特訓!
今まで賞金首に追われ、野生動物に襲われるかもしれない恐怖から野宿で熟睡できたことは一度もなかった。
「お前さん、自分が寝てたかもわからないのか?」
ソウマは朝ごはんを作り始めていた。
卵にソーセージに軽く塩胡椒をし、パンではさみ完成。簡単な朝食だ。
「私としてはもう少し食いでのあるお肉がいいけどね」
そう言いながらも、アラクネの少女、アーニャは一気に朝食を平らげる。
ソウマが予め用意したお茶を飲んで一息ついたようだ。
「食べるの早いね」
たいしてエグザはまだひとかじりしかしていない。
「せっかく作ってんだから、味わってほしいんだけどな」
随分と所帯じみた戦士である。
野営道具をしまい、3人とも歩き始める。
「エグゼ、この辺りで物資を補給できそうなところはあるか?食糧しかり、薪なんかの燃料も欲しいとこだ」
エグゼは少し考えたあと。
「近くに『スミカ』という街がある。そこでは良質の炭が手に入るし、シスカの街とも交流があるから、それなりに良質な武具がそろうよ」
もっとも、エグゼは近寄りたくない町の一つでもあったが。
「よし、そうと決まれば、そのスミカの街に向かうか!どれくらいかかる?」
「今のペースだと3.4日かな」
ソウマは少し考えて。
「5日で着くようにしよう」
思いもがけない言葉がでた。
ソウマの今までの発言からすると、一刻も早くスミカで物資補給をしたら、すぐにシスカに旅立ちそうなものだが。
「そ、そんなゆっくりしてて大丈夫なの?」
さすがにアーニャも苦言を呈する。
メリクリウスにとっても、良質の武器は早く手に入れたいところだ。あまり時間もかけられない。
「まぁ、軟弱者を鍛え直しながら行きゃ、ちょうどいいだろ」
その視線はエグゼに向けられている。
「ぼ、僕?」
「当たり前だ! 他にどこに軟弱者がいる?」
と言われると全く言い返せないエグゼ。
「というわけで、全身筋トレグッズ!!」
パンパカパンパンパー!
効果音はさておいて。
「単純なアイテムだよ。両手足に5キロの重り、ウエストに5キロの重り、ウェイトベストは10キロ〜50キロの重り。さらには腰を痛めず、体幹を養い、体が上下左右に無駄に動かないコルセットに、呼吸を制限し、高地トレーニングにも匹敵する能力のマスクだ!」
ソウマは得意げに語るが、エグゼとアーニャはこれほどの大量のアイテムを、どこにしまっていたのだろうか? という疑問のほうが大きかった。
「し、しかし昨日の夜、僕に技は教えないと言っていだだろう?」
昨夜に『深淵流』を教えて欲しいと頼んだ時には、にべもなく断られたのだが……。
「これは『深淵流』じゃない。ごく一般的な筋トレだ。
少なくとも、エグゼがこれから戦うにあたって必要になるだろう筋肉や、体の動かし方がわかるはずだ。そして夜は早めに野営に入り、型の練習だ」
ソウマは当たり前のように言っているが、エグゼには数日分の運動量だ。
「だ、大丈夫かな、ぼく?」
それでも心の中でエグゼは感謝する。
本来ならば、ソウマがエグザを面倒を見る必要なんて全くないのだ。夜は共にしたとして、朝には別々の道を行く。
そうなるのが普通だ。
しかし、エグゼのために日程を遅らせエグゼのためにトレーニングを指導までしてくれる。当たり前のようにそれができるソウマに、エグゼはリーダーたる器の大きさの片鱗を見た気がした。
「それじゃあ、行きましょう」
微笑み歩き出すアラクネの少女。彼女もまた、何事もないようにエグゼを迎える。
もし。
もし2人がこの大陸の人間であったなら、こんな簡単にエグゼと共に旅をしようなどと思わなかっただろう。
道すがら。
お互いの話をしながらスミカの町を目指す。
エグゼは王や王妃、王女がいかに素晴らしい王だったか。
ソウマはとアーニャは、自分たちのいた大陸がいかに愚かで、意味のない戦争を続けているか。
「やっと俺たちの国の戦争が収束して、これから平和のために戦おうとした時に、この大陸の話を聞いたんだ」
世界でも唯一人と魔物が共存し、平和な国を築いている大陸。
「でも私たちが来た時にはもう、クーデターの後だったのよ……」
他の使節団はその事実に肩を落としながら帰って行った。やはり平和が続く国などありはしないのだ、と。
ソウマとアーニャの2人だけはこのエルミナ大陸に残り、平和のために戦うと決めた。
「この国には、俺たちの国の様に戦争を繰り返して欲しくないんだ」
ソウマの顔が珍しく曇る。
彼の国では一体どのような悲惨な戦争があったのだろう。そして彼はそこでどのような光景を目にしたのか。
その強い眼差しの下にある確かな意志と覚悟はエグゼには計り知れないものだった。
夜まで幾分か時間のある日没に、エグゼたちは野営の準備を始めた。手早く火を起こしテントを張る。
街道から離れ、近くの森の中で落ち着いた。今日は月も顔を隠し少し肌寒い。
草や木々も夜露に濡れている。
「よし、エグゼ。早速特訓だ!」
あれだけの重りを着けたエグゼである。特に急いだ訳でもないが体力は限界ギリギリだ。さらにこれから特訓だというのだからたまったものではない。それでも強くなる鍵がここにあるのなら、エグゼに断る選択しはなかった。
アーニャは夕飯を作りつつ二人を見守る。彼女にしても、ソウマが誰かに稽古をつける場面を見るのは初めてだ。興味深く眺めていた。
「エグゼの場合、筋力もなければ体幹もない。体の使い方の基礎がまるでなっていない」
ダメ出しばかりだ。
「とにかくその両方を鍛えていかないと剣技なんてyもっての他だ。この5日間は徹底的にそこを鍛えるぞ!」
「わかった」
正直身体は限界に近かったがソウマに促され立ち上がる。彼から渡されたのはいつも使っている安物の剣だ。
「まあまずは普通に素振りしてみてくれ」
エグゼはいつものように剣を振り上げて、降ろす。
「この時点でだめだめだな!!」
いきなりのダメだし。しかしエクゼにはどこが悪いのかわからない。確かに疲れてはいるが、普段通り振れていたはずだ。
「剣技はそんなにダメか……」
「ダメすぎてビックリするくらいだ。よく騎士団長なんかやってたな!」
魔法が使えていたときは、剣技に長けた精霊の力を借りていたため自身で剣技を学ぼうとしなかったのだ。
その結果がこれだ。
「まずは剣の重さに負けて身体がぶれてる。筋力をつけるか剣を少し軽いものにするかだな。あとは姿勢が悪い」
姿勢を正され構えを直され剣の持ち方も注意される。ソウマに言われた通りにすると、それだけで身体や剣が軽くなった気がした。
「全然違う……」
「今までは腕の力だけで剣を振っていたから無駄なに身体がぶれるんだ。足で身体を支え腰で体幹を保ち、胸筋と背筋で剣を持ち扱う」
型通りにゆっくりと剣を持上げ、降り降ろす。勢いで降り降ろすのではなく振り抜く瞬間にピタリと止める。
「ここで止めてないから剣の重さに負けて身体が流れるんだ」
剣を振り上げ、力を抜いて降り下ろし、最後に力を込めて剣を止める。
「以外と小指が重要になって来るから、同様に握力も鍛えるぞ」
止めるときにぐっと小指に力をいれる。それだけで切っ先がぶれず、体勢を崩すこともなくなった、
「それが基礎だ。体がぶれないくらいのスピードで素振りを100回だな」
「100回か!」
この数回素振りをしただけで既に腕の筋肉は悲鳴をあげていた。
「いかに今まで正しく剣を振れてなかったかわかっただろう?今 は正しい姿勢と剣の使いかを覚える基礎からだ」
頑張れよ、と背中を強めに叩かれたエグゼは咳き込みながらも素振りを開始したのだった。
たった100回然れど100回。素振りを終えるとエグゼは身体を横たえた。
夜風が気持ちいい。少しの間そうしているうちに夕飯もできたようだ。
「今日はアーニャが作ったんだね」
それなりに美味しそうな臭いがしている。
「俺ほど美味くはないが、アーニャの料理も中々だぞ」
「っていうか、あなたが異常なの。こんな野宿で食堂並みの味が出せるんだから」
話だけ聞いてるとこれからクーデターを起こして国を崩そうとしている反乱軍だとは誰も思わないだろう。つかの間の日常。エグゼは微笑ましく見ていた。
これが日常なのか。それともありし日の感情なのか。
少なくとも屈辱に倒れたあの日から、エグゼが感じたことのない時間だった。
そうして夜は更けていく。