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39.バナナ味がお気に入り・・・・。

肥沃な大地と温厚な気候、豊富な資源とが揃えば自然と人口は増えていく。


レバント伯が居城する首都ザッカスは治める領内の豊富な物資に支えられ、その城下に列なる街には沢山の人々が住み着き王都に迫る民を要していた。

そんな中から特徴的な外見をしているとはいえ人一人を見つけ出すのはそれなりの時間を有し、結果この街には居ないという結論に達するまでに4日を費やしていた。


セテルが領主レバントの報告書を盗み見てから2日後に王都からの捜索隊が到着し、翌日より城下の捜索に入り既に無駄に6日が過ぎていた。


「やれやれ、やっとこの街の外に出られるな」


コキコキと首を左右に傾けながら街から戻ってきた捜索隊を見ながらセテルが貴族らしからぬ剣を鞘に納めていった。

普通の貴族は軽くて扱い易い片刃の細剣か刺突に特化したレイピアを使うが、傭兵として戦場を駆けたセテルは彼等が好んで使う甲冑の上からでも打撃を与える肉厚の刃を持つブロードソードに似た、しかしそれより更に20センチ程長いバトルソードと呼ばれる剣を腰に帯びていた。

力無き者なら逆に剣に振り回される程の重量のソレを軽々と片手で振り回すその姿だけで、捜索隊の面々からも一目置かれ外部協力者という立場からも自由に行動することが出来ていた。


今もその立場を利用しセテルはザッカスの街の捜索には加わらず日課の鍛錬に励んでいた、何故なら彼はこの街に目当ての黒髪の聖守護者なる者が居ない事を知っていたからだ。


「この人数ならもう少し早くに居ないと結論付けると思ったんだが、こんな事なら最初に言うか先に1人で出発しちまえばよかったな・・・」


領主レバントが10人にも満たないと思い込んでいた捜索隊は、到着してみればその数は50人を超える大部隊で大いにレバントを慌てさせたものだ。

わざわざ自分が王都にまで召還された懸案だというのに、それでも事を軽く見積もっていたレバントがその大部隊の宿舎等の手配に追われている様を内心で嘲笑いながら、その時には既にこのザッカスには探し人は居ないと結論付けていたセテルは他の領内の街の何処に居るかと思案していた。


50人の人間が4日をかけて探し集めた情報より多くの情報を、捜索隊が到着するまでの2日間でセテルはかき集めていた。

城下ザッカスだけではなく領内の街には子飼いの情報屋を多く囲っている。その多くはチンピラであったり娼婦であったりだが、裏の世情に詳しい彼等の情報は金を払ってでも仕入れる価値がある。

どんなに剣の腕が立とうともそれだけでは良い様に利用されて使い捨てにされるだけだという事をセテルは良く知っていた、それが師匠として尊敬していた傭兵団の団長のその命を支払った最後の教えでもあったのだから。


「それにしてもこんな短期間のうちにまたあの街に行く事になるとはな、折角だからついでにまたパンも仕入れてくるとしよう」


そして4日の内に集めた他の街の情報から彼は既に自身の行き先を決めていた。






同じ頃、噴水のある広場で露店を広げながら道行く人々を呆れたように眺める1人の女性がいた。


いつもならその端正な顔立ちに愛想のいい営業スマイルを浮かべ売込みをしているルビスだったが、今は道行く人々の姿に呆れるやら末恐ろしいやら複雑な心境を抱いていた。

この世界の人々には歩きながら物を食べるという習慣、というかそもそもその発想自体無かったのだが今通り過ぎる若者たちの手には『ふぁーすとふーど』と銘打った物が持たれ、嬉しそうな恥ずかしそうな表情を浮かべつつキャッキャと騒ぎつつ歩いていく。

噴水の周りには初々しい恋人同士が集い、日当たりの良い場所では荷物を降ろした商人同士が集まり、皆その『ふぁーすとふーど』を食べながら過ごしている。


そんなルビスの隣ではミユキが穏やかな笑顔でその光景を見つめている。


孤児院によるパンの販売は成功を収め、毎日販売されるようになった今では需要も追いつき安定した収入を孤児院にもたらしていたが、それと同時にもう1つの問題が発生していた。

それはパンの販売により街の食堂の売り上げが落ち込んだことであった。


倒れた翌日こそ何か思い悩むように安静にしていたミユキであったが、その次の日からは街に繰り出し孤児院だけではなく他の食堂にも顔を出し始めていた。

各食堂を回り話しを聞いたミユキは食堂で提供されている以前のままのパンに客が不満を持っていることを知り、孤児院から仕入れることを提案しその交渉の橋渡しをしつつ更に自身で考案した『薬草料理』のレシピも伝授して回っていった。

ある店にはシチューをその隣にはアップルパイをと、その後も考案して増えていった料理のレシピを惜し気もなく無料で教えて回るミユキの存在はあっという間に知れ渡り、目深に被ったローブで顔を隠しているのにその界隈でミユキを知らない者はいないと言うほどの知名度になっていた。


「まったく・・・・あっという間に有名になっちまって、どうすんだいこれから」


「エヘヘ・・・・」


とポリポリと恥ずかしそうに頬を掻くミユキの頭を褒めてないからとコツンと叩くと、


「大丈夫だよ、食堂の人達にはサンタクロース商会の者ですって名乗ってるから私の名前自体を知ってる人は殆どいないよ」


「だからってねぇ、アンタのその姿は余りにも此処らじゃ有名になり過ぎてるよ」


いつの間に仕入れてきたのか真っ赤な生地を使って新たにローブを作り上げていた。

かぁさんと一緒に何かしてると思っていたけど、何もこんな真っ赤なローブを作らなくてもと少し呆れるルビスであった。

フードの淵と前の合わせの淵を白い布地で飾り、手首の裾からは防寒の為に2重にしてある下の白地の布が数センチわざと覗くようになっており、腰から少し下の辺りから上の赤い布地を何回か斜めにカットして同じく下地の白い布を覗かせ可愛い仕上げになっている。更に胸の辺りから肩にかけてケープを付けたような仕上げをしてあり背中に垂れ下がる部分を三角にカットし、その先に白いボンボンがチョコンと付けられていて赤と白で構成された配色は白い肌と黒い髪のミユキの魅力を十二分に引き出していた、が素顔を隠している状態では変わった格好の派手な人でしかなかった。


「ん~、でも私のパンの所為で売り上げが落ちちゃった訳だし協力しない訳にはいかないじゃない?

それに食堂関係の組合と孤児院で揉めても困るし、ちゃんとした関係を築ければ孤児院も更に安定するしパン以外にも利点を提供すれば食堂の組合にも受けがいいしねぇ」


それに街の食堂の料理も美味しいほうがルビスもいいでしょ?と聞かれ、そりゃまぁそうだけどねと答えつつ


「だからってこりゃぁ少しやりすぎなんじゃないのかい・・・・・」


「あ・・・あははは・・・・・」


ミユキもここまで大事になるとは思っていなかったのだろう、広場の入り口を見ながら乾いた笑いを浮かべていた。


広場に差し掛かる通りには大きな2本の柱が立てられその間には大きく『びーきゅうグルメの街フィーリスにようこそ』と書かれていた。

『びーきゅうグルメ』の意味をミユキに聞いたところ、庶民的な~親しみやすい~・・・・そういう料理?という曖昧な答えが返ってきたのだが、ミユキからの提案を聞いていた組合長がその響きを気に入ったらしくそのまま使われることになったらしい。


そしてミユキの提案とは、他の街には無いフィーリスだけの名物料理で穀物や物資目当てで訪れる商人だけではなく、その料理を目当てに訪れる観光客を増やしフィーリスの街を活気付けるというものだった。

立地的に交易が盛んでも王都からの評価が低いブルガリーテ領主のレバントに、各領内の街長達は事有る事に更なる街の発展を促されていた為、組合長からその話しを聞かされたとたん飛びつく様にあっという間に事を進めていった。


そして街にはミユキが考案した料理が各食堂で飛ぶように売れ、下がった売り上げを挽回するどころかそれ以上の売り上げに店主の顔を綻ばせ、パンに野菜と肉を挟みマヨネーズと胡椒で味付けした『はんばーがー』と小麦粉を溶いた物を薄く焼き上げそれに牛乳から作ったという『くりーむ』と卵を使った『かすたーど』と果物を挟んだ『くれーぷ』を手にした人達が溢れかえっている。

今はまだ観光客自体は来ていないがフィーリス住民と買出しに来ている商人だけでこの盛り上がり方だ、そんなに時間も経たないうちに自分の街に戻った商人達が自慢げに噂をばら撒いてくれるだろう。


世情に疎いと自覚しているルビスでさえ、この光景を見るとこれからの街の発展に期待を持ってしまう程である、さっき通った街長がスキップ気味に上機嫌だったのもしょうがない事だろう。


「まぁ、こうなっちまったもんはしょうがないさね。


でもかぁさんも言ってたけど、くれぐれもミユキは表立って行動するんじゃないよ、これ以上目立っちまうとミユキの事に必要以上に興味を持つ奴がでてきちまうかもしれないからね」


「はぁ~い」


ちょっと拗ねた様なミユキの返事に苦笑しつつ、今度はイチゴ味のクレープを頬張りつつルビスは至極満面の笑みを浮かべていた。






バナナとキウイに続きイチゴのクレープを食べ出したルビスに呆れながら、そんなに何個も食べると太るよ?1個だけだって結構カロリー高いのに・・・・・と窘めるが、フニャフニャと笑みを浮かべるルビスには既に聞こえていないのでした。




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