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6.竜と娘の日常:自家製鍋敷き

 最後の生贄の一行とやりとりしたとき、娘はすでに十六歳になって半年過ぎていた。

 娘は、度々麓に下りては山の恵みや村々の名産品を商い、また生活に必要なものを買い入れていた。生贄が来なくなってからは、今まで以上にそちらに集中できるようになったと、妙に気合いを入れているようだ。



 全体的にくすんだ紅の山の前で、娘は思案している。


「どうした、私の鱗など集めて」


 竜は後ろから声をかけた。

 娘が前にしているのは、竜から剥がれ落ちた鱗の山だ。生えていた場所によって大小様々。顎下の逆鱗など例外はあるが、大体は、新しいものほど色鮮やかで熱を持つ。


「これだけあるなら、何かに使えないかなーと思いまして」


 娘は顔だけこちらに向ける。手には娘の顔くらいの大きさで、暗褐色の鱗を一枚持っている。

 古いとはいえ、人間が素手で持てる温度ではない。紅き竜の加護がある逆鱗の首飾り(未だにどうやって作ったかは聞き出せていない)を身につけているからこそできる芸当だ。


「そのままにしておけばいいだろう。竜の鱗とはいえ、放っておけば大体朽ちて地に還る。下手に火口に投げれば火柱が上がるがな」

「眠っている火山を起こす意味はないですね」

「私の力にはなるが、今の状態でも十分な熱量だからな」

「それで食事がさほど必要ないわけですか」


 火竜である紅き竜は、火山にいれば、たとえそれが休火山だとしても地熱を力にできる。そのため、頻繁な食事を必要としない。腹八分目まで魔獣を喰らったのは、娘が生まれるよりも前のことだ。


「この黒い鱗は……あ、砕けますね」

「ほとんど魔力も熱もないからな。人間の手でも砕けることもある。だが油断するなよ、枯れ草に放り込めば火種くらいにはなるぞ」

「扱いが難しいのですね」


 パキパキと、古い鱗を砕きながら娘は呟いた。




「お前は思いついたことをすぐに試したがるのだな」


 竜は、呆れとも感心ともつかない感想を、小さなため息とともに口にした。

 娘は、先ほど砕いた古い鱗を金属製の桶に入れたものと、水の入った桶を傍らに置き、枯れ草と枯れ枝を積み上げて小さな山を作っていた。

 あるていど空気が入るようにやんわりと積み上げると、桶から鱗の破片をひと掴み取り、それに振りかける。

 少し待つと、小山から白い煙が立ち上り、小さな種火が生まれた。娘が木筒で息を吹き込むと、枯れ草と枝の小山はたちまち燃え上がる。


「うん、簡単です」


 満足げに頷いて、桶の水をかける。

 しかし、


「あ、これは失敗かもしれません」


 娘は金属製の桶を持って川の方向へ消える。ほどなくして、水入りの桶と火ばさみを持って戻ってきた。

 鱗の破片を火ばさみでひとつひとつつまみ、桶の水に落として回収する。


「後始末に気をつける必要がありますね。ちなみに、この状態の鱗が熱を持たないようになるには、どれくらいかかりますか?」

「あまり気にしたことがないな」

「なるほど。ちょっと検証してみましょう」


 娘は破片を落とした水に手を入れたりしながら、何か色々思いついたようだった。




「……さすがにそれはどうかと思うぞ」


 竜は瞼を閉じて、ため息とともにそう言った。

 目の前では、娘が太い紐を編んで縁を囲った暗褐色の鱗を地面に置き、その上に水の入った鍋を乗せていた。水は三十数える頃には鍋底に泡が出て、さらに十五数えると沸騰した。


「でも便利ですよ」


 悪びれもせず、娘はにこにこと笑顔を浮かべている。


「この紐は、断熱効果がある燃えない素材でできているそうです。麓で売っていました。これがあることで、直接熱に当てられないものも温めることができますし、もう少し工夫すれば保温にも使えます。後は持ち運ぶ時に耐熱手袋などがあれば火傷もしません」

「鱗の首飾りをしているお前は火傷せんだろう?」

「普通の人が使う時にですよ。試しにひとつ作って下りてみたんですけど、結構いい値がつきました。喜んでもらえましたし」

「売ったのか!?」

「使えるものはなんでも使います」


 娘は両手を腰に当てて胸を張った。


「素材は明かしていません。わずかながら残っている、紅き竜の加護のことも。時間が経てば熱も加護もとれて、普通の鍋敷きになりますよ」

「……」


 永きに渡り、生きとし生けるものに恐れられている紅き竜。朽ちる前のものとはいえ、自身の鱗が、よりによって人間に鍋敷きにされるとは。

 去来する思いを言葉で表現する気も起きず、竜はただただ、目を閉じてゆっくりと頭を左右に振る。

 娘は発生した強めの風を全身に受けながらも、両足を肩幅に開いて踏みとどまり、余裕さえ感じさせる笑みを浮かべていた。


「ちなみに破片の火種も感触はよかったです」

「あれもか」

「陶器の小さな壺に入れて浴槽に沈めると、何時間かお湯を保温しておけるそうで」


 そういう使い方もあるとは盲点でした。と悔しがる娘を、竜はなんとも言えないぬるい視線で見やった。



 後日。

 竜は、再利用された鱗の鍋敷きが「火も使わず湯が沸かせる便利な道具」として評判を呼び、鱗の破片とともにそれなりに重宝されているという話を、嬉しそうな娘から聞かされた。

 素材が明かされなければ山の頂が騒がしくなることもないだろうが、竜は何日間か不貞寝をして過ごしたのだった。

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