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紅き竜と変わり者娘 〜ふたりが出会ってからのこと〜  作者: いろは紅葉
番外と旅の章:娘たちはかく語りき
32/43

3.“鋼の黒山”

娘たちの旅での出来事


8/5 あとがきに小話追加

 娘は目を覚ました。

 辺りはごつごつとした岩場で、意識を失う前に見た場所とそう変わらないように見える。

 しかし、周囲がやたらと賑やかだった。


 具体的に言うと、花やら食べ物で飾り立てられていたのだ。

 目でそれぞれを追っていくと、その中心は娘自身のように見える。


 例えば、供え物のような。


 単なる眠気とは別のだるさでぼんやりとする頭で、そんなことを考えた。



 そもそも、ここへは偵察に来たはずだ。

 次の目的地に向かう途中、避けて通れない場所。“鋼の黒山”と呼ばれる怪物がいる危険地帯が、この一帯から始まっていた。

 師匠のクラノとカナリヤが様子を見に行き、娘は案内役の少女とともに残ったのだが。


「謀られましたか」


 褐色肌の少女が勧めてくれた飲み物に、何か入れられていたらしい。気づかなかったことが娘にとっては不覚だった。

 それでこの有り様なのだから。


「さて、どうしましょうか」


 そう言ったものの、娘は上半身を起こそうとして、何度も失敗した。

 意に反して、瞼がどうしても閉じようとする。

 一服盛られたというには、明らかに人間に対する分量ではなかったようだ。


 ずしり。


 その時地面が揺れた。

 娘はなんとかそちらに意識を集中させる。


 地鳴りと揺れは、徐々に娘のいる地点へと近づいているようだ。

 鈍った感覚ではいつものようには捉えられないが、何か巨大な質量が動いている。それは確実だ。

 そして、岩場の陰からそれは姿を現した。


 周囲の、あらゆるものの大きさに対する感覚を狂わせる巨躯と、圧倒的な存在感。“鋼の黒山”とは、なるほど言い得て妙か。

 現れたのは、母である紅き竜よりも一回りは大きい竜だった。

 故郷から旅立って以来の、久しい感覚だ。

 全身を鋼の鱗で覆われた黒い竜は、ゆっくりと娘の眼前まで鼻先を寄せる。


「お前が生贄か?」

「どうやらそのようです」


 生贄に自ら出向いたことはあるが、差し出されるのは初めてだなと、娘はぼんやりとする頭で考えていた。


「人間……とは違うようだな」

「わかりますか」

「その首飾り。どこで手に入れた? 布で封じた腕からも魔力が漏れている」


 娘は内心、舌を巻いた。

 同じ竜族にはわかってしまうらしい。


「生え替わりで落ちたものを、直接いただいて首飾りにしました。腕のこれは……遊んでいたらくっついてしまって」

「その鱗の持ち主は」


 表情乏しく、黒鋼の竜は娘に問う。

 その表情からどことなく紅い母を連想し、


「あなたもよくご存知のはずです。クロガネさん」


 気がつけば、つい声に出していた。

 うまく力の入らない身体をなんとか起こしながら、娘は失言した口を押さえる。

 許可なく竜の真名を呼ぶことは、とんでもない非礼だ。


「ハガネと呼べ」


 紅き竜の実子は怒る様子もなく、鼻先で軽く娘の胸元を押す。

 身体の支えがきかない娘は、いともたやすく後ろに倒された。

 頭こそ浮かせて守ったものの、背中を地面に強く打ちつけ、意識をあっさりと手放してしまった。



 ◇ ◆ ◇



 娘は、ツンと鼻を刺激するにおいで目を覚ました。瞼もさきほどより抵抗なく開く。

 目が焦点を合わせている間に、身体を起こした。

 背中の痛みにわずかに顔をしかめたが、十分我慢できる。

 周りのあれこれを、視覚的にはっきり認識できるようになった頃、娘はにおいの元を見つけた。


 娘から離れた場所に、何かの草が積み上げられている。

 盛り草は小さな火種から白い煙を上げており、それが娘がのところまで流れていたのだ。


「気付けだ。身中の薬を薄める効果もある」


 クロガネ、いやハガネは、煙の向こう側に座っていた。


「ありがとうございます。そして先ほどは失礼しました」


 娘は身体を起こしながら正座をし、ハガネに頭を下げる。


「私はどれくらいこうしていたのですか?」

「大して長くない。半刻くらいか」

「半刻……。その程度でしたか」


 身体のだるさがすっかり消えている。なかなかいい薬草のようだ。

 道すがら見かけただろうか。後で探して持ち帰ろう、と娘は思った。


「つかぬことをお聞きしますが、よろしいでしょうか」

「何だ」

「あなたはなぜ生贄を?」


 要求しているのか、それとも押しつけられているのか。

 娘は明言を避けた。


「戯れだ。人間どもが鬱陶しい時、母上がそんなことをしていたと聞いたことがあったのでな」


 答えは素っ気ないものだった。

 生贄については、ハガネの方から言いだしたことらしい。


「実際に私という生贄が来たわけですが、どうでしたか?」

「存外、おもしろいものが釣れたな。まさか母上と関わりのある者とは」


 ハガネは無遠慮に娘を見る。


「お前の方はどうだ、鱗の娘。目的は果たせたのか」


 娘の目的とは、一帯ここを抜けて次の目的地へ向かうことだ。


「いいえ。その算段をつけている間にこうなりまして。今出ている偵察隊が、あなたを避けて通れる道を見つけ次第、ここを抜けるつもりでした」


 師匠たちはまだ偵察中だろうか。

 ハガネが母の子ということは、カナリヤの甥にあたるわけだが、面識はあるのだろうか。

 娘がそんなことを考えていた時、


「愛弟子! 大丈夫か!」


 聞き慣れた、低い男の声がした。大声で娘を呼んでいる。


「お嬢さん、そこにいるんだな!?」


 こちらは青年の声で。

 娘とハガネの中間にある崖から、帯剣した金属鎧の大男が命綱も着けずに滑り降りてくる。

 肩に絶叫する褐色の少女を担ぎながら。

 黄玉の妖精竜も、小さな翼を羽ばたかせて師匠クラノの後を追ってきた。


 娘と“鋼の黒山”ハガネ、師匠クラノとカナリヤ、案内役の少女ラニが一同に会した。


「無事かお嬢さん! ……と、ハガネじゃないか!」


 カナリヤはハガネの姿を認めて少し驚いたようだ。

 ハガネも少し目を開いて、


「伯父貴か」

「その呼び方やめろよ」


 カナリヤが即座につっこんだ。


「お前、この辺にいたのか」

「たまたまだ。まだ十年もいない。伯父貴はずいぶんと砕けた態度になったな」

「まあ、それなりに世俗にまみれたからな」

「そういうものか」


 聞いている分には、ただの世間話のようだ。

 長命な竜族にとって、十年、数十年は人間の数日から数年程度でしかないのだろう。


「偵察隊とは伯父貴たちのことだったか。ならばこのような者を差し出さずとも、自由に通したものを」

「だからその呼び方やめろって! それはともかくとして、お嬢さんを置いてったのはオレたちじゃないよ」

「そう。こいつな」


 師匠は、いつの間にか肩から下ろしていたラニの背中をバシーンと叩いた。


「いったっ!!」


 ラニは背中を押さえて悶絶する。

 奇しくもそこは娘が地面で打った場所と同じだが、同情はしてやらない。


「そうか。なら、元々この者をどうこうする気はない。休んで行くなり、好きにするといい」

「ありがたくそうさせてもらうよ、ハガネ。これからちょっと厄介者のところへ向かうことだったんだ」


 竜たちの話は済んだようだ。

 娘は師匠から受け取った自分の荷物を地面に下ろし、


「さて、ラニ」


 笑顔で、褐色肌の少女の名を呼ぶ。

 さして大きくもない声音の鋭さに、ラニはびくりと身体を強ばらせる。


「説明がなかったこと、人間には多すぎる量の薬を盛ったこと。きっちりと落とし前をつけましょう?」

「で、でも結果良しというか、あなたならうまくやってくれるだろうと思ってたし、そもそも人間じゃないから大丈夫かなって……」


 ラニは早口で弁明し、そして同時に己の失策を悟った。


「口答えしたこと、も追加ですね」


 娘は目元の笑っていない笑顔で、いつの間にか手にした薙刀を構えながらラニに近寄る。にじり寄る。


「なあクラノ、あれ止めなくていいのか?」

「これくらい好きにさせてやれよ。おーい愛弟子、やりすぎんなよー」


 カナリヤと、のほほんとしたクラノのやりとりを合図に、ラニはきっちり三回宙を舞ったのだった。

◆ハガネの印象から


 娘は竜にそこまで話し終え、


「実際にお会いするまでは、もっと豪快な性格の竜だと思っていました」

「クロガネか」

「はい。力自慢だとお聞きしていたので」


 娘は竜の言葉に頷いた。

 娘の考える「力自慢」といったら、“師匠クラノ”が基準だ。……というか、それ以外にいなかったのだろう。

 たしかに幼い頃からアレがそばにいたならば、他が霞むのは仕方がないと、竜は考えた。


「クロガネも独特というか、若いからというのもあるだろうが。昔から多少変わった性格をしていてな。年頃の雄竜ならば、それなりに荒くれた者も多いのだが」


 シラユキという妹の世話を手伝っていたからか、並の竜を凌ぐ豪快さを備えた“祖母”がいたからか。

 クロガネは、若いくせに必要以上の力は使わない主義を持ったようだった。

 竜が少し懐かしんでいると、


「あの面倒くさがりなところは、さすがに親子だなと思いましたよ」


 その笑い声を聞いて、竜は半眼になる。

 この娘の胆力も並外れていたと、改めて実感したからだ。

 

「しかし、生贄を求めるとはな。どうするつもりだったのやら」

「何もしないつもりではなかったのでしょうか」


 娘はさらりと言う。


「なぜそう思う?」

「お母さんとは別の意味で面倒くさがりだからですよ。忘却の魔法や記憶操作の魔法などは得意ではないそうですし。使えたとしても使おうとしなかったのではないかと」

「……」


 竜は再び、じとりとした目を娘に向ける。

 それに気づいた娘は苦笑して、


「ああ、いえ。おかしな意味で言ったのではなくですね。単に、“母親の真似”をしてみたかっただけかもしれないと思いまして」

「私の真似を、か?」

「はい。お母さんやカナリヤさんの話しぶりからして、だいぶお若いようですからね、ハガネさん。落ち着いているように見えますけれど」


 長命の竜族から見れば、たしかにクロガネやシラユキなどは最年少の一頭に数えられるが。

 竜はかぶりを振る。


「あれはそこまで幼くない。程度の差はあれ、生贄や宝物ほうもつを求めるは竜族の性分だ」

「まあ、噂ではなかったのですね。この辺りで竜といったら、私たちはお母さんしか知りませんでしたから。そんな性質があるとはっきり耳にするのは初めてです。もしや、カナリヤさんも?」


 娘の目が、好奇心できらりと輝く。


「兄者は今でこそああだが、数百年前はたいそう恐れられていた。年相応に荒々しいところもあったし、強力な魔法と“息吹”を使うからな」

「それで、どのような生贄や宝物を?」


 身を乗り出さんばかりの勢いで、娘は続きをねだってくる。

 ここまで話した竜だが、その先を口にすることはやや躊躇われた。躊躇うくらいなら最初から言わなければと後悔したが、この娘にならいつか知れてしまうことにも思えたので、


「鎧を思わせる珍しい昆虫型の魔物と、人間のこどもが好くような、透明の玉に珍しい模様を入れた工芸品などを要求したことがあったな……」


 竜はできるだけ声量を落として、若干目を逸らしながら言う。

 娘は一瞬瞬きをして、すぐに両口の端を上げ目尻を下げて、くるりと竜に背を向ける。

 その肩は小刻みに震えていた。


「……教えた手前何だが、兄者には言うなよ」


 竜はその背中にそっと、娘が姿勢を保てない程度で炎のこもらない息を吹きかける。


「夢中になる様を想像しましたが、かわいらしすぎますっ!」


 娘は喜色を浮かべたまま、器用に受け身を取りながら地面を転がっていった。

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