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31.動き出した者達(前編)

大きく開かれた窓辺に腰掛けワインで喉を潤しながら1人の男が月を見上げていた。

傍らのテーブルには2日前に戯れに買ったパンで作られたツマミが置かれており、早くも彼のお気に入りのツマミになっていた。パンを料理長に持っていくと大層驚きながらも早速幾つか手を加えて新しい物を作り上げていた。


馴染みの鍛冶屋のキトンに説明も無しに並ばされたが結果的には良い物を教えてもらったと、今度行くときには酒でも買って行ってやるかなどと考えていると外から慌しい気配と共に


「開門!御領主様ご到着、開門せよ!」


門の上で見張りに立っていた兵によるこの城の主の帰城きじょうの知らせに、それまで上機嫌だった男は露骨に顔をしかめチッと舌打ちまでしてみせた。


「何もこんな夜更けにわざわざ帰城することもないだろうに・・・・。

大人しくロンブルク男爵の所にでも1泊すればいいものを、またあのままむすめに押し切られやがったな」


当人達に聞かれればタダでは済まないだろう文句を言いながら残ったワインを一気に煽り、やれやれとボヤキながらも窓辺から離れ部屋を後にするのだった。




此処はブルガリーテ領の首都ザッカス、そして目の前の豪邸はもはや城としか形容できないほど大きく豪奢な館で領主レバント・フォン・ブルガリーテ伯の居城であった。

本来なら領主といえども城など持てないのだが数代前までは此処は独立した小さな国でその時の王城をそのまま接収して使っている物であるため例外として城を持つ事が許されていた。


ガコンっと大きな音を立てながら門がゆっくりと開いてゆく。

豪奢な作りの大きめな馬車が余裕を持って通れる大門が開くにはそれなりの時間を有し、夜の暗い中を進んできた馬車を見つけてからでは到底間に合うはずも無いのだが馬車の中ではイライラと


「遅い!何で開けて待ってないのよ」


「まぁそう言うな、この門が遅いのは今に始まったことでは無いだろう?」


「うぅ~そうだけどぉ」


イライラとする娘を宥めるのは領主レバント・フォン・ブルガリーテ、そしてその言葉に渋い顔で答えるのは年の頃は15~6になる少女、レリレウス・フォン・ブルガリーテ令嬢であった。

父親に窘められた位では早々黙り込みはしないのだがその横に座る女性と目が合った途端、ウッと顔を顰めストンと椅子に座って大人しくなった。

羽でできた扇で口元を隠し穏やかながらも視線だけで我が儘な娘を黙らせた妻、ユリーシア・フォン・ブルガリーテに女は怖いなと密かに思いながら未だ開ききらない門に苦笑するレバントであった。




深夜に近い時間であるが城の入り口には多くの侍従やメイドが並び主を出迎えていた。

その居並ぶ姿にホント大変だねぇと同情する、もちろんそれには自分も含まれているのだが。

そんな事を考えているうちに馬車が乗り付け真っ先に執事長が労いながら出迎え、それに習って侍従とメイドが一斉に頭を下げる。

しかしそんな中をスタスタと歩き主の横に着くと


「お帰りなさいませ、しかしいくら御領地内とはいえこんな夜更けにたいした護衛も付けずに御帰城なさるのは感心できかねます」


「ん、セテルか・・・そうだったな今回はお前は護衛には付いていなかったんだったな。

ついお前が居るつもりで行動してしまった、次からは気をつけるとしよう」


「御意」


歩みを止める事無く交わされる会話に次からは是非自重してくれ主に俺の安眠の為に、などと内心思いながらこのまま領主に着いて行っちまおうと考えていると後ろからセテル!と呼び止められ内心でチッと舌打ちしつつ


「何でしょう?レリレウス様」


「レリーでいいっていつも言ってるでしょう・・・・。

お父様の方はいいからワタクシの方に付いて来なさい」


「ですが・・・・」


「あぁ、私の方は構わないよ、レリーに着いて行ってあげなさい」


「・・・・御意」


多分にウンザリとしながら頷くセテルース・トゥル・ラウであった。




ブルガリーテ家とラウ家は遠縁の血縁関係にあったが分家筋のラウ家は過去に多大な金銭的な庇護をブルガリーテ家から受けており、それ以来何代にも渡って仕えてきていた。

爵位自体は子爵でありそれなりの位にはいるのだが財政難は今もって続いており、実質未だに庇護下にある事にセテルは強い反感を思えているのだった。


「レリー様、お疲れでしょう、お早めにお休みになったほうがいいですよ。

それともお休み前に湯浴みをなさいますか?」


「どっちもいいわ、暇で暇で日中ずっと寝てたから目が冴えちゃってるのよ」


そうですかと応えながらもヤレヤレと内心で溜息をついているとチラチラとレリレウスから流し目を送られ、またか・・・・と更に暗鬱とした気分になっていく。少し前から色気付いたらしく幼いながらに俺に誘いをかけてきていた。

上手く丸め込んでブルガリーテ家を乗っ取るという手も有るのだが、俺の年は29であり15の小娘は守備範囲外である上にレリレウス嬢の容姿は十人並み・・・・いや二十人並みというべきか、お世辞にも美しいとは言えるものではなかった。

せめてもう少しお顔の造りがどうにかなっていてくれたら年齢差も跳ね返せて晴れて伯爵の爵位と莫大な財産が手に入ったのにと、そういえばあの街でパンを売っていた女は中々にいい女だったな・・・などと考えながら向けられる視線に気が付かない振りをして


「では少しお食事でもしてみてはどうでしょう?

お腹に物を入れれば眠気も起きるかもしれませんよ、ちょうどフィーリスで見つけた面白い物がありますので」


と返事も待たずにさっさと視線を入り口に向けると控えていたメイドがちょうどあの時馬車の中でパンを食べさせたメイドで、俺の視線に畏まりましたとソソクサと厨房へと取りに行った。


「何?面白い物って・・・」


「すぐにわかりますよ、きっと気に入っていただけると思いますよ」


などとつい優しくニッコリと微笑むとポッと頬を染めて俯くレリレウス嬢に、しまった・・・失敗した、頼むから本気にはならないでくれよと内心で本日何度目かもわからなくなった溜息をつくのだった。





本来ならこの話しまで来るのに10話もかからないはずだったのですが、物語の流れ的にミユキと街の人達のつながりが必要だった為に30話過ぎてやっとここまで来れました。


予定は未定、良い言葉です・・・・。


後編すぐにはUPできません御迷惑をおかけします。

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