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彼はよくよく悩んだ末、恩師に宛てて手紙を書いた。手紙の内容についてはわざわざここに載せるまでもない。要するに、自分は小説を書くのをやめ、堅気の社会人として通用するような人間になるという内容だった。実際彼はそれまで無職ではなかったのだが、そうといって胸を張って社会人ですと言えるような仕事に就いているわけでもなかった。が、最近になって小さな税理士事務所に職員として入所し、働き出したのである。仕事は無味乾燥で、朝早くから始まり深夜にも及ぶし、その割には薄給だったが、それでもその生活に彼はなかなか満足していた。というのも、毎日の忙しさにかまけて、文学の事などすっかり忘れていられたからである。しかしながら、彼が恩師に手紙を送ってから暫く経って、丁度そのことを忘れかけていたある日、その返事が届いた時にはさすがに彼も文学への情熱を取り戻さないわけにはいかなかった。いや、情熱というよりも、むしろ文学への虚無的な盲信とでも言うべきものが彼の胸に再び宿され、それが彼を突き動かしたのだ。