32.動き出した者達(後編)
お待たせしました、後編です。
薄暗い通路に出て背後の扉を閉めてからやっと肩の力を抜きホッと一息をつく。
メイドに命じパンを待っていたが暫くたっても一向に戻ってこない事に業を煮やしレリレウスの相手にもウンザリしていた俺は様子を見てきますと部屋を後にし厨房へと行くと、料理長がレバント達の為に夜食を用意していたらしくレリレウスにもちゃんとした物をとメイドが待たされていた。
ハラハラとした様子で待っていたメイドが俺を見つけると今度はオドオドと説明してきた事に、そんなに俺が怖いかねぇと内心で苦笑いを浮かべた。しかし此処へ来てからの所業を顧みればそれも致し方ないかとも思い返す。
俺の役目はブルガリーテ家の護衛、平和ボケした国とはいえかなりの富を蓄えるこの国には他国からの密偵が多数入り込んでいる。従者として紛れ込んでいた密偵を彼らの前で切り殺した俺を恐れるのは至極当然の事かもしれない。
「料理長、今出来ている料理だけで構わない。
後は俺が買ってきたパンを用意してくれ、小さいほうのでいい」
「畏まりました。
そ、それと他のパンを旦那様と奥様にお出ししても構いませんでしょうか?」
「・・・・あぁ、早くしてくれ」
お気に入りのツマミがこれで無くなったかとガッカリもしたが断る理由も思い浮かばず渋々と了承するとホッとしたように調理に戻っていった。
料理をメイドに持たせ厨房を後にする時に目敏く見つけたワインとグラスを掴みさっさと部屋に戻っていくと
「遅い!何をやっていたのこのノロマ、わざわざセテルが様子を見に行く羽目になったじゃなの!」
「ひっ!
も、申し訳ございません」
1人待たされイライラが頂点に達していたらしいレリレウスが掴みかからんばかりに怒鳴り散らしギャァギャァと騒ぐ声にこちらまでイラっとしてくるが
「まぁまぁレリー様、どうやら料理長がちゃんとした物をと気を利かせたらしく遅れたようです。
そのお陰で、いい物も頂戴してきましたよ」
ホラっとワインを持ち上げて見せると
「え!だってワインは社交界に出るまでは飲んではいけないって・・・」
「それは建前ですよ、いきなり社交界で初めて飲んでもし醜態を晒してしまってもいけませんからね。
皆少し前からコッソリと飲んで練習するものですよ」
「あ、あら、そうなの?では少し飲んでみようかしら」
頬を染めながらも興味津々な様子を隠せずメイドからワインへと意識が移った事を確認し、顎でメイドに合図すると察したようでソソクサと扉までさがっていった。
「そしてこちらが私が見つけてきましたパンでございます。
中々興味深いパンでレリー様もご存じ無いと思いますよ」
「まぁ、これがパン・・・・?随分と柔らかいのね」
サクサクと口当たりの良いパンを気に入ったらしく用意した料理と共にワインもハイペースで飲み30分もしないうちにトロンと焦点が合わなくなってきたことにほくそ笑んでとっとと寝室に放り込み、後は任せたとメイドに押し付けサッサと部屋を後にする。
視線を読まれにくくするために少し長めにしている髪を乱暴にかき上げながら薄暗い通路を進んでいく。本当ならこのまま自室に戻り眠ってしまいたいところだが、一応はレバントの所に顔を出さない訳にはいかなかった。
「クソ!なんで俺がこんな所でこんな子守をしてなきゃならねぇんだ!」
イライラが募りつい口から出てしまう本音と共に過去の自分が蘇っていく。
セテルース・トゥル・ラウはラウ家の嫡子として産まれるが母親が側室だったために次の年に産まれた正室の子の弟に家督が継がれることになっていた。だがそんなことはセテルにとってはどうでもいいことだった、これ幸いと16の時に剣だけを持って家を飛び出し名を隠し場末の傭兵団に転がり込んでいた。
剣の腕には自信があったセテルだったが貴族の剣術など最前線では通用せず初戦にて手酷い怪我を負ってしまったが、見かねた傭兵団長に鍛えてもらいメキメキと腕を上げていった。
数年後には傭兵団一の腕前になっていたが師匠として慕っていた団長が死亡したのを機に団を抜け、隣国に渡り戦場を駆け巡った。大陸一の大国は野心が強く戦争をしていない事がない状態で仕事にも事欠かず功績を挙げ続け、26の時には騎士の称号も得たがその際に身元を調べられ他国の貴族と知られこの国に逃げ戻ってきたのだ。
そのまま傭兵として過ごしても良かったのだが、つい魔が差してラウ家に顔を出したのが運の尽きだった。
何処から調べてきたのか他国で騎士の称号まで得た俺を知っており、それをブルガリーテ家に伝え最強の護衛として売り込んだのだ。
・・・・・そう俺は此処に売られたのだ。
そのまま逃げようかとも思ったのだが歳の離れた妹と母を人質として捕られ、それと知らない妹に懐かれ邂逅に涙する母に渋々と従い此処に来て早いもので2年以上の月日が経っている。
此処の生活にも馴れてきたが、馴れれば馴れるほど両家に対しての憎しみが募っていた。
「いつか見ていろ・・・・この俺への仕打ち・・・・絶対に後悔させてやる!」
ギリギリと眉根を寄せたその双眸にはメラメラと憎しみの焔が揺らめいていたが、しかしセテルにはコレといった手が有る訳ではなかった。
そう、今この時までは。
この後、領主レバントによってもたらされた王都での出来事を聞くまでは・・・・。
不穏な空気が出てきました。
キーワードにも設定してありますがこれ以降だんだんと『残酷な描写』が出てきます。
苦手な方はお気をつけください。




