き止まそうと試みる。
「ご、ごめんな!別に泣かすつもりはなかったんだよ!」
「うぇ……うぅ……」
「泣かすのは……よくない……?」
アイルは泣きじゃくる幼女を見て呟くようにそう言った。
疑問形であることから、アイルも何故突然幼女が泣き出したのか、理由を把握してないのだろう。
しかしアストは勢いのまま言葉を発する。
「いやだから泣かすつもりはなかったんだって!」
アストは焦っていた。このままではこのギルド内で、幼女泣かせのアストマンというレッテルを貼られかねないからと思ったからだ。
(ああもうああもう何なんだよ――――――――!)
周りからは嫌な視線が向けられる。そんな状況に気持ちは焦る一方。
アイルを見ると、視線を受けていることが恥ずかしいようで目線を地面へとちらちら送っていた。恥ずかしいのは俺なんだよ!、と、叫びたかったが、アストはグッとこらえ、再度泣き止ますのを試みることにした。
「だからごめんって!な!なんかおごってやるから!」
「ほんと!?」
「てめぇ泣いてねぇじゃねぇかああああああああああああああああああああ!」
「またおこしください」
困り顔の受付のお姉さんのそんな言葉を背後に受け、アストとアイルは空いている食事をするスペースのテーブルの席に座った。
四人掛けのテーブルで、向かい合う形で。
二人で座っているのかと思ったら、隣に幼女が座っていた。
(怖い……)
「にひひ!さっきはよく騙されてくれた!にひひ!」
嬉しそうに無邪気な笑顔でそんな言葉を放った。
「でもやくそくはやくそくや!わたしにおごりはきまりなんやっ!」
本当に嬉しそうに可愛らしい顔で、可愛らしい声を弾ませて体全体で喜んでいた。
アストは渋々といった感じで力なく頷き、ため息を吐いた。
(加速都市にはこんな幼女がいるのかよ……)
「それにしてもあすと。みないかおなんや」
すでに呼び捨てにされてるがアストは気にしない。それぐらいは可愛いものだ。
「まぁ俺は新人冒険者だからなー。俺の前に座ってる勇者の手伝いのために俺はここに来たんだ」
「ふーん。おもしろそうやな」
適当感否めない返答にアストは苦笑いを浮かべた。
「聞いてもいい?」
「なにをやぁ?」
黙って二人の話を聞いていたアイルが、言葉を挟んだ。
「あなたは、誰なの?」
その言葉に幼女は嬉しそうにはにかんで。
「ふっふーん。わたしのなまえはふぃの・りゃーなや!」
「フィノ・リャーナさんちーっす」
「ふぃのでええんやで」
「じゃあフィノよ。なぜ今ここにいる。ここはギルドなんだぞぉ?」
ギルド内に幼女がいることを不思議に思ったアストは尋ねた。
するとフィノはギルドのカウンターの方に指を指して。
「あそこにいるわたしのおねぇちゃんのてつだいをやってるんや」
受付嬢の三人の中で、フィノは金髪の綺麗な女性を見て得意げに言った。
その女性は、先ほど最初に尋ねた受付嬢でもあった。
アストたち三人の視線に気づいたのか、フィノのお姉さんがこちらに向け先ほどと同様の、温かくて優しい笑顔を向けてきた。
「手伝いねぇ……」
先ほどのことで困り顔を浮かべていたフィノのお姉さんの顔を思い浮かべながら、呟いた。
「あ!そうや!あすとぉ!しんじんなんやろぉ!」
何を思いついたのか、何だか嬉しそうにはしゃぎだすフィノ。
「あー。新人冒険者ですよ?」
「じゃあわたしがおねぇちゃんのてつだいとして、いろんなことおしえてやってもええんやで?」
「いや、結構ですよお嬢さん?特に今は困ったことはないしな」
確かに冒険者としては新人だが、アストは魔族だ。モンスターに関しては疎くはない。
が、フィノは聞かない様子で。
「おしえてやってもええんやで?」
「いやだからいいって。特に今はそんな状況でも――――」
「おしえてやってもええんやで?」
どうしても教えたそうな瞳を向けられ、アストは小さく息を吐くと。
「あーもうはいはい分かったよ分かりましたよ。教えてくださいフィノさん」
するとフィノは上機嫌な笑顔で、目を細めて本当に嬉しそうに――――
「いやなんや」
「うぜぇな!」
そんなアストのツッコみにフィノは先ほどの様に泣き出すこともなく、小首を傾げると、その小さな口で言った。
「じょうだんもわからんのか?」
アストはその言葉に「知ってた知ってた」と言い、力なく何度も何度も頷いた。
フィノは不思議そうにそんな様子のアストを見つめると、再び無邪気な笑顔に戻り、彼の肩をとんとんと幼女らしく柔らかく叩いて――――
「にひひ!きにしないことがいちばんやっ」
「お前のせいだよ!」
少々疲れ気味にツッコむと、フィノは満足した様子で、一つの息を吐きだす。
そして気合を込めた言葉を、フィノは小さな口を動かし発した。
「わたしにききたいことなんでもきくんや!」
頼ってくれと言わんばかりの自信満々な顔で、その小さな胸にぽんと手を添える。
「聞きたいことって言ってもなぁ……」
少々悩んだアストは、「あ!」と何かを思いついたように、にんまりと笑う。
「なんや?」
「じゃあさ、この街のこと詳しく教えてくれよ」
「まちのことやとぉ?」
聞いた理由はもちろんアスト個人の理由だ。
元ニートであったアストは、時々噂で聞くこの街のハイテク機械に興味があった。
いつも時代を積極的に進化させようとあらゆるベクトルに力を入れるこの加速都市。
そんな街で作られたと噂されるある一つの機械。
それについても後程聞くつもりで、アストは期待の籠った瞳をフィノに向けていた。
「この街のことなら、私でも教えられるの……に」
と、正面からいつも通りの抑揚のない口調のアイルの声が届いた。
それはちょっぴり残念そうな気持ちも籠った言葉でもあり、アストは少々戸惑うが。
「いやなんや!わたしがおしえるんやぞぉ!」
「と、いうことなんで……アイルさん?アイルにはまたの機会にでも……」
「……そうね」
(なんかごめんなさ――――い!)
「じゃあこのまちのどういうことがしりたいかいってみるんや」
「その……この街で作られる機械って、どこで買えるんだ?」
機械を使うにはもちろんだがまず買わなくてはならない。
そして買うためにはその場所を把握してなければならない。
暇の際に行くつもりで、アストはそんなことを聞いた。
「それならこのまちのちゅうしんぶにある、でんきやさんにあるんや」
「でんきや?」と、アストは首を傾げる。
アストは魔族であったために、そもそも電気屋という概念すら知らなかったのだ。
「でんきやもしらんのかぁ。いったいどんないなかからきたんや」
少々呆れ気味の幼女、フィノが小さく息を吐き出す。
「まぁとりあえず、この街の中心部に行けば、そのでんきやってのがあるんだろ?」
「にひひ。そういうことやっ」
誰かに物事を教えられたことが嬉しいようで、機嫌よくそう答えるフィノ。
「じゃあもう一つの質問だ。いいか?」
「ええんやで」
するとアストは説明しずらそうに、語りだす。
「その……箱の中の人間を操作?する機械があるって聞いてよ。でもそれって、噂とかじゃなくて本当にあんのか?」
期待を込めた瞳でフィノを見つめる。
自分の体を動かさずに、指と機械だけで人間を操作するということに興味があったアスト。
特段いやらしいことを企んでいるわけではない。アストはただ面倒くさがりな質なだけなのだ。アストは、箱の中の人間に、自身が思う面倒くさいことを頼もうと思っているだけだ。
「うーん……」
その理解しがたい言葉にフィノは首を傾げる。
「……」
少々沈黙が流れたところで、フィノは理解したように顔を上げた。
「わかったぞぉ!それはきっとげーむのことや!」
「……げーむ?」
またも不可解な単語の出現により、頭に『?』を浮かべるアスト。
しかし、噂が本当だったということを理解すると、途端に聞きたいことがアストの頭に湧いた。
「それってよぉ。どれくらいで買えるんだ?」
「にひひ。1000000Pくらいときいたことがあるで」
「……」
1000000Pとは、魔王軍でのバイトを十か月続けなければ手に入らないほどの金額だ。
思わぬ金額に心臓が飛び出そうになるが、そんな便利な機械なのだから、それくらいはするだろうとアストは渋々納得する。
しかし、これだけは声に出して言いたい……。と、アストは小さく口を開いた。
「めちゃくちゃ高いな……」
アストは盛大に落ち込むと、大きく息を吐き、そのゲームを手にすることを諦めた。
(ブルーだ……)
そんな気も知らず、フィノは機嫌がよさそうに「ふんふふーん♪」と鼻歌を歌いながら、テーブルの隅に置いてあったメニュー表を手に取った。
ここは食事が出来る場所故に、食事も提供してくれるのだ。
「さっきいったことおぼえてるやろぉ?」
「はいはい覚えてますよ?だけどあまり高いのはNGだからな?俺だって金持ちじゃないんだからさ」
「にひひ。わかってるちゅーに。わたしはかげんができるおとなやぞぉ?」
「へーすごいすごーい」
可愛がるように、そして少しばかり煽るように、バカにしてるのか可愛がっているのかよくわからない曖昧な口調でアストは言った。
「お金はあるの?」
小首を傾げ、相変わらずな無表情でアイルは聞いてくる。
「ああ。俺の全財産はこの財布の中に全部入ってる。アストさんはいつも全財産を持ち歩いてるからな」
「もし失くしたら、どうするつもりなの?」
「大丈夫だって。きっと失くさねぇよ。…………多分」
そんなアストの言葉に、アイルは少し複雑そうな表情で言った。
「そう。なら……いいけど」
「ぷはぁー。おいしかったんやぁー!」
お腹をぷくぷくに膨らませたフィノが、口元に少々の食べかすを付けて満足そうに目を細めて微笑んだ。
フィノが食べた料理は、モフォルという冒険者なら誰でも狩れる初級モンスターの肉を使った料理だ。切り取った肉をひき肉へと変え、それを丸めて焼き上げて作り上げる、モフォルバーグという人気のメニューだ。
初級モンスターの肉ということから、その料理はとても安い方で、低レベルな冒険者はこれを毎日食べている。そして、この世界での勇者と冒険者という単語の意味には違いはない。呼び方はどちらでもいいのだ。
「……………………………………………………」
そして先ほどから無言でフィノと同じ料理をもぐもぐと食べているアイルの顔は相変わらずな無表情だ。
「……………………………………………………」
そんな無表情だからこそ、口元にソースが付いている光景がとても滑稽だ。
「ーっ!ぶふっ!ん……ーっ!」
アストはその光景を見て、先ほどから笑いをこらえるのに必死であった。
「どうしたの?」
様子のおかしいアストに向け首を傾げると、そんな言葉を口にする。
アイルは恐らく気づいてないのだろう。
腹が壊れそう……と、アストは心の中で呟く。
これはどうしようか……言ってあげた方が良いのか?
そんな迷いが心に降りかかる。
冷静沈着でクールなアイルに、「口元にソースついてるぞー」なんて言えるだろうか。
と、迷っているところで、フィノがアイルの顔を指さし笑った。
「あはははは!なんちゅーかおや!くちに!くちにそーすがついとるぞぉ!ぶふぉ!ぶふぇ!ぶふぉふぉ!」
「笑い方も面白れぇなぁ!」
またもやアストはおかしなフィノにツッコんでしまったが、フィノは依然ソースを口に付けたまま無表情でモフォルバーグを食べるアイルに夢中で、そんなことには気づく様子も見せなかった。
「リャーナ。あなたの口にも食べかすが付いているのに……私だけ笑われるのはおかしい……」
「ふぃのでええんやで――――って、え?わたしのくちにもついとるのか?」
少しばかり顔を赤くしたアイルが、フィノに指摘する。
途端、フィノは笑うのをやめ、口元をごしごしと拭きだした。
そしてまたにぱぁと笑みを浮かべると。
「あはははは!なんちゅーかおや!くちに!くちにそーすがついとるぞぉ!ぶふぉ!ぶふぇ!ぶふぉふぉぶふぉふぉふぉふぉ!」
「笑い方進化してんぞすげぇな!ていうか今口拭いたばっかだろーが!」
「ぶふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉ!」
「うるせぇなぁ!」
無邪気なフィノに全力でツッコむアストの体力は、徐々にだが、確実に減っていった。
読んでくれてありがとうございます。はい。