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腸抜きに骨抜き

【腸抜きに骨抜き】




 寒い日のことだった。

 私はこれほどまでに壮絶で、陰惨な仕打ちを受けたことはない。


 私は内臓を抜かれ、骨ともいえるべき部分も取られ、そうして死んだ。

 あるいは最初から死んでいたとでもいうべきなのかもしれない。


 真っ赤に染まった体。

 冷たい夜空。


 バラバラにされた体はどこに行くのだろう。


 ――あれは、寒い一月のことだった。



***




 Horatter、というものを知っているだろうか。

 Horatterとは、150字以内の短文を投稿できる情報提供サービスのことだ。

 いわゆるミニブログ、マイクロブログといったカテゴリに分類されるサービスである。が、Horatterを通じてできあがったゆるいコミュニティーなどがあることを踏まえて、一種のSNSだとも言われている。使っている方としてはそんなものはどうでもいいのだけれど。


 Horatterを通じてできあがった交友関係。これは実に不思議なものだ。“親しい他人”とでも言うべきだろうか。

 Horatterを使っている者は自分と繋がりを持つアカウントを、“フォロワー”と呼んでいる。


 フォロワーとは、互いをフォローしあうこと……つまりは、お互いにお互いの投稿した短文をいつでもリアルタイムで見られるようになっているひとのことを指す。

 そしてその“フォロワー”は誰にとっても薄くて深い繋がりを持っている。


 Horatterを通じて知り合った僕らは、フォロワーの本名、性別、生年月日、その他諸々の個人情報なんて知らない。

 住所も、家族構成も。変な話だが、“フォロワー”が実在しているのかどうかも分かりはしないのだ。

 ネット上のものであるから、下手すると「人間がリアルタイムで使用しているように見える」全自動のプログラム──なんてこともありうるだろう。実際、“bot”と呼ばれるプログラムで動くアカウントも存在しているくらいだ。


 “bot”について少しふれよう。

 botとは前述の通り、プログラムで動くアカウントだ。Horatterでは、投稿された短文に対して誰でも自由にコメントを返すことが出来る。それは通常“リプライ”と呼ばれているのだが、botとは短文投稿からリプライまで、プログラムされたとおりに忠実に動くアカウント──と言えばいいだろうか。ゆるく言ってしまえば『すべてプログラムによって動いているアカウント』だろうか。


 僕はまだHoratterを始めてからそう日も経っていないから、あまりよくはわからない。だけれど、このbotを使って好きなアニメやマンガのキャラクターの台詞を投稿させたりだとか、決まった時間になったら“時報”としてその時間を知らせたりだとか、奥は深そうだ。実際そういうアカウントもちらほらと見かける。


 さて、話を元に戻す。

 そんな僕のフォロワーに、一人不思議な人がいた。

 これから僕が語る話はその人にまつわる話だ。

 そして――僕がこれから先、こういった情報提供サービスを使う際には気を配ろうと思った話でもある。


 あまり肩肘張らずに聞いてほしい。

 所詮はある種の暇つぶしだし、そこに真実なんてないのだから。



***



 その人──そのフォロワーさんは、「鷽月あかね」と名乗っていた。ひらがなにすると「うそつきあかね」。本人曰く、“鷽”という鳥が好きでそういう名前にしたらしい。僕はその人が“鷽”について、しょっちゅうHoratterで叫んでいるのを知っている。

 鷽の住処はどこだとか、体長が幾つで重さはどれくらいか。繁殖期がいつ頃やってきて、どんな見た目なのか。 

 それはもう、鷽の専門家を目指しているのかと疑ってしまうくらいのレベルで語っていたから、まあ好きなんだろうなと思う。


 それだけ鷽が好きなら、アカウントを表示される際に使うアイコンの画像は鷽なのか──ともおもったが、あかねさんのアイコンは何をトチ狂ったのか、蟹である。蟹。赤い体に大きなはさみがチャームポイントの節足動物だ。なぜそれを選んだのかは謎である。


 彼女曰く、“普通の蟹ではない”らしい。

 前に僕が“アイコンは蟹なんですね”とつっこんだときに「“生きた化石”って言われるくらいの蟹なんですよ!」とリプライが返ってきたから、どんな大層な蟹かと検索してみれば、何のことはない。


 タカアシガニだった。


 あの、水族館の「深海魚コーナー」によくいる大きなカニだ。

 食べたら何人前だろう――そんな気持ちを多くの人に持たせる、あの魅惑の節足動物だ。水槽にいる時点ですでにおいしそうというのが罪深い。生きた化石とは知らなかった。


 タカアシガニなら最初からそういえよ、と思いつつも、“タカアシガニじゃないですか”と送れば、「ばれましたか」とウィンクをするような顔文字と共にリプライが返ってきた。


「蟹って赤いでしょう、“あかね”だし良いかなって」


 もう一つ返ってきたそれに、僕はああ、と小さな納得を覚えた。言葉遊びというか、昔やった連想ゲームを思い出す。

 彼女(多分“あかね”と名乗るくらいだし女だろう)のプロフィールの欄には「文字専門創作クラスタです。言葉遊びがすき!」と書いてあったくらいだし、言葉遊びに近いものは鷽と同じく好きなのだろう。たまに「玉子の王子様~」などとゆで卵に細工した写真を投稿していたりもしたから。

 ちなみに、「文字専門創作クラスタ」とは、ざっくり言ってしまえば文芸をしているアカウントということだ。あかねさんはたまに小説を書いているみたいで、Horatterにもちょくちょくその自分のサイトのURLを張り付けていたりもしていた。

 たまに見に行く程度だったが、人を選びそうな話が多かったように思う。ハマれば面白いというか。ハマれなければジェット機で置いてけぼりを食らうような気分になるというか、そんなクセのある話を書くのが好きみたいだ。


 そうして僕は、そんなあかねさんにほんのりとした恋心を抱いていたりもする。

 顔が見えないからこそ育める感情もあるというか、ちょっとかわいい人だと思うのだ。好きになるのには、僕と趣味が似通っていたのも大きいだろう。僕達はたまに、お互いに好きな本について語り合ったりした。


 そんなあかねさんはそこそこノリもよく、どちらかと言えばオタク的な人らしい。

 長期休載が続くひいきの漫画家のことを「早くあなたの作品が読みたいです……」と嘆いていたり、その漫画家が過去に発表した話の登場キャラクターにきゃっきゃしていたりと、ゴーイングマイウェイでHoratterを楽しんでいるようだった。

 その投稿をみる辺り、多分若い女性なのかなと思う。

 クレープを食べたことを、お気に入りのスカートを、つい衝動買いしてしまったらしいブーツを、度々写真付きで投稿している。

 あかねさんに「女の子だったんですか」とからかって返信したことがあるが(だってタカアシガニに詳しい女性なんて異質すぎる)、あかねさんは「可愛い女の子に見えて熊みたいな山男かもですよ」とおなじくからかうようなリプライを返してきた。

 スカートをはくような山男がいたら気持ち悪いから、まあそれは冗談だと思いたい。

 僕の想像の中でのあかねさんは、黒髪をボブカットにしたような、ちょっと変わった女性というイメージだ。


 

 ――恐らくは、大学を卒業するかしないか辺りの。



***




 ある日、僕にあかねさんが“コンタクト”を飛ばしてきた。

 あかねさんとフォロワーになってから、二か月程が経った三月のことだ。

 何か内緒話だろうか、と僕は少し不思議になりながら――そして、あるいは告白に似た何かなんじゃないのか、なんて都合のいい想像をしながら――彼女の“コンタクト”を見る。

 そこには簡潔に、「謎解きに挑戦しませんか」とあった。


 何の冗談なのか、それには一つ画像がついていて、その画像に僕は息をのんだのを覚えている。

 ──黒髪に眼鏡をかけた、作業服を着た男。

 嘘だろ、と僕の口からはそう言葉が漏れた。


 ──そこに写っている男は、紛れもなく僕だ。


 何で、いつの間に。

 恐ろしくなった僕は、あかねさんにコンタクトを返した。大急ぎで。百年の恋も冷めるような心地だったのを覚えている。

 Horatterには、“コンタクト”という機能があった。コンタクトを承認したもの同士が見られる投稿をする場、といえばいいのか。簡単に言ってしまえは、Horatterの中でEメールを送るようなものだ。


 ──何で俺のこと知ってるんですか。

 ──ゆうきくんを見つけるの、結構簡単でしたよ。

 ──うそだ。

 ──嘘じゃないです。あれだけ現在地も持ち物もHoratterに上げてるんですもん。調べようと思ったら簡単ですよ~。


 確かに、僕はHoratterに持ち物やら現在地を匂わせるような投稿をしていたけれども……

 ぞわりとした僕のアカウントに、もう一つコンタクトがあった。送り主はやっぱりあかねさん。

 恐る恐る僕はそれをみる。


 ──わたし、探偵ですから。


 可愛らしい絵文字がついていたけれど、今の僕にはその絵文字が怖くて怖くてたまらない。

 誰ともしれない人間に、僕の存在だけが知られている。

 

「冗談じゃないぞ……」


 “わたし、探偵ですから”。

 あかねさんの書くクセの強い小説の中に、若い女性の探偵を主人公にしたものがある。

 その主人公の口癖というか、決めぜりふがそっくりそのまま、「わたし、探偵ですから」なのだ。あかねさんにその気があるかどうかは別として、洒落にならない冗談だと思う。


 ──何が目的なんですか。

 ──最初に言ったじゃないですか、謎解きに挑戦しませんか?

 ──冗談じゃないんですよ。

 ──わたしだって冗談でもありません。これは遊びです。


 やりますか、やりませんか?


 ふざけた人だと思うと同時に、自分が危ない人間に絡まれたことを痛感した。

 その後もコンタクトは続き、言葉の応酬の果てに、僕はあかねさんの“謎解き”に挑戦することになってしまったのだった。

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