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紅き竜と変わり者娘 〜ふたりが出会ってからのこと〜  作者: いろは紅葉
番外と旅の章:娘たちはかく語りき
30/43

1.ややこしいようで、ごく単純なこと

この話から番外と旅の章開始です。

8/3 あとがきに小話を追加

 山の頂から、竜の咆哮と火柱が上がってからふた月ほど経った頃。

 娘は巫女として、ルリとヒスイを伴って麓の村に下りていた。


「アカネ、アーベンの相手をしたいがかまわないか」

「ああ、助かるよルリ様」

「好きでやっているだけだ。母さま」

「行ってらっしゃい。私も久しぶりの方々とお話したいので」

「わかった。行ってくる」


 ルリはどことなく弾む足取りで、アカネのきょうだいや、年の近いこどもたちと遊ぶアーベンの元へ向かう。

 ヒスイもすでに加わっていて、草や枝を使った即興のおもちゃの遊び方を教わっている。


「村のこどもたちも大きくなりましたね」

「三年も経つからな。赤ん坊だったアーベンを、巫女様にも見せたかったよ」


 ちらりと、巫女はアカネの視線を感じた。

 鱗で覆われた左腕は魔法布を巻きつけているが、顎に増えた小さな紅い鱗はそのままだ。


「色々ありましてね、思ったよりも時間がかかってしまいました。母は未だに少し怒っているんですよ」

「ヒスイ様が来た日のあれか。山が爆発したのかと思ったよ、アタシは」


 ははっと、アカネは口元を引きつらせて笑った。


「ヒスイ様と言えばさ……」


 アカネの見ている先では、ヒスイがアーベンにまとわりつかれ、ルリが自分に関心を向けようと草笛を鳴らしている。

 ヒスイは、三歳になるアーベンよりも年格好が大きく見えた。


「私のふたりめの子ですよ。旅の間に生まれましたが、ルリと同じく人間ではないので、成長は人間と違いますよ」

「そ、そうか……」


 そういうものなのか? という風に、アカネはこどもたちの集団を見た。

 そして巫女に顔を向ける。その目には若干の好奇心が浮かんでいた。


「一度聞いてみたかったんだけどさ、ルリ様たちの父親って……」

「ああ、そのことですか。ルリたちに父親はいませんよ」

「へ?」


 アカネの口から、なんとも間抜けな音が漏れる。

 そして複雑な動きで表情を変えて、


「悪ぃ、変なこと聞いちまったな」


 気まずそうに目を反らした。


「あー、違います。そういう意味ではないのですよ」


 竜たちとの暮らしが長くなったせいか、いくらか人間の常識から考え方が離れてしまったことを認識して、巫女は苦笑した。


「私が母親であることは間違いありませんが、父親は本当にいないのですよ。そもそも、生まれが普通の生き物と違うので」


 ルリもヒスイも、巫女の体内に蓄積した魔力が、竜族から自然放出される強い魔力の影響を受けて結晶化した魔法生物だ。

 もはや人間とは言い難い変化を遂げた巫女を含め、その性質は竜という種族の眷族に近い。


 仮に父親が誰かと考えるなら、影響元がカナリヤであるヒスイはともかく、ルリは紅き竜と巫女の子というとんでもなくややこしいことになってしまう。

 竜族も魔法生物のひとつではあるが、“血縁”にあるかどうかは重要だ。


「私とルリ、ヒスイの場合は“血縁”とは違います。例えば、そうですね……。受粉して実をつけるようなものが“血縁”にあるもの、私という葉に付いた朝露がルリとヒスイでしょうか」

「ふうん……?」

「この場合、父親と呼べるものを探すとしたらば」

「空気中の水、か。たしかに、それなら父親はいないって言ってもいいのか……」

「そうです。問題ありません」


 巫女はにこりと笑う。

 カナリヤとの間には、“気軽に抱っこ”の他にも、うまく言い表せないものがあるかもしれないが。

 それでも生き物としての“血縁”でにはないのだからと、怒りの咆哮と炎を吐き出す母に、カナリヤと一緒に苦労して説明したものだ。


 旅の中で、娘は魔力の影響を絶つすべを身につけた。意識してそれを解かない限りは、もうこういったことはない。


「ところで、術士さんはどちらに? 姿が見えませんが」

「ヨハン? ああ。十日くらい前から、隣の村に手伝いに行ってるよ。あっちのこどもらの間で風邪が流行はやってるってんで、人手が足りないんだと」

「それって……」


 巫女はある可能性に思い当たる。


「完全に治まるまでは、二次感染を防ぐためにもこちらに帰れないのでは?」

「まあ、そうなんだよな」


 アカネは半眼で答える。

 巫女は改めて、こどもたちの集団に目をやった。その中には、自分の子も含めて遊びに加わるアカネの姉と義兄たちの姿もある。アカネとヨハンの子であるアーベンも、ふたりによく懐いているように見えた。


「父はなくとも……」

「巫女様、それ以上はダメだ。あとヨハンには絶対に言わないでくれ。多分泣くどころじゃ済まない」


 巫女は無言で頷き、アカネと固い握手を交わしたのだった。

◆ややこしさの認識の違い


「お前の姉も下世話だったか」


 竜は呆れた様子で、細く息を吐いた。

 左腕の魔法布を巻き直していた娘は、危うく巻きかけの布を吹き飛ばされそうになった。が、妙な素早さを発揮し、空に流れかけた魔法布を宙でつかみ取る。

 そして何食わぬ顔で、


「あら、あれくらいでしたら下世話の内に入りませんよ。少し好奇心が行き過ぎただけです」

「お前に比べれば、だろう」


 竜はうさんくさそうに目を細める。娘は気づいているのかいないのか、いつものように平然とした顔をしている。


「しかし人間とは妙なものだ。父親がそんなに重要か? しかも、血族でないものを」

「竜族は、母竜が子育てをしますものね」


 竜族は生き物の多くと同じく、その大半が母竜によってのみ育てられる。

 竜の場合は、偶然通りかかった母竜をつかまえて、性質的に相性の悪い娘竜を育てたことがあるが、竜族の中では珍しいことだ。


「人間の多くは死ぬまで添い遂げますし、この辺りは一夫一妻が当たり前ですから」

「あの治癒術士でさえ、お前の姉ひとりに決めていたな」

「はい。術士さんはなぜか女たちを惹きつけますが、器用ではありませんし。仮に多くを選び取ろうとしたならば、今頃八つ裂きにされていてもおかしくありません」


 娘は苦笑する。

 竜としても、ほぼ情けない姿しか見たことがないヨハンのそんな様子を、容易に想像することができた。


「でも、お母さんも怒ったじゃありませんか。私がヒスイを連れてきた時は」


 その時のことを思い出したのか、竜はくしゃっと眉間に皺を寄せた。


「あのようなことを起こさないために旅に出たというのに、同じ過ちを犯したからだ。兄者も私のことを言えぬだろう。娘、お前も妙に親密になりおって」


 竜はまだ、兄竜と娘が互いを本当の名で呼び合うことについて納得していない。


「まあまあ。まあまあまあまあ」


 眉を八の字にした笑顔で、娘は竜を宥める。


「それでも、ルリとヒスイは竜族の血族ではないのですから。例えばヒスイの父親がカナ……コハクさんだとして、」

「それはないとお前が今言っただろう」


 竜の声に地響きが伴う。

 母が苛立っているのを感じながらも、娘は怯むことはない。


「例えばの話ですから。それならまだ性別が違いますが、ルリはどうなりますか?」


 竜は途端に、今までで一番の渋面を作った。


「……私も兄者も、竜としてそれなりに長く生きている。ルリたちにはそれなりに愛着もあるし、孫と呼ぶのもやぶさかではないが、それとこれとは別だ」

「ですよね」


 山に帰還した直後、空気の振動と熱での視界の歪みを伴う咆哮と炎を吐き散らしながらいかる竜を、カナリヤとやっとのことで説得したことは娘の記憶に新しい。


「では、食事にしましょうか。ルリとヒスイを呼んできますね」


 娘は、頂付近で遊びに興じているふたりを呼びにその場を後にした。



 この時、三百年以上生きる竜たちも娘も、最近生まれた比較的若い竜たちがどう考えているかなど、知るよしもないのだった。

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