5.目覚め
ヒューーーンという微かな空調のような音にフッと美雪は目を開ける。
目の前には見慣れたはずの私の部屋が広がっている。
あの事故から3回の誕生日を祝ってもらっているから、少なくとも3年以上ぶりに見るはずの部屋に懐かしさを覚えつつそっと歩き出す。
車椅子で移動できるように家具やベットの間隔は広めに取ってある、元々広い部屋でもないので自然と置かれる家具は少なくなっている。
ベットと空気清浄機、備え付けのクローゼットと化粧台、TV兼用のPCが置かれたデスク、必要最低限と私が判断したそれらを置いただけで車椅子で移動するにはギリギリだった。
セットとなる椅子のないデスクを指でなぞりながら部屋を見回す、と、いままで視界に入らなかった入り口側の壁にドアは無く変わりに大きな姿見が置かれていることに気づく。
あんな所に鏡は無かったはずだ、そもそもドアはどこへいった?私はどこから入ってきた?
幾つもの疑問が浮かんできたが、なぜか足が勝手に鏡に写りこむ場所に進んでいく。
ダメだ鏡を見てはいけないと恐怖にも似た感情が生まれ止ろうとするが足は止まることは無く、自身が鏡に写る寸前に硬く目を閉じた。
強い恐怖感に顔を背け見ないようにするも、しかし逆に見ないことでその恐怖感が倍増され恐る恐る目を開け鏡を見つめる。
鏡に写る自分はサンタクロースだった。
暖かそうな赤い服には白いファー、赤い三角帽と黒いブーツ胸元のボタンには白いボンボンがチョンと付き、スカートは何故か膝上のミニスカート、そして驚きに開かれる瞳の下には白くて長いそれはそれは立派なお髭がデデーーーンと、
「だからお髭はいやああああぁぁぁ・・・・・・
ぁぁぁぁ・・・・・・・・・
・・・・・・あ?」
目の前には自分の部屋ではない、見慣れない光景が広がっていた。
大きく開かれた窓からは眩しいばかりの光が差込み部屋全体を明るく照らし出し、窓の外から聞こえるチュンチュンという鳥のさえずりと相まって素晴らしいばかりの牧歌的な雰囲気をかもし出している。
寝かされていたであろうベットで半身を起こし、何を掴もうというのか右手は力いっぱい前に突き出されている、状況からさっきのは夢だと直ぐに思い当たり、寝ぼけて過剰な反応をしてる自分が酷く恥ずかしくなる。
チュンチュンと聞こえるさえずりが良いアクセントになりマヌケっぷりに真っ赤になりながら、逆にそれで冷静になりゆっくりとあたりを見回した。
「やっぱり、知らない部屋だな・・・・。」
ベットは部屋の角に置かれており部屋全体が見渡せる。
壁はログハウスのように丸太がそのまま組まれている、触ってみるとツルツルしておりそのくすんだ色合いから長い年月使われていることがうかがえる。
部屋は広く6畳間程だった私の部屋がすっぽり3つは入るくらいの広さがある、天井も高く平均的な高さであろう私の部屋の1.5倍くらい、屋根の骨組みが剥き出しの構造の所為か実際にはもっと高く感じる。
置かれている家具もベットに小さいテーブル、ちょっとした小物を置く棚に扉の無い衣装ケース、部屋の隅に置かれた布が被されたよくわからないものくらいで、洒落っ気の無いその部屋に妙な親近感を覚えたりする。
「ん~・・・・。」
と、遠い目で虚空を見つめ何事かをしばし考える。
「よし!」
と一声発し、荒い織り目のシーツから抜け出しベットに腰掛るようにして床に足を下ろす。
床には動物の皮だろうか、いくつかの色合いの異なる皮がパッチワークよろしく太目の糸でぞんざいに縫い合わされて敷かれている。
これはこれでセンスいいなぁとか思いつつ、床についた足裏の冷やりとした感触とシーツから出たことでさらされた冷気に、
「うひひ、冷たい冷たい」
手を目の前に持ってきてニギニギ、
「おぉぅ、動く動く」
立ち上がって、
「わーい、立てる立てる」
それからはもう目をキラキラさせて、歩ける歩ける、走れる走れる、ジャンプジャンプ、腕立て腕立てー、と子犬のように動き回る。
きゃっきゃっと騒ぐ美雪に、ふいに呆れたような声がかかった。
「心配してたけどそれだけ動き回れるなら平気そうだね」
突然聞こえてきた声に、ビクーーンと数センチ飛び上がって驚いた美雪はその勢いのまま後ろを振り返る、と、そこには一人の女性が立っていた。
開け放たれた扉に右手でもたれ掛かり楽な姿勢で美雪を見つめる女性は、肩のあたりで切りそろえられたレンガ色の髪に健康そうな褐色の肌、優しげに微笑む目には見たことも無いような赤味がかった色の双眸がキラキラと輝いていた。
大きめな規格の部屋に合うかのようにスラリと背は高く、手や足には適度に肉が付きそれ以上にデデンと大きな胸が主張しているが、全体のバランス的には豹のようにしなやかな躍動感すら覚える。
同じ女性でありながら彼女から漂う色香についついボォ~~と見入っていると、自然な動作で扉からスッと離れスタスタと目の前まで歩み寄ってくる。
近くで並び立ってみると思った以上の身長差に呆然としてしまう、事故後変わっていなければ美雪の身長は160センチ丁度、彼女はそんな美雪から頭1つ分以上、優に180センチの後半くらいに感じられた。
あんぐりと口を開けて彼女の顔を見上げていると、自身の顔にスッと伸びてくる彼女の指に気づき反射的にビクリと強張る、と、伸ばされていた指がピクリと動きを止め一瞬所在無げに彷徨った後スッと戻されポリポリと自身の頬を掻く。
まぁ、と一息つき、
「元気そうでよかったよ、2日も寝っぱなしだったんだよ」
「え!あ、はい、それは心配おかけしてしまい申し訳ありませんでした」
と勢い良く頭を下げる。
「ちょっ、そんな畏まらないでくれよ、こっちが困っちまうよ・・・・・あ~・・・
ん、アタシはルビス、ルビス・フィールランド、あんたは?」
「わ、わたしは斉藤 美雪です」
「サイト?サイトって名前かい?」
「い、いえ、美雪 斉藤・・・美雪が名前です」
「ふ~~ん、ミユキ・サイトね・・・・あまり聞かない響きの名前だねぇ・・・・」
微妙に違う気もするがまぁいいかと思いつつ、
「あの、状況がイマイチ良くわかっていませんがご迷惑をおかけしたことと親切にしていただいたことはなんとなくわかります。どうもありがとうございました!」
と、また勢いよく頭を下げてお礼を言う。
その後頭部を目を見開き見つめるルビスの視線に気づかず頭を下げ続けるミユキに、やれやれといった感じになったルビスは、
「文句の一つも言ってやろうかとも思ってたけど、そんな気も無くなっちまうねぇ」
と独り言ちると
「え!ホントにわたし何かやらかしました?」
と、勢いよく顔を上げるミユキと目が合った。
しばらく無言で見つめあう二人だが、先にルビスの方が噴き出し、
「ぷっ!あっはははは、いいね、そういうノリは嫌いじゃないよ。
おいで、下のほうが暖かいし父さん達にも目が覚めたことを言いたい、いろいろ聞きたいこともあるしね」
ニヤリと笑みを残してスタスタとルビスは扉に向かって行ってしまう、慌ててミユキも後を追い部屋を出てゆくのだった。
部屋を出るだけで1話使いました・・・。




