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42.選択

路地裏を進んで行くと唐突に石畳は終わり腰ほどまで伸びた草原が広がり、申し訳程度の木の柵が立てられているだだけで街と外とを隔てる明確な区分けはなされていなかった。

少しばかり草を刈って家庭菜園のような畑が作ってあったりもするが、数歩進めば草を掻き分けて進むことになり走ったことで息があがった体から更に体力を奪い去ってゆく。


しかし、ゼェゼェと息をしながらも休む事無くミユキは少し先に暗い口を開ける森を目指して進んでゆく、路地裏を駆けているときには痛いくらいに響いていた想いが近づくにつれて段々と弱まっていくことに焦りを感じ始めていたからだ。


「ちょっと・・・・声が届いてこないよ。

これじゃどっちに行けばいいかわからないよ・・・」


森に入るときに一瞬躊躇したものの入ってしまえば開き直りズンズンと進み始めたミユキだったが、まだ入ってきた入り口が見えるほどの距離で助けを求める声は聞こえなくなってしまった。

この森の中で間違いないのに、あともう少しという所でぷっつりと途絶えてしまった声にイライラとした感情が沸きあがってくる、知っているのだ先ほどまで自分に届いていた想いを。


あれは元の世界で自分に向けられていた家族からの、そして届けることができずにいた自分の想いにそっくりなものだった。目の前の大事な人を守りたい助けてあげたいという切なる願いと、同時に叶わないことがわかっている者の悲痛な葛藤。


それがわかっていながら、助けられるかもしれない『力』を持っていながら此処まで来て場所がわかりませんという状況に陥っている自分自身に、奥歯を噛み締めるほどの苛立ちを抱きミユキは力の限り叫んでいた。


「助けたいんでしょう!助けに来たよ!もう此処まで来てるのに・・・・・

お願いだから、あと1回でいいから私に声を届けて!」













・・・・・!


タスケ・・・ヲ・・・・コノコ・・・二、タスケヲ・・・


イトシゴヲ・・・・タスケテ!


奥歯を噛み締め弱々しくも何よりも重みを持った想いを全身で受け止める、目を見開き想いが通ってきたみちを睨みすえる。

薄っすらと蝶の鱗粉が舞う様な光の路がミユキの目に映り、その軌跡を辿りながら奥へ奥へと森の中をひた走って行った。顔や身体に小枝が当たり頬に一筋の傷が付いたことも意に介さずに進むその姿を、森の中で息吹き始めた者達がジッと見据えていた事をミユキは気が付いてはいなかった。



どれくらい走ったのだろう、数分のような気もするし酷く長い時間だった気もする。

激しく肩を揺すり咽返むせかえりながら息をするミユキの前には、此処まで呼び寄せたであろう者が静かに横たわっていた。

ガックリと膝を折り地面に座り込んだミユキは、目の前で既にその目に光を宿すことの無くなった1匹の獣の姿を見つめていた、それは酷く傷ついた姿をした狼であった。


人間の仕掛けた罠にかかったのだろう左前足は逃げる為に中程から引きちぎられ、体中に傷があり背には数本の折れた矢が刺さっている、その体毛は血と泥で染まり元がどんな色かすらもわからなくなっている。

そして母親であろうその狼の前には2匹の狼の子供が横たわっていた、咥えて逃げる間に傷付けてしまったのだろう傷が首にあるがそれ以外は殆ど怪我もしていないが、どれだけの間逃げたのか酷く衰弱してしまっているようであった。


このまま母親狼を放置していくことに罪悪感を抱いたが子供達の様子からして一刻を争う気がし、あとで弔いに来るからねと言い置き子供達を抱きかかえて医者であるチャオ達の元へと走り出そうとすると


「ダメですよ」


唐突に背後から声をかけられ、んなぁ!と叫びながら慌てて振り向くと先ほどの不思議女性コノハ(仮)が変わらぬ笑顔でミユキを見つめていた。


「なな、なんでここに!」


「なんでって、心配してこうやってついて来てあげたんじゃないですか」


「ついてきたって・・・・い、いや、そんなことより、急いでこの子達を医者に連れて行かないとだから、じゃ!」


シュタッと手を上げ走り出そうとするミユキの襟首を後ろからクイっと摘みながら、その華奢な身体つきからは想像できない膂力でもってその場にミユキを縫い付け、


「ですから、ダメだと申しておりますでしょう?」


ニッコリと、しかし有無を言わせない迫力を伴って向けられる視線に好葉このはの面影が重なり条件反射で従いそうになるも、腕の中にある二つの命の重みに我に返り


「ダ、ダメってどうしてだめなのよ?

早くしないとこの子たち死んじゃうかもしれないのに」


「そうですね、そのままにしておけば半日も持たず命の火は消えてしまうでしょう」


「だったら!」


「殺されますよ?」


突然飛び出してきた物騒な言葉に唖然としていると


「貴方が思うよりも人と狼とは相容れぬ存在同士なのですよ。

狼は人によって狩場である森や草原を荒らされ、こうして罠を掛けられ命を落とし、人は狼によって家畜を狩られ、時にはその命も奪われる。

そうやって抱きかかえて行く間に見つかれば大人達の手によってその子達は殺されてしまうでしょうし、運良く医者のもとに行けたとしても素直に治療をしてもらえるとは思えません」


その言葉に愕然と腕に抱いた存在に目を向ける。

今は痩せすぎてしまっているがコロッと太ったらきっと凄く可愛いだろう、弱々しく震える身体も暖かくしてご飯を食べさせれば無邪気にじゃれ付いてくるかもしれない、色褪せた毛並みも元気になってブラッシングしてあげればフワフワで艶々になってくれるだろう。

こんなにも愛しい子達を見殺しにすることも、ましてや殺させることも絶対にできない。


「じゃぁどうしろって言うのよ、助けられないと知ってて私を此処に差し向けたって言うの?!」


「まさか、貴方なら助けられると『知っていたから』此処へと連れて来たのですよ」


その言葉を聞いてミユキは目の前で優しく微笑む存在が、とても恐ろしい者のように思えてきた。

最初から私のことを知っている風ではあったが、助けられると思ったではなく助けられると知っていると断言するということは、私がある種の『力』を持っているだけではなくその『力』の本質まで知っている可能性が強い。


実はチャオ達ですらミユキが授かったサンタクロースの力の本質である『運命を操る力』の存在を知らないのだ。

あくまで幸運と不運を操りその力で人々の善行と悪行に正しくそれらを分け与え、それによって世界の均衡を保つ存在と思っているらしい。

しかしこの場合、幸運を与えた位で死という本来逃れられない運命から助けられるとは考えにくい。


そう、知っているのだ。私がその『力』をもってこの子達に訪れる死という運命すら変えられるということを・・・・。


「ええ、知っていますよ。


でも安心してください、私は貴方を狙う黒の一族でもありませんし、それどころか貴方に仕えるというチャオ達よりも余程近しい存在なのですから・・・



・・・・ですから、余り睨まないでいただけます?」


ガルルルルゥと睨みすえるミユキに困ったような笑顔を向ける女性に


「ちょっと!私の心の中を読まないでよ!」


「心の中なんて読めませんよ、全部顔に出てますよ」


「うっ!」


「さぁ、こんな事をしている時間はありませんよ。

早く貴方の力をもってその子達を助けてあげてください、貴方にはそれ以外には選択肢は無いはずですよ」


その言葉にハッとして腕の中の子狼達に意識を戻す。


弱々しく震える2つの命、消えゆくそれすらも助ける力が自分にはあるかもしれない。

しかし、本当にそれは選んでも良い道なのか?

力の強さとその力が及ぶ範囲は反比例の関係にある、即ちこの場合、目の前のこの子達に力を集中する事で最大限に近い効力を持って発揮されるだろう。

その選択をすればこの子達は助かるだろうが、その時点で力の方向性は決まり私の知っているサンタクロースの、世界中に幸せを届ける物とは大きく違っていってしまうことになる。


自分の目の前の人達だけに多くの幸せを与えるか、小さくてもより多くの人達に幸せを分け与えるのか。


どちらを選んでも何かが違う気がしてならない・・・・。


それに本来逃れられない死というものに対して、こんなに軽々しく力を使っていいものなのだろうか?

そうだ、私はまだ何もしていない、私に出来得る事をまだ考えてすらいない。








じっと黙ったまま俯いてしまったミユキをいぶかしみ、好葉に良く似た女性は追い込みすぎたか?と不安になり、声をかけようと一歩踏み出すと


「考えろ・・・考えろ・・・この子達が見つかったら殺されてしまう・・・ならどうすれば見つからない?

チャオ達に見せても診察をしてくれないかもしれない、ならどうすれば診察させられる・・・・?」


考えろ、考えろと、呪文のように小さく繰り返し呟くミユキに気付き呆然とその姿を見つめるしかできなくなっていた。



「決めた!」


そう叫び、迷い無く街へと走り出すミユキを呆然としたまま見送る女性の周りには、いつの間にか数人の男女が姿を現していた。その誰もが深い新緑の髪色や流れる水の様な衣を纏っていたり、凡そ一目で人では在りえない姿形を成していたが、不思議とその姿には恐怖や不気味さといったものは無くどこか神秘的なものさえ感じさせる者達であった。


「結局、あの方の力の方向性を正す事はできなかったな」


「えぇ、我々がこうして実体化してしまったことがその証拠ですね」


「この選択をするサンタクロース殿は滅多に現れないのだがなぁ、いやはや、この世界は大きく変わってしまうなぁ」


「自身がこの選択を選びつつあることに気付いていないというのが、また何と言うか・・・・」


各々が勝手に話している中心でミユキの後姿が見えなくなった後も呆然と固まったままの女性であったが、やがてプルプルと肩を震わせると


「あはははは!あっはっはっはっは、いや面白い!

まさかこの期に及んでまだ力を使わない選択を取るなんて、しかもそんな行動に出るとは私の想像の斜め上ですよお母様!

いいでしょう、いいですよ、お望み通り貴方の望む存在になりましょう!


たった今をもって私は宣言します、我こそは命をはぐく豊穣ほうじょうを与える者。

酵母の精霊にして豊穣を司る者、名はコノハ。


運命を操る力を分け与えられし者也」





その日、小さな小さな森の奥で人知れず精霊達が己の存在を明言し後の世に姿を現していくことになっていくが、同じ日に近くの街で数人のものが長い黒髪をなびかせながら走る1人の少女を見たという。

見たことも無い漆黒の髪に透き通るような白い肌の少女は美しく、多くのものがその姿に魅入られたという。




え?その少女が何かを抱えていなかったかって?


・・・・・・少女の顔にばっかり気が行っちまって覚えてないなぁ。






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