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紅き竜と変わり者娘 〜ふたりが出会ってからのこと〜  作者: いろは紅葉
番外と旅の章:娘たちはかく語りき
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10.叔父の結婚(後編・上) ~一夜明けて~

 老年重剣士シュルツは、灰色のひげを撫でながら呆れを吐き出した。


「呆けるのもいい加減にせんか。らしくもない」

「んー?」


 腑抜けた声を返すのはクラノ。魔法の一切が効かないという特異体質(同行した当初は“効きにくい”程度だったが、いつの間にか“まったく効かない”状態が常になっていた)と、常識外れな身体能力でもって剣を振るう大男だ。

 先の魔王討伐戦においても、シュルツとともに前線でその異常な力を思い切り発揮した(最後は突如現れた黒い竜に魔王を討ち取られたが)。


 そんな男が、たった一夜の出来事でこうなるとは。

 シュルツはまた短く息を吐く。


 褐色肌と、白に近い金髪の少女ラニ。

 魔王討伐の際も共に行動していた少女の正体は、“刈り姫”の異名を持つ仕置人。

 かつ、ここ砂漠の国の王女である。

 危機回避能力と情報収集に長けてはいるが、どちらかというと臆病な彼女にそんな顔があるとは驚きだったが。

 もっとも、皆を驚かせたのは昨晩の一件だ。



『クラノさん。私と結婚してください!』



 ラニがクラノを好いているのは一目瞭然ではあった。クラノも、それに気づいていたかというのは別として、ラニには(少し行動が荒くはあったが)好意的だった。

 しかし、まさかラニの方から求婚するとは。それも、皆の前で。

 あの場の混乱と言ったらなかった。クラノの連れの竜が、驚くあまり擬態を解きかけるほどだったのだ。


 それがどういう風に伝わったか、王宮から文が届いたのが一晩明けて今朝のこと。

 文にはただ簡潔に、



『例の返答如何(いかん)にかかわらず、王宮にて国王ララマと剣を交えられたし』



 国王ララマと王妃ノエナニの署名と、明後日の日付が指定されていた。

 要約するほどのことでもないが、砂漠の国王とクラノとで試合をせよということだ。

 無言で見入る仲間たちの前でラニが署名を書き加え、クラノにそれを渡す。

 そしてラニは、夜からずっと側を離れなかった側仕えの少女とともに王宮へ帰っていった。



「クラノさん、一騎打ちはとりあえず置いといて。ラニのあれ、ほんとに受けるの?」


 椅子の背もたれに顎を乗せ、行儀悪く座っている少年剣士スカイが口を開く。

 一騎打ちと言うと語弊がある気がするが、訂正する者はいない。


「いくらクラノさんが強くったってさ、正直ラニはおっかねーよ俺」


 そしてぶるりと震え、両手で自身の肩を抱く。

 部屋にいる男衆(ヒスイという少年は、クラノの連れの竜が別室で面倒を見ている)は、皆一様に何とも言えない表情を浮かべる。

 ちなみに、女エルフのイルニス(相変わらずヴァンにべったりなため、ヴァンとともにこの部屋にはいない)を除く女性陣は、クラノの弟子だという巫女とともにどこかへ出ているため不在だ。


「だってさー、ケンカとかしたとしてさ。寝込み襲われないとも限らないじゃん」


 自分で言っておきながら、何かを想像したらしくスカイは顔を青くする。


 “刈り姫”ラニ。

 男を生まれながらに男たらしめるものを喪わせることで罰とした、恐ろしい手段を使う修羅。

 一生を添い遂げる相手としてはどうなのだ。

 そう言いたいのかもしれない。


「あー、それな。大丈夫だろ」


 しかしクラノは視線を向けることもせず、軽く返す。


「今までだって何度か喧嘩はあったし、アイツがその気になれば、まあ機会はあった。でもこの通り、俺は無事だろ?」


 だいじょーぶだいじょーぶと、クラノは気もそぞろな様子で手をぱたぱた振った。

 スカイは何か言いたげだが、言葉が見つからないのか理解しがたいといった顔で見ている。


「遠慮がなくなる分、身内になってからの方が危険が増すと言いたいんだろ、スカイは」


 吟遊詩人のバーニスが言葉を継いでやると、「そう、そんな感じ!」とスカイが我が意を得たりと首肯する。


「それにしても、あっさり認めたものだね」

「あ、何を?」

「否定しないってことは、ラニの想いを受け止めるってことだろ?」


 バーニスの言葉に、クラノは呆けているのとはまた違った間抜け面をさらした。



 ◇ ◆ ◇



 砂漠の国の王宮は基本、石造りだ。ひとつひとつが滑らかに加工された石を組み合わせてできた白亜の王宮は、優美ながらしっかりとした威厳を感じさせる。

 その一室。王女用にとあてがわれている広い部屋の広い露台バルコニーで、ラニは頭を抱えていた。


「後悔先に立たず後悔先に立たず後悔先に立たず……」


 手すりに肘を預け、ひたすらそればかりを呟いている。

 思い出すのは、昨夜の大勝負と署名をした朝のことばかり。

 自国じぶん王都にわで獲物を相手にした後で、興奮していたとはいえ。まったく、なんてことを、と。


「いつまでそうしているつもりですか」


 部屋の中からラニに声をかける者があった。

 苦笑が聞こえてきそうなそれは、慣れ親しんだ側仕えの少女のものではない。

 この状況を招いた元凶の一人。その身に紅い鱗を持つ巫女だ。


 国王と王妃である両親に帰還を告げた後、いつの間にかついてきていた巫女たち(ラニは気配に敏感な方だと自負しているが、この面々は油断ならない)を、ともに旅した仲間として紹介したのだ。

 そして現在、女エルフのイルニスを除いた女衆が、ラニの部屋でめいめいくつろいでいる。


「そうそう。やっちゃったもんは仕方ないでしょ」


 この場の中では巫女に次ぐ年長者、魔導士ミストは大きなとんがり帽子を手でくるくると回している。それをぽんと放ると、治癒術士キララがふわりと受け止めた。


「王女様から直々にプロポーズされて、王様王妃様からの勅令で決闘申し込まれてるもんねー。いくらクラノさんでも逃げられないよー」


 のんびりと、キララにしては長い台詞を口にして、とんがり帽子をミストの頭に乗せる。


「決闘って……。命のやり取りまではしないよ、お父様は」

「でも強いんでしょ? 国王様」

「うん」


 ラニは即答する。

 砂漠の国王といえば、代々剣に槍に弓などの「武」、そうでなければ魔法や兵法などの「知」など、何かしらに秀でていることで有名だ。

 ラニの父、今代のララマ国王も例に漏れない。

 市井に「どんななまくらでも、ララマ王が振るえばそれは王者の剣となる」などという、意味のよくわからない話がまことしやかに流れているほどだ。

 違うところがあるとすれば、本物のなまくらの場合、父王の力に耐えきれずにすぐに折れるというところか。

 ともかく、ラニの父王は強い。そして、クラノも。


「決闘については心配していないようですね」

「だから決闘じゃないって……。お父様の強さもクラノさんの強さも、私この目で見て知ってるし。試しの場が壊れないかの方が心配だよ」


 ラニは昔、父王が剣圧で石の床を粉々に砕いたところを見たことがある。

 あのふたりが試合とはいえ、剣を交えたらどうなるのだろう。


「だったら、やっぱり気になるのはクラノさんの方ー?」


 キララが、巫女とは逆の方向からラニを挟むように立つ。


「うん、まあ……」

「昨日は大胆だったよね、ラニはさ」


 ミストは手ごろな椅子に腰かけて、またとんがり帽子を手で回している。

 ラニが王女だと判明してからも、旅の仲間たちは呼び方を改めるようなことはなかった。それが少し、ラニにとっては嬉しい。


「衆人環視! て、言うんだっけ? ともかく公開大告白したわけだしさ。しかも、“刈り取り”かけて割とすぐに」


 うぐ、とラニは詰まる。

 求婚したことももちろん頭を抱える理由の半分程度を占めているのだが、残りの半分がそれだ。

 この世のどこに、“刈り取りに来る”かもしれない女をめとる男がいるだろうか。


「スカイは告白とかそっちのけだったっけね、あんなに顔青くしてさ」

「んー、でも、わからないでもないかもー?」

「キララそうなの?」

「なんかね、すっごい痛いんだってー。ちっちゃい時、スカイが勢い余ってぶt」


 ラニは思わずキララの口をふさいだ。


「いい、いいから。何かだいたい分かったし、スカイがかわいそうになってきたから」

「そうー?」


 口元が自由になったキララは、首をかすかに傾げた。


「私が手を下してきたやつらは今も生きてるし、私自体今までのことは後悔してないよ」


 顔を上げ、ラニは眼下に広がる王都を見る。

 活気があって、我が国ながらいいところだと思う。

 だからこそ、弱い相手を狙った闇が許せなかった。

 誇り高き、砂漠の国の王女としても。


「ま、ならいいんだけど。手段はちょっとアレだけど、話聞いただけのあたしだって許せないやつらだと思ったし。きちんと罰が下ったって聞いたときにはスカっとしたわけだしねぇ」

「わたしもわたしもー」


 ミストにキララが賛同する。


「でもさ、やっぱりそれとこれとは別問題なんだろうね……」


 がくりと、ラニは項垂れて再び目を伏せる。

 過去、信念を持ってしたことが、こんな形で立ちはだかることになるとは。


「あら、そんなに心配いらないと思いますよ」


 三人のやり取りを見守っていた巫女が、口を開いた。

 注目を受け、巫女はにっこりと笑う。


師匠あのひとは思ったことをすぐ口にするたちでして。昨晩のように、不意打ちならなおさらぽろっと零すのですよ。それを踏まえた上で、師匠の様子はどうでしたか?」

「……」

「少なくとも、あなたのことを恐れてはいません。なんとも思っていない、ということもないでしょう。あなた方は、見ていてとてもわかりやすい人たちですからね」


 ぶっ、と、ミストが吹き出した。キララもふにゃりと笑っている。巫女はいつも通り、言わずもがな。

 ラニは顔が赤くなるのを感じ、手すりに顔を伏せた。

 そしてはっと顔を上げ、


「ケンカとかして、カッとなって寝込み襲っちゃったらどうしよう!?」

「そこは堪えましょう?」


 三人から同時につっこまれたのだった。



 ◇ ◆ ◇



 あっという間に日は過ぎて。

 ラニは王女として、母である王妃ノエナニと二階の王族席から「試しの場」を見下ろしていた。

 こちらに背を向けているのは父王ララマ。

 褐色の肌に長身、隆々としていながら過剰ではない筋肉、そしてラニと同じ白に近い金の髪。この試合用の剣と鎧を身に着けた姿は、まさしく「武」の体現者だ。

 表情はこちらからは窺えないが、きっと鷹揚で自信のある笑みを浮かべていることだろう。ラニの父とはそういう男だ。


 対するのはクラノ。

 父王を凌ぐほどの長身と恵まれた体躯と、短い黒髪に頬の十字傷。今日は王宮から貸し出された儀礼用の剣と鎧を身に着けている。

 いつもはどこか余裕のある笑みを浮かべているその顔は、どういう心境か(まさか緊張ではないだろうが)口を引き結び、真剣な表情である。


 あんな顔もするのか。見直すじゃないか。

 と、いつの間にか考えていることに気づき、ラニは「んん゛っ」と小さく咳払いをする。

 そういう場合ではないのだ。


 ここは「試しの場」。広く取った空間に白い石版を敷き詰め、四方を植物と水路で囲んだ王族用の試合用の場だ。

 外に護衛の兵を置いてはいるが、中には王族と招かれた者しか入ることができない。

 通常であれば、王族と対戦相手、記録官。

 今回は、国王ララマと対戦者クラノ。王女ラニと王妃ノエナニ。

 観客として、ラニとクラノを除く元・魔王討伐隊の八人と竜一頭、翡翠色の少年ひとりが、クラノ側の舞台周りに散っている。

 ちなみに、記録官を務めるのは女エルフのイルニスだ。

 ラニは忘れていたのだが、イルニスは「天秤の長耳」と称されることもある、公平性を重んじるエルフの一族出身だ。なので、こういう役割は最適なのだとか。


 恋に狂っているだけじゃなかったのか。


 そんなことを思っていると、母が微笑みながら視線を寄こしてきたので思わず背筋を伸ばす。

 巫女に感じていた既視感は、母から向けられるこれと同種のものではないかと、ラニは得心がいった。


「では、始めましょう」


 イルニスの厳かな声を合図に、試しの場のふたりは剣を構える。

 たったそれだけなのに、空気がピンと張りつめた。

◆ひと休み


「思ったよりも長い話だな」


 竜が軽く息を吐く。


「そうですね、色々ありましたから。ヒスイに聞かせられないところもありますし」

「いや、母さま。ヒスイは……」


 ルリが何か言いかけて、いや、と首を振った。


「なんでもない。あとで私から簡単に話を聞かせてやろうと思う」

「そうですね。私からもまたお話ししましょう。あの子はほとんど留守番でしたし」

「兄者が面倒を見ていたのだったな」

「はい。魔法の手ほどきなどしていたそうです」

「そうか」


 竜が大きく欠伸をする。少し炎が混じった。


「退屈でしたか?」

「人間の繁殖過程についてはどうもな。ラニとかいう娘の暴挙は、まあ興味深くはあったが」


 これも淘汰か、と、竜は呟く。


「この話は長いのか?」

「いえ、試合自体は驚くほどすぐに終わりましたよ。あとは、なるようになるだけでした」

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