36.交錯する意思(後編)
私のあの世界での行動は何だったんだろう・・・・。
嬉しかったのに・・・
私は生まれたときから家族を傷つけてきた、大切にしてもらったのにそれに報いる事すらできなかった。
だからそんな私が誰かを幸せにできるかもしれないと知ったとき本当に、本当に嬉しかったのに。
なのに・・・なのに・・・・!
「いらない・・・そんな力なんていらない、幸福にする力だって言ったじゃない。
最初から運命を操る力だって聞いていたら私はあの世界で何もしなかった!
そんな力なんか無いほうがいいに決まってる!」
眉根に力を込め『彼』を睨んだ、私は初めて本気で人に憎しみを抱いたかもしれない。
事故で音以外の全てを失ったときも相手が誰だったか、それこそ男だったのか女だったのか若者なのか老人なのか一切わからなかったのもあるだろうが、私が抱いた感情は家族への謝罪だった。あんなに大切にしてくれていたのに私は家族を傷つけた、家族の心に消えない傷を負わせた事がただ悲しかった。
怒りに握り締められた両手はブルブルと震え、黒く濁った怒りが体からあふれ出し白い風景を黒く染めていく。染められた世界と白い世界の境界線に亀裂が走りその亀裂に沿って更に広がり世界が崩れていく。
「だめです!その感情は危険すぎる。落ち着きなさいミユキさん!」
この空間は貴方の心の中なのですという『彼』の言葉も既に私には届く事は無かった。
自分の中にこんなにも濁った感情があったのかと、今までそのことに気付く事無く生きてきた自分は何て幸福だったことか、カチカチと歯を鳴らして自分が抱いたその感情に恐怖しこんな感情は知らないこんな強い憎しみなんか私のモノじゃ無いと自身が生み出した感情を否定した。
すると『彼』に向けられていた黒い感情は向きを変え私自身を押し潰そうと襲いかかり、抵抗する事も出来ずに私は飲み込まれ恐慌をきたす意識を手放そうと
『ミユキ、ミユキ。しっかりおし、ミユキ』
ルビス・・・・そうだルビスの声だ。
聞こえてきた声に押し潰されていた意識が動き出す。そうだこんな所で倒れる訳には行かない、だって約束したものフィールランド家の娘として胸を張って帰るって。
両手を伸ばし体からあふれ出す黒く濁った感情を抱きしめる、ゴメンね追い出してしまってこの感情も私なのにね、大丈夫もう否定しないから・・・・だから戻っておいで。
体からあふれ出していた感情は止まり辺りを染め上げていた濁りもスッと消え失せたが、生じた亀裂は消える事無く残されたままだった。
「やはり貴方は強い人だ。私はその感情を受け入れられずにもう一人の私を生み出してしまったのに・・・。
しかし、それでも心は傷ついてしまいましたね。どうやら貴方を選んだ世界に私は敵対視されてしまったようです、もう此処に来る事は出来ないでしょう」
輪郭がボヤケ霞んでいく『彼』の姿は青年の物になっていた。はにかんだ様に笑うその顔は少し寂しげで、それでも瞳に宿る優しさにこれが『彼』の本当の姿なのだと思わせた、憎しみや怒りを抱いた事でやっと心のフィルターを通すことなく本来の姿を見ることが出来るようになったのかもしれない。
「貴方はこの力を否定しますがこれは世界が必要だと求めた力。
世界を流れる運命を偏る事無く淀む事無く最適化する力。
貴方は貴方の物語を紡ぎなさい。そうすればこの力が何の為に有るのかきっと答えが見つかるはずです」
消えゆく存在を見つめこれで本当にもう会う事は無いんだろうと直感的に悟った私は、最後に微笑みながら
「サンタクロースさん、本当は若い姿なんですね。カッコイイですよ」
「ミユキさん・・・・ええ、そうでしょう?実はカッコいいんですよ」
クスクスと笑い合いながら彼の姿は光に溶けて行き、そして私は瞳を閉じた。
「・・・・・ん」
「ミユキ?気が付いたのかいミユキ」
薄っすらと目を開けると視界いっぱいに心配そうなルビスの顔が広がっていた。
心も体も疲弊しきっていたけど、笑ってただいまと告げるとルビスの瞳からはボロボロと涙が溢れ出し
「ごめんよ、朝から様子が変だって気づいていたのに・・・・・アタシは何もしてやらなかった。
ずっと守っているつもりだったのにアタシは何も出来なかった、守ってやれなかった」
「うぅん、ルビスはずっと私を守っていてくれたよ。だって声が聞こえたもの、だから私は私のまま此処に戻ってこられた」
だから泣かないでと涙で濡れる頬を優しく撫でると、ルビスの目からは更に涙が溢れ出してくるが
「とりあえず意識が戻っただけでも安心だけどやっぱりちゃんと医者に診てもらわないと!
チャオの所へ行くよ!」
ガバッと私を抱き上げたルビスはそういうと脱兎とばかりに走り出し、あっという間に広場を抜けチャオの家に続く道へと走りこんだ。
曲がり角に誰か居たらしくルビスに跳ね飛ばされ「んひゃぅ!」と何処かで聞いたような悲鳴を上げて倒れこむ人に、ごめんなさぁぁぁぁ・・・・ぃと謝りながらもスピードを緩める事無く走り抜けた。
ハァハァと肩で息をするルビスに抱えられながらチャオの家に入ると、店舗部分のスペースには見慣れない人達が居て入ってきた私達を見て固まっていた。
その人達は全てチャオ独特の衣装を身に纏っていてそれを見た私たちも固まっていると後ろからゼェェゼェェと荒い息遣いが聞こえ慌てて振り向く、するとそこには何故かボロボロになってヘロヘロのクタクタの顔馴染みのチャオが扉に寄りかかりながらもズルズルと床にへたり込んでいく姿があった。
「「どうしたの?」」
「・・・・・・・・いぇ、御気になさらず」
何とも言えない空気がその場に満ちるのであった。
望んでいた力ではありませんがミユキはそれを手に入れました。
後はミユキがどういう選択をするかですね。




