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Restaurant 『Banyan tree』

作者: ツバメ1969




「スペードのエースが最強の訳、知ってる?」

トトロがカウンターに肘をつきながら、そう言ってパチンと指を鳴らした。

トトロが語りかけた先のテーブルには、ランチを終えた若い日本人女性客が二人。突然話しかけられて、困ったように苦笑いしている。

「日本人でしょ?マウイ島の人気出て来たと言っても、この辺りにはまだ日本人の観光客ってなかなか来なくてねぇ」



ラハイナから南に下った海岸線に小さなレストラン『バニヤン・ツリー』はある。

店の名の通り、海岸線に沿ってバニヤン樹が茂っており、海からの穏やかな風に葉を揺らしていた。

店前の道路の向こう側には、パイナップル畑が丘を越えて広大に続いている。遠くの畑の真ん中に小さな教会が見える。

茶色い山肌の山々はたいてい雲がかかっていて、時折虹が見えた。



「これからどこ行くの?サトウキビ列車?」

トトロがテーブルに近づきながら陽気に語りかける。

「私達、レンタカー借りてて、これからイアオ渓谷まで行こうと思って…」

一人が恐る恐る答えた。

「イアオ渓谷!あそこは午後から雲が多いよ!ホントは午前がお勧めなんだけどなぁ。なんなら案内し…」

「コラ!トトロ!ナニシテンノサ!」

厨房の奥からマリアの声が飛んできて、トトロは首をすくめた。

「見っかっちゃった!ごめん。気をつけて行ってらっしゃいね」

トトロは慌ててカウンターに化石のように残されていた空き皿を重ねて片付け始めた。



トトロがマウイ島を訪ねるようになって4年になる。毎年3月にこのマリアの店『バニヤン・ツリー』に転がり込んで10日ほどを過ごした。マリアはもう60に近かったが一人でこの店を切り盛りしていた。店を宿代わりにする変わりにランチタイムから夕方まではトトロは店の手伝いをした。英語はからきし話せないのに、陽気で物怖じしない性格のおかげで近所でもトトロは人気者になっていた。





陽射しを弾いてキラキラと光りながら、短いスコールが通り過ぎた。

太陽はもう随分と傾いていた。

トトロが店の買い出しから戻ると、店の前に見覚えのある赤いファミリアが停まっていた。

カウベルを鳴らしてドアを開けると、昼間にランチに来たあの女性客二人がマリアとテーブルに座って談笑していた。

「あれあれ?どうしたの?イアオ渓谷には行かなかったの?」

トトロは紙袋を抱かえたまま、驚いて尋ねた。

「行ったんですけど、やっぱり雲と雨で何にも見えなくて、早々に引き上げて来たんです、トトロさん」

「ハワイと言ってもやっぱり日本語が聞けるお店って安心しちゃうからまた寄りました、魚路さん」

マリアと何か話し込んでいたせいか、二人は昼間よりもずっと親近感のある声で言った。

「わぁ!なんで本名知ってるの?あ、マリア、バラしたな!」

「ウルサイヨ!ソレヨリソノ買イ物、チャントシマイナサイ。缶詰ハ冷蔵庫ニ入レナイデキャビネットニ置イテ」

「わかってるよ。だけどなんでマリアが一緒にテーブルに座ってるのさ」

「ティータイムダカライイノ」

「ティータイムって…。もう夕方だよ?」

「ポテトノ皮剥キモシタイカイ?」

「ちぇっ!すぐ来るから待っててね」

トトロは慌ただしく厨房に入っていった。



「トトロさんって面白そうな人ですね」

「自分ノ名前ガダサイッテ、自分デトトロナンテ言ッテルシ。ナンパ癖ダケハ治ラナイヨ」

「マリアさんって日本語お上手ですね」

「10年クライ日本ニ居タカラネ。アノ子ハ私ノベストフレンドナノヨ」



マリアが日本のレストランでウエイトレスをしていた頃、常連客のフィシングサークルの中にたった一人学生のトトロがいた。トトロはサークルの大人たちやマリアをいつも冗談を言って笑わせていた。レストランのオーナーの支援もあって、マリアが長年の夢だったマウイに店を出すと決まった時も、トトロは自分のことのようにはしゃいで喜んだ。



「それで毎年お手伝いしてるんですね、トトロさん」

「ンー、ソレモアルケド、トトロハネ、イツモ夕方ニナルト海辺デ一人海ヲ見テルノヨ。ナゼダト思ウ?」

「さぁ?」

「釣リ仲間ガ死ンダノ、コノ海デ。カジキマグロヲ釣ロウトシテ海ニ投ゲ出サレテ、スクリューニ巻キ込マレタノ。アノ子、ソレ以来毎年ココニ来テ弔ッテルノ。今モ海ニイタンジャナイ?仲間思イノイイ子ヨ、トトロ」

マリアの飲んでいたレモネードのグラスの氷が溶けて、カラリと音をたてた。



「やあ、お待たせ!ね、何話してたの?あ、そうだ、明日どこ行く予定?よかったら案内するよ?マリア、明日オレ、オフにしてね!」

トトロは戻ってくるなり賑やかにまくし立てた。

「モウ!ホントニコノ子ハ!」

マリアは苦笑いした。

「明日はもうホノルルに戻って、夜の飛行機で日本に帰るんです」

「残念ダッタネ!トトロ!」

マリアがアハハと笑った。

「マリアさん、楽しいお話ありがとう。もうレンタカー返しに行かなきゃ」

「え〜〜、もう行っちゃうの?ズルいよ、マリアばっかり」

彼女たちは飲みかけのココナッツジュースを飲み干して笑った。



見送りに外に出ると、教会の鐘が遠くに聞こえた。

「オレ、明日カフルイの空港まで見送りに行こうかな」

トトロが未練たらしく言うと、

「今度もし会えたら、スペードのエースが一番強い訳、教えてね!」

と彼女たちの一人が言った。



「アロハ!マハロ!」

去り際にそう言って彼女たちの車はロードウェイを遠ざかっていった。

トトロとマリアはその赤いテールランプが見えなくなるまでデッキで佇んでいた。

穏やかな風が吹いて、少しの間静寂を落としていった。

「さて」

トトロがマリアを振り返って涼しい顔で言った。

「マリア、スペードのエースが一番強い訳、教えて」

「知ラナカッタノカイ!!!」



ロード沿いに咲いたハイビスカスが笑うように風に揺れていた。









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