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「よし、到着!」

 ソウマがゆっくりと足を止める。それに続いてアーニャが。最後に大きく遅れてエグゼが町に入る。

「化け物か……」

 エグゼですらかなりの重りを着けている。が、それ以上の重りをソウマは着けているはずだ。なのに息一つ乱さずに町をあるき始めた。

「この町が石炭が有名なスミカか」

 スミカでとれた良質の石炭はそのまま武具の街、シスカへとは運ばれる。その石炭がなければシスカの街も立ち居かないほど重要な拠点だ。

「もしスミカの協力が得られれば、武器だけじゃなくて火力を必要とする兵器や重要拠点の守りも強化できるし、敵側の勢力も大幅に削げるはずだよ」

 息を整えながら町を見渡す。炭鉱で栄えた商店街はというと。

「寂れてるな」

「寂れてるわね」

 ソウマとアーニャの意見は一致した。

「おかしいな……」

 騎士の時代に何度も訪れたことのある町だが、ここまで活気がないのを見たことがない。

「ちょっと情報収集した方が良さそうだね」

 エグゼが手近な人に声を掛けようとしたが、それをソウマが止める。

「その前に行くところがある」

 エグゼもアーニャも顔を見合わせながらソウマに着いていった。

 行き先は。

『武器屋』

「なにか必要な武器があるのか?」

 そういうと、いきなりソウマに頭を叩かれた。

「バカ野郎、お前の武器だ。そんな鉄の棒切れなんて持ってたってなんの役に立たないだろ」

 扉を開けて中に入るソウマの背中に「僕はそんなお金はないぞ」と呼び掛ける。

 中に入ると、いかにも頑固そうなドワーフが座ってこちらを値踏みするように無言で見ていた。

「よう、店主!」

 まるで旧知の知り合いのように気安く声をかけるソウマを見て、そのあとにエグゼの剣に目をやる。

「そっちの坊やの武器か」

 なにも言わずともこちらの目的を覚ってくれた。一目見ただけでエグゼの剣が安物過ぎることと、筋力に見合わない重さだということがわかったのだろう。

「予算は?」

 ソウマは懐から金貨を5枚取り出してカウンターに置く。

「おい、ソウマ!」

 エグゼはソウマに金を出させることを渋った。昨日知り合ったばかり男がよくわからない人間に金貨五枚を使って武器を買おうというのだ。正気の沙汰ではない。

「まぁ、死にたくなかったらこれくらいが妥当だろう。その辺りにあるから好きなもん選びな」

 気難しそうな店主はパイプをくわえて奥で作業をはじめた。

 アーニャも興味深げに辺りを見回している。

「傘?これが武器なの?」

 傘を手に取るとその中から空気を切り裂くような鋭い刀身が現れた。素人目にも素晴らしい剣だとわかるほどの業物。ビックリしたアーニャはそっとそれを戻した。

「なるほどね」

 得心いったようにその場を離れる。

「こんな高価な剣、買ってもらうわけには……」

「勘違いすんなよ」

 エグゼの言葉を遮る。

「これは俺たちのためでもあるんだ」

 剣を吟味しながら、ソウマはエグゼに話しかける「少しの間でも俺たち一緒に旅をするならお前の命はお前が守るのが当たり前だ。それだけじゃなく、俺やアーニャの背中を任せる場合もあるだろう。その時にこれくらいの装備がないと話しにならん」

 彼の中ではすでにエグゼは仲間になっているようだ。

 ソウマは飾られた剣を一振り選んでエグゼに手渡す。

 言葉を失ったエグゼがその剣を手に取るとまるで長年使いなれた相棒のような錯覚を覚える。鞘から抜き放つをと羽のように軽く、手に馴染む。

「どうだ? 気に入ったか?」

「あ、あぁ……」

 たかが剣と思っていたが、こうして質のいいものを手にするとその違いは大きなものだった。

「おい、親父。これはいくらだい?」

 奥に向かって声を投げ掛けると金貨が3枚飛んできた。それにはエグゼもソウマも驚いた。

「いくらなんでも安すぎないか?」

 誰がどう見ても明らかに金額が釣り合わない。気難しそうなドワーフはのそりと、こちらに出てきた店主はその手にハードレザーのブレストアーマーを手にしていた。

「サイズはこれで合うはずだ。一回着てみろ」

 有無を言わさず渡された鎧をエグゼは着けるしかなかった。

「これも……」

 まるで最初からエグゼのものであったかのような装着感。

 それまでの鎧など、ただの紙切れ見たいなものだった。

「ぴったりだ」

 大きさもさることながら、留め金等の調製も完璧。それは長年の経験か。相手を見ただけである程度はサイズを知ることができる。

 エグゼは鎧を装備してマントをを羽織る。このマントも店主から渡されたものだ。デスベアーと呼ばれる大型の熊の皮をなめして作ったこのマントは、防水と斬撃も受け流せるほど強靭な防具だ。

「おぉ、立派な騎士に見えるようになったな! さっきまでは浮浪者みたいだったのにな」

 ソウマは呵々と笑う。アーニャもニヤニヤとエグゼを見た。

「そ、それは置いといて! それにしてもこれは安すぎじゃないですか」

 金貨2枚。剣だけでも金貨5枚で足りるかどうか、という業物である。さらに最高級のハードレザーのブレストメイルにマント。新しい皮手袋にブーツ。適正価格にしたら金貨15枚は下らないだろう。ドワーフは片目でエグゼを見やる。

「お前さん、エグゼだろ? エグゼ・トライアド。旧国の魔法騎士団長だ」

 大陸の外れにあるこの小さな町までエグゼのなはとどろいている。いや、大陸中を探しても彼の事を知らない人はいないかもしれない。

 エグゼは顔を曇らせてうつむく。

 今まで感じたことのない空気にソウマとアーニャは黙りこむ。特にソウマは何やら思案しているようだ。

「勘違いしないでくれ。俺はむしろお前さんに感謝しとるんだ」

 店主はカウンターに置かれた写真を手に取る。年かさの女性と若いドワーフn青年。エグゼはその青年に見覚えがあった。

「カイル……?」

 まだ国が平和でエグゼが騎士団長として城に使えていた頃だ。朝、昼、夜と急がしそうに走り回る調理師見習い。それがカイルだった。

 いつも笑顔を絶やさずにホールを仕切っていた彼が城に来たときから知っている。最初はドジばかりで怒られドヤされ、仕事終わりには人知れず泣いている姿をよく見かけた。

 そんなカイルは決して諦めることなく泣きながら上司に食らいつき、ホールはカイルがいないと回らないというところまで登り詰めたのだ「もうすぐ調理も練習させてもらえるんです!」と幼さの残る顔で笑っていた。

 あの城での乱戦の中。戸惑うカイルを安全な場所まで逃がしたのだ。

「名前まで覚えていてくれたのか」

 カタンと音をさせて写真をカウンターに伏せる。

「カイルは」

「死んだよ」

 エグゼの問いに間髪いれずに答える。質問の内容がわかっていたかのように。

「あんたに助けてもらったあと、この町に戻る途中で流行り病であっけなく死んだんだ。せっかく助けてもらった命なのにな」

 店主はゆっくりと後ろを向いた。その肩が僅かに震えているように見えるのは気のせいか、それとも。

「手紙にはアンタの事がいつも書かれていたよ。あんたの功績や訓練風景。こんな自分にも気軽に声をかけてくれる優しさとかな」

 指名手配されているエグゼは今、この国でどのような立場におかれているのか。ソウマとアーニャにも少しわかった気がした。

「町の連中がアンタをどう思っているかは大体想像がつくだろう。ただ、少なくとも俺はアンタに感謝しているよ。城が。国が滅びようとしているのになにもできなかった臆病者はな」

 話はこれで終わりだ、と言わんばかりに店主はまた部屋の奥へ戻ろうとする。

 最後に「この町の現状を知りたきゃ酒場に行ってみな。臆病者がたむろってるぜ」と言った。

 三人は工房に戻った店主に礼を言うと、言葉通りに酒場へ向かった。

 急激に寂れてしまったこの町に一体何が起こったのか。その答えを知るために。


 昼の酒場。この時間はドワーフたちも炭鉱で働いているため人数も少なく、酒場というよりは定食屋の様相を呈して……。

 ……いなかった。

 空もまだ明るいうちから炭鉱夫たちは暗い顔で酒を飲み、昼飯を食べていた。

「おう、マスター! 麦酒を一杯くれ!」

 ソウマは炭鉱夫たちには目もくれずにカウンターに一直線。早速酒を注文していた。

 愛想なく麦酒を突き出したマスターは何事もなかったようにまた料理に戻った。

 グビリと一口あおり、ソウマはやっと酒場を見渡した。20数名からいる炭鉱夫たちも敵意をあらわにしていきなり現れた三人組を睨む。

「なぁ、おっさんたち」

 途轍もなく失礼な物言いで、ソウマが炭鉱夫たちに声をかけた。たしなめようとしたアーニャの言葉もむなしく、ソウマはそのままの調子で話しかける。

「おっさんたちはなんでこんなところで管巻いてるんでだ? この時間は炭鉱にいかないのか?」

 空気が凍る。今まで陽気に酒を飲んで楽し気に笑っていたドワーフたちが物凄い剣幕でソウマをにらむ。

 青年ドワーフが声を荒げ突っかかってくる。

「お前みたいなよそ者になにがわかる!!」 

 青年が投げた木製のコップはソウマに避けられて壁に叩きつけられて砕け散る。ソウマはグビリと麦酒を煽り飲み干す。

「マスター、麦酒もう一杯ね~」などと呑気に追加で酒を飲んでいる。「そりゃよそ者だからな。わからないから聞いてるんだ」

 酒を飲む手は止めることなくドワーフたちに話しかける。血気盛んなドワーフたちは椅子を鳴らして立ち上がり手に刃物を持ちながら構える。鍬や鶴嘴、小刀や剣。

 敵意を向けられたソウマは呑気なもので、2杯目の麦酒を飲み終わり3杯目には火酒を頼んでいた。

「やめろ!!」

 年かさのドワーフが青年たちを止める。

「ただの旅人の戯言だ。儂たちには関係ない」

 こちらもソウマと同じく落ち着き払っている。

 その姿にエグゼは見覚えがあった。

 年に2度、各地の主要な町や村の代表が城に集まり、町の様子や経済状況などを報告する定例会が開かれていたのだが、スミカの町の代表としてこの中年ドワーフが参加してたのだ。

 王の護衛として定例会に参加していたエグゼとも当然面識があった。

「あんた、エグゼか? あの魔法騎士団長の……」

 その一言にさらに酒場が騒めく。場の空気は敵意から殺気に変わりドワーフたちはエグゼたちを取り囲むようにジリジリと迫ってきた。

「お前が」

 一人のドワーフが怒声を挙げながらエグゼに飛び掛かる。しかしエグゼは避ける素振りも見せずに目を閉じた。

 まるで剣を受けるのが当たり前のように。

 一瞬の静寂。

 剣はエグゼにあたることはなかった。エグゼの前にソウマが立ちはだかり、その斬撃を受け止めたからだ。

「ふざけんなっ!」

 ソウマがこの町に来て初めて見せる怒りの表情。

 その圧に引いたドワーフたちは動きを止める。それと同時に町の代表が立ち上がり、若い衆を引き下がらせた。

「お前はよその国の者か?」

 ビーン、と名乗ったこの町の代表は言葉を続ける。

「お前にあの日の儂等の絶望がわかるか? 襲い掛かるモンスターから町を守り、それでも助けられなかった同朋が死んでいく。そんな地獄が」

 ビーンは怒るでもなく、淡々とクーデターの数日を語る。

「お前が、騎士団長だなんて言われたお前が。伝説の王の再来などともてはやされて、大事の時になんの役にも立たずに国を守れなかったせいで、この国は……。俺たちは……」

 静かな罵倒。王も国も守れなかったかつての英雄に向けられた失望感と絶望感と無力感。

 なかには泣き出しているものもいる。父を。母を。家族や親友、恋人を亡くし、傷付けられた者たちの怨嗟。すべてが今、エグゼに集中していた。

「黙れ!!」

 ソウマの一喝に再びドワーフたちは黙る。

「俺は戦乱の絶えない大陸から来たよその者だ。戦争がどれだけ悲惨で恐ろしいものか、愚かなことか誰よりも知っている」 

 常に最前線で戦い、倒れ行く仲間や助けられなかった無力な民たちを誰よりも見てきた。

「だから俺はわかるぞ。最前線で戦い大勢の人たちを助けられなかった無力感。お前ら臆病者と比べ物にならない重圧を背負って戦ったこの男の気持ちが!!」

 臆病者。

 この町のために命を懸けて戦った戦士たちを、ソウマは臆病者と言い切った。その心はドワーフたちに理解できずにただ侮辱されただけだと受け取った。

「臆病者、だと……?」

「そうさ! 確かにこの町を守ることも大変だっただろう。必要だっただろう。しかし、この国を守るために城に向かった者はいたか!? 守るべき王室の方々を守ろうと思った者がいたかっ!?」

 町を守る。国を、王たちを守る。

 どちらかを天秤に掛けたとき最も重要なのはなにか。

 たとえ数名だとしても城へ、王のもとへ馳せ参じて戦おうとする気持ちが彼らの中にあったのか。

 ソウマの怒りはそこに向いていた。

「史上最強の魔法騎士様なら裏切り者を倒してくれると思ったか? 自分たちの出番はないと思ったか? この町だけを守れば王たちは自分たちでこの困難を乗り越えてくれるはずだとでも思ったかっ!!」

 場は静まり返る。ソウマの言葉は炭鉱夫たちの心に突き刺さった。現にこの町の者たちは誰一人として城に向かうことはしなかった。

「確かにそのための魔法騎士団であり、騎士団長だろう。でもな。どれだけ強くてもできることには限界があるんだよ。エグゼだって人間なんだ。すべてを守り切れるほど強くはない、お前らと同じ人間なんだよ……」

 戦意を剝き出しにする者は既にいなかった。

「お前は一体何者だ?」

 かろうじて、ビーンがその一言を発した。

「俺は反乱組織『メリクリウス』のリーダー。ソウマ・ブラッドレイだ」

 その一言にドワーフたちは再びどよめいた。

「今は一緒に戦ってくれる協力者、支援してくれる町を探している。そのためにこの町に来たんだが……」

「あまり儂等を舐めるなよ、若造」

 ビーンも悔いていた。今ソウマが放った言葉は正にビーンが心の底でわだかまっていたこと。

 初めて会ったこの男はその思いを蘇らせた。

「もし次があるなら、儂も命を懸けて国のために戦うぞ」

 それは静かな闘志。自身を失望するような先の大戦が終わった後に魂に誓った思い。

 その機会があるとすれば、大きな組織が反旗を翻した反乱の時のみ。

「ならば、俺がその機会を作ってやる。俺は必ずミハエルを、グランベルトを倒す」

 かの英雄が勝てなかった化け物。それをこの男は必ず倒すと言い切った。普段なら馬鹿な事を、と笑い飛ばすような話だがこの男が発すると本当にやり遂げてしまうような気になる。

「こいつと一緒にな!」

 先ほどまでの剣呑な態度はどこにいったのか、ソウマは再び少年のような笑みを浮かべるとエグゼと肩を組む。

 それだけでその場が和む。

 ビーンはため息をついた後にエグゼに問いかける。

「お前さんも同じ気持ちか?」 

 問われたエグゼは迷うことなく答えた。

「たとえ死んで、魂のみなっても僕はミハエルを必ず殺す」

 静かな決意。その覚悟は場にいたすべての炭鉱夫たちに伝わった。

「わかった。儂たちも力を貸そう。今度は臆病者だ、などと罵られることがないくらいにはな」

 アーニャとエグゼは喜びかけたかが、ソウマ「しかし」と続けた。

「なにかしら問題があるんだろう?」

 ビーンはにやりと笑うと。

「そうだ。俺たちの、この町の問題を解決してくれたら、だ」

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