…プロローグ
その街は一度、世界に終わりを告げた。
それでも、太陽は輝き月は満ちた。
瓦礫の山、枯れた木々とわずかな居住区。残酷に流れる時間の中で、いつしか街は過去の名を捨てた。
無法地帯、不可侵領域、閉鎖街、神が見捨てた地。
人々は消えない過去を、山のような幾多の呼び名で表現し、そして忘れていった。
罪人や居場所を持たない者にとっては儚い楽園となり、生き残りこの地で暮らすことを強いられた者達には地獄へと変っていった。
どんな人間も拒まない。けれど、どんな生き物もここでは永くいきることはできなかった。
そんな街の片隅に、その舗はあった。
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怪我・病気・心 症状に合わせて処方いたします。
詳しくは、店主まで。
営業時間:不定期
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日焼けした紙切だけが主のように残された扉に、看板らしきものは何も見あたらない。
誰も名を知らない。
誰も店主を知らない。
得体の知れない舗。
だが住人たちは、子どもが寝込むとそこへ連れ立ち、老婆が転べば背負って舗を訪れるという。 なぜなら、この街にはそこ以外の救護施設が無いからだ。
故に開いていなければ、どんな重傷、重病の者でもその身を抱えて帰るしかなかった。
しかし一旦診てもらえれば、どんな病や怪我も経ちどころに治るのだと‘うわさ’はいつしか羽翼を持って国も種族も関係なく、世界中を飛びまわっていった。
2階建て。建物に沿う様に鮮やかな花たちがプランターに植えられている。
それが途切れた階下の奥に、今日もひっそりと客を待つ舗の入口があった。
午后をとうに過ぎて、陽は傾きはじめていた。
閑散としたフロアに円卓を挟んで大小2つの影。手には各々数枚の札が握られていて、奇妙な緊張感が漂っている。
卓上には無造作に金貨が散らばり、窓辺に帝王のごとく腰掛けた男の勝利の多さを物語っていた。
男は「賭けをしよう」そう言うとにやりと笑った。
「もうしている、そして負けている」対峙した少年から溜め息混じりの声が返ってくる。
寝巻姿の男は、ふふんっと鼻をならすと天井を仰いだ。
「金品なんてつまらないだろう。次は行動を賭けるのさ」
指先が器用に金貨を宙に放り投げ、その手に受け止める。安いバクチのように…。
「きのうから何だか街に落着きがない。そういう時には決まって祭りがやって来るものさ」
黒いシルエットの中、薄氷色の睛が煌々と微笑んだ。
少年は先に待ち構える自分の未来を思い浮かべて、すぐに考えるのをやめた。