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「弟子たちに現すように、世に自分を現さないのはなぜか?」
ヨハネ福音書14章22節 聖ユダ・タダイ
見るからに孤独な男だった。彼は近所の図書館に、襟元の赤く汚れた黒のロングコートにばかでかいリュックサックといった出で立ちで現れた。そして自習室に入っていくと、学生の受験勉強している辺りを一瞥し、少しだけ眉根をよせた後、社会人用の席に座った。彼はおもむろにリュックサックをおろすと、中から大きめの手帳とボールペンを取り出し、何やらしたため始めた。本当に不可解というか、浮いた人間だった。図書館の自習室などというものは大概学生の受験勉強か、社会人であれば資格や専門知識を習得する為に使われるものだが、彼だけはそんな中、一人小説を書いていたのである。彼の書く小説にはおおよそ参考文献などという物を必要としない。それなら図書館でなくとも自宅で書いていれば良さそうなものだが、家ではどうにも気が落ち着かず、集中できないので、何となくここで執筆している事にしているのだった。