第五話 命の値段<帝国歴567年7月4日>
本日一回目の投稿です。
(次の更新は出来次第本日投稿になります。)
シーサーペント――翼がない竜種であり、人があまり近づかない魔の海域に生息している。成体になると氷のプレスを吐き、あらゆるものを凍らせる→Aランク冒険者のレイド級相当<ギルド魔物図鑑より>
そんな魔物があたしのすぐ目の前にいる。威圧感がとんでもない・・・頭が真っ白になる。
ど、どうすれば・・・黄金の契約でなんとかする?それとも逃げる?
・・・逃げるのなんて無理だ・・・だって腰を抜かしているのだから。
いつの間にかあたしは地面に座り込んでいた。
と、というかいつの間にこんなに近づいたの?あたしの目の前はたしかに平地で木々などがないけど・・・気づかないなんて、・・・いやそうじゃない・・・どうにかしないと・・・。怖い・・・理解しているのだ・・・残り30万Gぽっちじゃ・・・どうしようもないことを・・・。
そんなことを考えていると動きを止めていたシーサーペントはあたしに向かって歩き出した!!
「ひっ」あたしは反射的に目を閉じて自分の身体を抱きしめる。
どしんっ!!どしんっ!!と音がだんだん近づいてくる。
いくらなんでも経験のない二人で魔物討伐なんて無謀だったんだ・・・時間がなかったとはいえ・・・それに特殊な能力を得たことによりどこか調子に乗っていたように思える。
「巻き込んで・・・ごめんなさい・・・トム」
せめてトムだけでも逃げて・・・そして残された期間を村人たちと幸せに過ごしてほしい。あたしは自らの人生最後のときを自分でもびっくりするくらいの殊勝な気持ちになっていた。
・
・
・
?・・・なかなか最後のときは訪れない。神様の粋な計らい?
そう思っていると、身体がなにかに持ち上げられて・・・そのなにかは移動を開始したらしい。身体に風を感じる。
恐る恐る目を開けるとトムの必死な顔が目に入った。
「はっ、はっ」とトムの荒い息が顔をくすぐる。
あたしはトムにお嬢様抱っこされているようだ・・・状況説明してほしいのだけど・・・トムにそんな余裕はなさそうだ。
トムの向かっている側と反対方向を見るとシーサーペントが何か怒ったような雰囲気を纏わせてこちらを追いかけてきている。
(「子供を殺されて怒っている?というところかな」と推測する。
シーサーペントは海で活動を主にしているためか・・・足はそんなに速くないのだけど・・・トムの様子を見る限り――近いうちに追いつかれるだろう。それは・・・あたしたちの死を意味している。
・
・
・
あたしたちが向かっている進行方向に目を向けると人の彫像みたないものが20体以上あるのが目に入った。よくみると氷に閉じ込められた冒険者のようだ。
「シーサーペントの子供を討伐しようとしていた冒険者グループかな?」
もしかするとあたしたちは助かるかもしれない。でも、それは・・・氷漬けにされている冒険者たちを犠牲にする方法・・・。
トムの顔をちらりと見る。顔からは汗が飛びちり、顔は真っ赤だ。頭が回っていなかった・・・どうしてあたしを置き去りにして逃げろとか言えなかったのだろう・・・もう手をくれだ・・・なら、”罪を背負えないことを背負おう”・・・。
「トム!!あたしに考えがある!!あの氷の彫像のところで止まって!!」
トムは返事もせずに目で頷く。はぁ・・・なんだかつり橋効果でトムに惚れてしまいそうだ・・・案外自分は余裕があるのかもしれない。
ほどなく、氷漬けの冒険者たちの傍に到着する。
黄金の契約であたしは腰を治し(5000G也)、息が荒いトムから降りる。
腰に備え付けていた魔物解体用のナイフを抜いて”裏の黄金の契約”を心の中で詠唱する。これはあたしが今現在一撃で殺せる存在にのみ有効なものだ。
『すべてに価値が決まっており、それは決して不可逆ではない』
これは命への冒涜・・・。
『ああ・・・存在そのものにすら価値がある・・・それを代償に・・・』
これはその人の人生の全否定・・・。
『金を我に与えよ!!黄金の契約!!』
それは術者本人ですら、術が成功したときには何を犠牲にしたか・・・いや、犠牲にしたことすら覚えていられない禁忌。”存在をお金に還る下法”。
「ごめんなさい・・・名も知らない冒険者さん」罪悪感から偽善的な謝罪をしてしまう・・・それをしてしまっては駄目だ!!
「・・・こ、この弱者め。あたしが上手く使ってあげる!!」
決して涙を流さず、蔑むような顔を意識しながら・・・でも、どこか引きつった顔で禁忌を具現化する。黄金の輝きがあたしたちと氷の冒険者を包み込む。
・
・
・
気がついたときには金貨の小山があたしの目の前にあった。
「?・・・よくわからないけど、これだけあれば対抗できる・・・かも」
トムは目を何かにやられたのか・・・しかめっ面をしている。いまの内に対抗策を講じよう!!
『(詠唱略)黄金の契約』
あたしが願うのは昔童話でみた奇跡の体現――あの竜を倒す間だけでもいい。
英雄が魔王を倒した武器をトムのミスリル剣に――
その名も『スカーレットドラゴン』
トムが目を開けると「なんじゃこりゃ!!」と驚いている。
先程子供のシーサーペントを倒した炎の剣と同じ属性だが、表現するとすればこちらは灼熱の魔剣――マグマ・・・みたことないけど、マグマに包まれた剣という表現しかできない。持つ側は相変わらず熱さを感じないようだ。
「っ!!・・・トム、シーサーペント来てる!!」とあたしは大声を張り上げる。
トムはあたしの目の前で剣を構え、「よくわからないが・・・いける気がする」と腹をくくったようだ。
シーサーペントはトムの持つ剣に一瞬警戒するように眼を細めたが・・・氷のブレスを吐きながらトムに突っ込んできた!!
「うぉおお!!」とトムが剣を上段に構えたまま、シーサーペントに向かって突き進む。
氷のブレスはスカーレットドラゴンに触れると跡形もく消えていく。触れなかったブレスは周りを氷の世界に変えていく。
「ひええ・・・生きた心地がしない」辛うじてスカーレットドラゴンが氷のブレス引き裂いた範囲にいたので氷にならなかったあたしは・・・また腰を抜かしていた。
そんなあたしの現状を無視して戦いは推移する。トムがシーサーペントの前に辿り着いたのだ。
「らっしゃぁ!!」と変な気合を入れた声をしてトムが剣を振り切る。トムの意思に呼応するように剣がものすごい勢いで伸びていき――シーサーペントをあっさりと真っ二つに両断する。
左右に別れたシーサーペントはそれぞれ側面にものすごい土煙をあげて倒れる。
「や、やったのか?」と半信半疑なトムの声に呼応するようにミスリル剣は元の姿に戻っていた。