プロローグ:鋼を歩む者
世界が終わった日、私は裸足だった。
太陽はまだ昇りきらず、燃える木々の灰も風に散らされていない頃。
俺の村はすでに消えていた——!
太鼓の音は絶え、火床はひっくり返され、戦士たちは土に還っていた。
均衡と「最初の炎」の物語を語った長老たちは、干し肉のように槍にぶら下がっていた。白い外套の兵士たちが夜襲をかけ、悲鳴が上がった時、俺は叫ばなかった。
ただただ逃げただけだった......
茨や泥を蹴り、族長の小屋の後ろを流れる浅い小川を飛び越えた。
足は考えずに動き、まるで先祖が背中を押しているようだった。
姉の泣き声も、倒れる聖なるトーテムも、俺が知る唯一の家も、全て置き去りにした。
息は煙のように喉を灼き、肋骨は前日の痛みで軋んだ——、神に跪くのを拒んだ罰だった。それでも、走った。
走り続ければ、死から逃れられると思ったからだった!
「カチッ」
(はッ!?)
しかし、それを聞いた時、わかった。
太鼓ではない。足音でもない。
「カチッ」
鋭く。冷たく。確かに。
「カチッ」
そして、また!
カチッ。カチッ。
研がれた石に牙を立てる捕食者のよう。
不自然に響く——!
カチッカチッ!
この穢れた大地には似つかわしくないほど澄んだ音。
次第に大きく、意図的に、裁きの槌のように重なっていく。
「カチッカチッ!カチッカチッカチッ!」
振り返っても、見えたのは森の縁にたなびく霧だけ。
低く、白く、喪の衣のようだった。
そして、霧が割れた――――!
「カチッ」
正体不明な変な勿体ぶった『北の戦士』っぽい濃い空色の服装を身に纏った女が歩いてきたのだ――――!
いや——、霧を切り裂いてきたのだ!
背は高い、村の男たちよりも遥かに――!
長い脚は黒い何かに包まれ、蛇の鱗のように微光を放っていた。
外套は軍旗ではなく、高貴な何か——銀の糸で縁取られ、光の中で微かに唸っていた。
動きはスローモーションの雷鳴のようで、足元には俺がこれまでに見た中で最も鋭いものがあった。
黒いヒール。長く。鋼の爪先。
剣も、槍も、斧も見てきた。
だが、これほどのものはない。
一歩ごとに、大地が彼女にふさわしくないように思えた。
そして、俺は確かに女の顔を『見てしまった』!
月の骨のように青白く、唇は彫られた象牙のように静止し、瞳は彼女らが俺に嵌めようとした鉄の枷よりも冷たい。
笑いも怒りもない。
ただ静けさ——危険な静けさ!
火災旋風の前のそれだ。黒髪は喪の旗のように背後に漂い、彼女は無言で俺を見下ろした。解きたくもない謎を前にしたように......
ター!
(くッ)
俺は立った。あるいは、そう試みた。
カタカタカタ~~!
足は震えていた!
彼女を恐れてはいなかったはずだ——、少なくとも、兵士や精霊に対するような恐怖ではない気がする......
彼女の存在する『意味』が怖かっただけ。
その時、熱病の夢で見た幻が蘇った。
食べ物が足りず、煙にまみれた末の妄想だと思っていたあの光景。
燃える世界の端に立つ、黒いヒールの白い顔の女。
片手を上げ、一粒の涙を流し、影を刃のように俺へ伸ばす——!
彼女だった!
(ほ、本当に、実在したんだな......)
夢なんかじゃなかった!
正夢だった!
白い手袋を嵌めた手が、ゆっくりと、ほとんど無関心のように伸びてきた。
俺はたじろいだ。
それでも彼女は気にしない。指が俺の頬に触れた。
冷たく。
優しく。
それでいて、何か間違っている気もしたー!
まるで、禁忌を犯しているかのような気分に――!
それでも——!なぜか——感覚が温かかった気も!
炎のようで、ほんの一瞬だけ......
彼女の瞳を見つめ、空気の変質を感じた。魔法ではない。
意志だ。
「お前がその少年か」
声は低く、切り立ち、気高かった。
「帝国が殺そうとしている者」
俺は唾を飲んだ。
喉は乾き、声はかすれる。
「お、お姉さんは……彼女らとは違う...みたい」
彼女はわずかに首を傾げた。まだ笑わない。
「あれらよりもっと酷いかも」
そして、またも続いた女、『お姉さん』は!
「王を殺すヒールを履いているから」
そう言うと、彼女は背後に控える数十人の武装兵たちへ向き直った。
「これから彼は私に従う」
そして!またもお姉さん特有の、間を置いてから言葉を続くその喋り方をー!
「異論ある者は……跪け」
(くッ!)
俺はただ、歯ぎしりしながら我慢するしかなかった。
彼女が俺を救ったからではない。
戦おうとしても、今は武器が手元にないし、なんか持っていても勝てない気がした。
それほど、今のこの女、...『お姉さん』と俺との間に、遠く離れてるギャップがあるんだ!
戦闘力が!
そして!俺の中の何か、古い何か——!も目覚めた気がしたからだ!
『最初の炎』が揺らぎ、空が暗くなった。
そして悟った。
この女——!この鋼と沈黙でできた、ありえぬほど背の高い生き物は——!
俺を救済へ導くか、
この世界を俺もろとも焼き尽くすか、
どちらかだということを―――!