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41.届く声

なだらかな傾斜と荒い石畳の道の上を昼間近な強い光が濃い影を作り出し、そのコントラストの境目を越える度に馴れてきたはずの街道が何処か知らない場所へと続く道のような錯覚すら覚えさせる。


スタスタと、しかし他者から見ればトコトコといった歩みでミユキが赤いローブを纏いチャオの店を目指して進んでいく。

本人は自覚すらしていないが、先天的な境遇から長く自分の足で歩く事のできなかったミユキの歩き方はどこかぎこちなく、そんな所も周りからの庇護欲を増長させる原因になっているのだが物思いにふけりながら歩くミユキは当然そんなことには思いも至らないのだった。


家族の安全の為にもチャオと共にこの街を離れる決心をしたもののどう切り出したらいいか、どうやって説明すればいいかが判らず未だに言い出せないままズルズルと時間だけが過ぎていた。

そんなアンニュイな心境が昼の日差しの明暗に妙な錯覚を与えているのだが、人間本当にやらなければ成らない事が在る時ほど他の事が気になって仕方なくなったりする時がある。



人はそれを現実逃避と言ったりする。



そして現在、逃避真っ只中なミユキが考えていることとはこの世界の文化についてであった。

しかし文化とはいっても知っていることはこの街周辺くらいであり、政治や風習といったものはまだまだ知らないことの方が多いのだが、そんな中でもしょくじゅうという事柄についてある結論に達していた。

それは衣と住に対して食の部分が大きく遅れているという事であった。


この辺りは農業と酪農地帯である為か多くの人が木綿で出来た服や毛皮を用いた服を着ている、夏場は麻素材の服もあるらしい、そして王都やその周辺の領地から来る商人達の服は更に洗練され羊毛の防寒着に身を包み亜麻素材の布地はきめ細かくもはやリンネルと呼べる程であった。

そして貴族達はシルク素材の服を好み刺繍やフリルをふんだんに使ったドレスを纏った貴婦人方が、新作のドレスの自慢合戦を繰り広げているそうだ。


そして目の前に建ち並ぶ石造りの家々。もちろん近代的な耐震、免震構造という発想は無いものの、基礎となる土台と外壁にはそれぞれ違う材質の石を用いたり、一見すると見過ごしてしまうようなさり気無い飾り彫りが随所に施されていたりもする。

街から外れた農場やフィールランド家のような農家の家は木造が多いが、ログハウスのような丸太を組んだものから日本家屋のような精密なものまで多岐にわたっており、そのどれもが丁寧なそしてどこかお洒落な造りになっている。話しには出てはいないが多分貴族の家には大理石なども使われているのだろう。


商魂逞しい商人や、職人気質の大工達の手によってそれらの文化は広く普及し発展していったのだろう。


では衣と住に比べて劣っている食のプロ、料理人は商人や大工より気概が無いのか・・・・というと決してそんな事は無く、私が提供したスパイスの利用法や発酵調味料の存在、昆布や動物の骨などから取れるスープなどに目をキラキラとさせて食い入るように学び取り数日後には独自の考えで新たな料理すら作りだしてみせていた。


そう、私のもたらした『異世界の食文化』の知識を得て、開拓者となった料理人達の手により新たな食文化は広く普及し発展していくのだろう。


人間の生活の基礎となる衣食住、その中で何故か発展の遅れていた食の部分、異世界より訪れし3人目のサンタクロース、もたらされた知識、世界を最適化する存在、運命を捻じ曲げる力・・・・。

幸福になろうとする意思に幸福を授ける力、それは即ち欲望を叶える力。


知り得た情報はまるでパズルのピースのように複雑な形で絡み合い沢山のピースを憶測の元に組み立てるが、けれども重要なピースは未だ手元には無く決して組み立つ事は無い。

サンタクロースの言葉に踊らされ幻想を抱いてこの世界にやってきた私のなんと愚かな事か・・・。

与えられた力は決して思っていたような綺麗なものではないのだろう、『彼』は既に私は運命の輪から外れていると言っていたが外れているからこそ運命の輪に踊らされる存在なのだろう。


道化だね私って・・・・。


自分の世界に入り込み自嘲気味に笑いかけたとき、モフっという柔らかい感触と共に視界が真っ暗になった。


「んな!」


と変な叫びをあげて飛び退くと目の前には1人の女性が優しげな笑みを浮かべて私をみつめていて


「あらあら、ちゃんと前を見て歩かないと危ないですよ」


と、ぶつかったであろう私を責める訳でもなくニコニコと話しかけてきていたが、その時には既に私は彼女の顔から目が離せなくなっていた。


それ自体が光を発しているのではと思わせるほどの、きめ細かなシルク素材のような純白のドレスを着込み、その美しい体の線が栄えるAラインのドレスから伸びる肢体、薄く金色がかったシルバーブロンドの長い髪、薄い色彩の中で一際映える深い蒼い瞳。


現実離れしたその色彩よりも私の意識を鷲掴みにしたのはその顔の造形であった。


「お・・・ねぇちゃん・・・・・?」


懐かしくよく見知った顔、しかし二度と会える事は叶わず記憶の奥に沈みかけていた顔。

この世界で姉と慕うルビスではなく、死に別れた実の姉『好葉このは』の顔にそっくりな目の前の女性に美雪は知らず震える手を伸ばしてゆく。


「貴方が手を差し伸べるべきは私ではありませんよ」


優しいながらもキッパリとした声に我に返り、慌てて手を引き戻したミユキは改めて目の前の女性の顔を見つめた。

間違いようもなく好葉と同じ顔をしているが、自分と同じ純和風な色合いの彼女とはかけ離れた色合いの女性にやっと冷静さを取り戻したミユキは、同時に目の前の女性から自分に良く似たある種の『異質差』を感じ取っていた。

元々この世界ではない異世界からやってきたミユキは物事の考え方、捉え方にどこか異質な物を抱え込んでいたが『力』に目覚めた今ではそれはより本質的な所にまで及んでいた。

まるでその存在自体が異質に思えてしまう自分から見ても目の前の女性は異質であり、コチラ側の存在であるとほぼ確信していた。


・・・・コチラ側?


一瞬浮かんだ自分の思考に疑問が持ち上がるが、


「あちらを・・・」


スッと伸ばされた腕と共に促す声に現実へと引き戻され、目の前の女性に指し示された方角を見ればそこには街の外へと向かう細い路地裏へと向かう道が続いていた。


「よぉく目を凝らし、耳を澄まして彼の方角から届く想いを見つけてください」


姉の顔立ちをしているからか、それとも自分と同じものを感じたからか疑問を抱くこともなく促されるまま路地裏へと意識を集中していく。

しばらく意識を路地裏へと向けていたが特に変わったこともなくその集中を解こうとしたとき、スッと体温が下がるような感覚と共に強い感情が唸りを上げて一気にミユキへと流れ込んできた。


サムイ・・・・サムイ・・・・


タスケテ・・・・コノコヲタスケテ・・・・


襲い来る様な強い感情に胸の奥が締め付けられるようでまともに息をすることもできずに喘いでいると、


「流れ込む感情に飲まれてはいけません、貴方なら受け止められるはずです。

しかし、受け止めた想いをどうするかは・・・・・貴方次第です」


受け止めろって言ったってどうしろって言うのさ!


人が苦しさに喘いでいるというのに目の前の女性は変わらず優しげな笑みを浮かべて佇んでいる。

次第にその笑みが小憎らしくなってきたミユキはキッと女性を睨んだ後、路地裏の奥へと視線を移し


「助けろってどうすればいいのさ!この子って誰のことだよ!一方的に言われたってわかんないんだよ!」


ヤケクソ気味に叫ぶと脱兎の如く、しかし実際にはトテトテと路地裏に駆け込んで行ったのだった。





路地裏に消えゆくミユキの後姿を見送りながら好葉という存在に似た女性はクスクスと、心底可笑しそうに笑っていた。その表情は先ほどまでの優しげな笑みではなく、悪戯が成功した子供のような無邪気な笑みであった。


「どうやって受け止めるんだって言ったって、ちゃんと受け止めて行動しちゃってるじゃない」


想いを受けたからってそのまま抱え込むか捨て去ってしまうかは自由なのにねぇ、と小さく呟きながらミユキが走り去った路地裏へとゆっくりと歩き出していった。



そしてその姿はクスクスと流れる声と共に風景の中へと溶けていったのだった。





やっと身辺が落ち着いてきました。

もう忘れ去られてる可能性がありますが、更新を再開したいと思います。


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