8.新生活
「ん!ん~~~・・・・」
青く澄み渡る空に大きく両手を突き上げ、長時間同じ姿勢で凝り固まった背を伸ばしコキコキと音をさせながら大きく伸びをする。
「ふはっ」
と息を吐き出しながらダランと両手を垂れ下げるミユキの目の前で、ハタハタと風になびく洗濯物が揺れている。
洗いたての洗濯物が登りかけた太陽の光を反射する眩しさに、額に浮かんだ汗を袖で拭いながら目を細めつつ、大分この作業にも馴れてきたなぁうんうん、と密かに自分を褒めた。
この世界で目覚めてから2週間。
ずっと寝たきり、その前は車椅子という生活だった為ここへきて健康な体を手に入れたとはいえその動作はたどたどしいもので、みんなの手伝いをする以前にまずリハビリ状態で、1週間を過ぎる頃にやっと少し手伝える位になれていた。
最近のミユキはどうにか洗濯物を任されるようになり張り切っていたが、ここで文化の違いに大いにへこまされていた。
何しろこの世界には電気もガスも水道も無かった。
薪で火を熾し井戸や川から水を汲み電気も無いので電化製品もあるはずもなく・・・。
当然洗濯機があるはずも無く本でしか見たことが無い洗濯板で1枚ずつゴシゴシと洗っていった。
幸い井戸はすぐ裏に湧いていて遠くまで汲みに行くことはなかったが、何度もバケツで汲み上げなくてはならず終わる頃にはヘトヘトになっているのが常だった。
「あ~でもホントは洗濯だけじゃなく料理や掃除も家事全般しなきゃなんだよなぁ・・・
それに野菜畑の管理もか・・・そう考えると凄いなぁセリスさん」
「こら!セリスさんじゃないだろう」
「ひぅっ!!」
独り言に思いもしない返事が返ってきたことに驚き、変な返事をしつつ飛び上がり慌てて振り向くとジロリと此方を睨むセリスさんと目が合う。
なおもジ~~~~と見つめる目に気圧されるも、意図することに思い至り、
「お・・・おかぁさん」
と言いなおすと、よろしい!と満足そうに頷いてカッカと笑いながら家に入っていった。
敵わないなと苦笑しつつ、タライと洗濯板を濯ぎ陰干ししてからミユキも家に入り冷えた体を暖めることにした。
今現在、家にいるのはミユキとセリスだけだった。
ルビスは3日の周期で街に露店を出しに行っていて今日は街に行っており、男二人は近くの畑で作業をしている。フィールランド家では主に穀物を作り精製作業を経て街に売りに出していた。
野菜畑は主にルビスが、街に行ってる間はセリスが管理をしていた。
いずれは野菜畑も手伝いたいと思っているが今は洗濯だけで手一杯で先は長いと日々気合を入れていたが、当面それよりも先に解決したい問題があった。
「おかぁさん、お昼のパンは私が焼きたいんだけどいいかな?」
「あら、この前から何か作ってたようだけどできたのかい?」
「うん、やっとどうにか使える段階まで出来たと思うんだ、だから1回やらせて欲しいんだ」
「まぁ、いいでしょうミユキのお手並み拝見させてもらうわね」
ありがとうと言いつつ急いで自分のベットに向かう。
ルビスと同室で生活するにあたって小さくなって使わなくなったベットを納屋から出してもらうとき、そこにある他の物の使用許可も取り付けていた。
そこで私は使われなくなった陶器を使い、街でルビスに買ってきてもらった数種類の果物を入れて天然酵母を育てることにチャレンジしていた。
この世界のパンは小麦粉に水と塩を入れて練り焼いただけの固いパンで、他の料理も味付けは質素ですぐに元の世界の味が恋しくなり、無いなら作ろうと早々に食文化の改革に乗り出していたのだ。
その第1弾としてまずはパンである。
そもそも酵母で発酵という概念が無くまずは酵母から育てる必要があったのだ。
煮沸消毒した陶器の瓶にろ過した水を入れ4種類買ってきてもらった果物を1種類ずつ入れ、発酵させてみたのだ。
5日後3種類は失敗したがどうにかキウイに似た果物が巧く発酵してくれ酵母菌の液種はできた。
温度管理で挫折しかかったものの他の陶器にお湯を入れ湯たんぽにすることでクリアできた。
そのできた液種と小麦粉の地粉を1:1で混ぜ塩を一つまみ入れ更に4日後にやっと元種ができあがったのだ。
早朝に生地を作りベットに入れ湯たんぽで暖めておいたので1次発酵はOK、暖炉のある部屋に持って行き4等分に切り分け濡れ布巾を被せ2次発酵。
いつの間にか横で興味深げにセリスが見ていたが、説明してる余裕もないのでチャッチャと進める。
最初なのでシンプルに丸めただけの生地をオーブンに入れて20分ほど焼く。
オーブンがキッチンに完備されているのは助かった。
しばらくするとバターの匂いが立ち込め、その香ばしい匂いにセリスは驚き私は懐かしさに二人でキャーキャー騒いでいた。
ちなみにバターも自作で瓶に入れた牛乳をヒィヒィ言いながら振っていると、見かねたトルビスが代わりにヒィヒィ言って作成したものだ。
できあがったパンは素晴らしく我ながら驚くほどの出来栄えだった。
「このパンはミユキが作ったんだよ、聞いたこともない不思議な作り方で出来上がったパンも不思議なパンだけど、柔らかくっていい匂いがしてとっても美味しいよ」
と、畑から戻ってきた男二人にセリスが興奮気味に言うと、二人は顔を見合わせどれどれ?とキッチンに顔を出す。
それからは三人は初めての味に、私は懐かしい味に半ば取り合うように美味い美味いと食べ進めた。
もっと食べたいまた作ってくれと言われ、自分の故郷の文化が受け入れられたことに大いに張り切り今度は他の種類のパンも作ってみようと湧き上がる創作意欲にワクワクしてきた。
「・・・・・で?私の分のパンは?」
「「「「あ・・・・・」」」」
ルビスの分を取っておくのをスッカリ忘れており、パンのことを聞いたルビスは次の日の朝食でパンを食べるまでネチネチと文句を言い続けていた。
教訓、この世界でも食べ物の恨みは怖いようです。
気づけばお気に入り登録がされている!
してくださったお二方ありがとうございます。




