22.波紋(後編)
長い列を並びきりやっとのことで先頭まで辿り着くと露天商の女は思ったよりも若い娘だった。
「いらっしゃい、どのパンをご希望で?」
「ふむ、全てのパンを買えるだけ」
予備知識も無く並んだのでどのパンと聞かれても違いも判らず、好奇心に任せて言ってみると露天商の女はスッと目を細め
「・・・・悪いけど四角いパン1個、丸いパン5個、バターロール10個、クロワッサン5個までしか1人に売れないんだ」
例え貴族様でもね、と小さく付け足される言葉に自身の言葉に貴族特有のものが含まれていたかと反省するも時既に遅く、手荒く袋を渡され後ろの人の邪魔になるからとさっさと列から外されてしまった。
折角だから領民の普段の様子を見ようと服装にも気を使ったのだが、少しの言葉尻を捕らえて嗅ぎ分けるとはどうやらあの娘、相当に貴族が嫌いだと見える・・・。
やれやれと、袋を抱えながら本来の目的地である隣の露店に入ると
「おう、来たか。
どうやら本当に並んだようだな、どうだ面白いもんが買えただろう?」
「面白くはあるがまだ食べてないんでね、このパンが形以外にどれほどの面白味があるかはまだ判ってなのさ」
「なんだまだ食べてねぇのか、気が進めまねぇなら俺が食ってやるぞ」
ホレホレと差し出される手を叩き落し
「帰りの馬車の中で食べるさ、それより剣はできてるんだろう?」
換わりに手をホレホレと差し出すと少し残念そうに剣を取り出してきた。
この爺さん上手くいけばパンが手に入るかもと目論んでいたらしい・・・・。
「大分手荒く使ったようだな・・・何人斬った?」
爺さんの問いに薄く笑っただけで返しスラリと剣を抜きその状態を確かめる。
刃こぼれ一つ無く新品同様に仕上がっている事に満足するも、柄頭が変わっていることに気づき
「爺さん、ナゼ柄頭を変えた?」
「ふん!気づいたか、お前は剣に頼りすぎる。
だから竜から狼に変えたんだ、その意味を考えてみるがいい」
竜は孤高の生き物だ、その力は絶大で人の力など遠く及ばない。狼も大きいものは優に人の倍近くあるものも居る油断なら無い獣だ、しかしその本質は竜とは真逆に近く群れで行動し仲間意識のとても強い獣として知られている。
もっと仲間に頼れと言うことか・・・・剣より智を使えと言うことかもしれない。
剣を鞘に収めながら肝に銘じておくよと言うと、ふん、どうだかなと軽くあしらわれてしまった。早々人の本質は変わらないと判っているからだろう、それでもの忠告をありがたく受け取っておく。
世話になったと店を後にし、待たせていた馬車に乗り込むと御者台に座る従者に用は済んだのでザッカスに戻ると告げ深く椅子に体を沈めた。
門を抜け街を出る頃になると馬車の揺れも落ち着きだし、馬車の中に控えていたメイドがお茶を進めてきたのでパンに合う紅茶を頼んだ。
一瞬紅茶に浸すか迷ったが力も要れず容易く千切り取れたパンに、そのまま口の中に放り込んだ。
サクサクと何層にも分かれているらしい食感に思わず目を見張っていると、香りに釣られたのかメイドがこちらをジッと見つめている、俺の視線にやっと気づいたのか慌てて視線を伏せる。
本来なら貴族の食事を見つめるなど許されることではないが、元々そんなことには気にしない俺は気にしないついでに手に持ったままの千切った半分のパンをポンっとメイドに放り投げた。
「あぁぁあの?」
「食ってみろ」
「え!・・・・ですが・・・・」
「構わん、食え」
「は、はい・・・」
貴族の前で従者やメイドが食事をするなど有り得ない事だが半ば命令調に言った事にオドオドとしながらも口に運び一口食べると目を見開き、あっという間に全て食べきってしまった。
「どうだ?」
「た、大変美味しゅう御座いました」
どうやら女性の受けも良い様だと確認し、王都から帰ってくる我が主のご機嫌取りに使えそうだと思わずニヤリとすると、目の前のメイドがビクリと震え上がった。
そして、貴族という獲物を獲た波紋は街と言う垣根を越え加速度的にそのスピードを速め一気に広がっていくのだった。
御貴族様が絡んできました。
ルビスが全開不機嫌です。
本来字数的には前後編に分ける必要はないのですが・・・。
むしろこれ2つで1話くらいで丁度いいくらいなんですが・・・。
あまり長いと読むのに疲れてしまうかと思いまして・・・。
短くても頻繁に更新か、長い文章で間隔あけての更新か。
どちらがいいのか迷うところですね。




