4.竜と娘の日常:竜の逆鱗
以前活動報告に投稿したおまけのお話。短いです。
とすり。
重くもないが、軽くもない。そんな音を立てて、それは上空から娘の視界の端に落ちてきた。
落下地点まで十数歩。歩いて落ちたものをたしかめると、娘の手のひらより一回りほど小さな、紅のかけらが地面に刺さっていた。
紅玉のように半透明に輝くそれを拾い上げて陽にかざして見ていると、すぐ側にいる竜が娘の様子に気づいた。
「それは私の鱗だな」
「そうなんですか、きれいですね。よく落ちるのですか?」
娘は竜の大きな顔を見上げる。
竜の巨体を前にすると、この鱗はいささか小さすぎるように思えた。
そんな娘の考えを読んだのか、
「時々生え代わる。それは顎の下の鱗だな」
「逆鱗ですね」
手の上の逆鱗を見やる。竜から剥がれたばかりだからだろうか、ほのかに温かい。
「持っているといい。それは紅き竜の私の加護があるゆえ、熱や炎にいくらか耐性がつく。例えば、私に触れても火傷せぬ」
「それはだいぶ貴重なものですね。便利そうですし、ありがたく頂きます」
娘は竜に笑顔を向けた。
二日後。
「見てください! うまくできました!」
「なんだ、随分と賑やかだな……ん?」
娘が精一杯両腕を伸ばし、掲げてみせているのは首飾りだった。
竜が顔を近づけてよくよく見てみると、穴を空けた逆鱗に細い革紐を編んだものを通し、両隣に、このあたりで採れる珠を丸く加工したものが編み込まれている。
竜から見ても、なかなか洒落た一品だった。
「私が作ったんです! これならいつも身につけていられます!」
珍しくはしゃぎながら、娘はそれを首にかけてみせた。
竜はひと呼吸置いたあと、
「なるほど、よくできている。お前の巫女装束にも合うだろう」
「ですよね! 今度首飾りに合わせた巫女装束も作ってみようと思っているんです!」
「そうか。ところでな、娘よ」
「はい?」
「竜の鱗というのはたいそう硬い。今まで私が人間から傷ひとつ負ったことがないのは、お前もよく知っているだろう」
「それはもちろん」
娘は上機嫌だが、竜の言わんとしていることはわかりかねているようだった。頭上に疑問符が見えそうだ。
「娘よ。お前、どうやって私の鱗に穴を空けた」
ぱちりぱちりと、娘は瞬きをする。そしてそのままゆっくりと小首を傾げ、
「……何となく、こう、普通、に?」
「……」
竜が何度問い詰めても、娘は口を割らなかったという。
余談として。
娘が竜の鱗に穴を空けた方法は、後の世に「竜殺し」と呼ばれるようになる技術群のひとつだと判明するが、それはまた別の話。