決戦に向けて
日が高く登る頃。
エグゼとたたらは、加治場にいた。
溶鉱炉では、青白い火が音を立てて燃え盛っている。
幻想的とも思える光の中で、二人は精霊石を前に、佇んでいる。
「さて、これからこの精霊石を鍛えて行く訳だが、基本的に貴様はなにもすることはない。最後の仕上げに、少し手伝ってもらうがな。それまでお前はこの精霊石を丸く仕上げておいてくれ」
そう言って手渡されたのは、拳大の精霊石だった。
「これは?」
「新しい剣の、大事な部品だ。心を込めて磨いてくれ。精霊石は、想いに反応する石だ。こちらの心をよく写す鏡の様なものだ。想いを込めたら、その分だけ返してくれる、最高の鉱石だ。
お前の素直な想いをぶつけてみろ。私も剣にありったけの想いをぶつけよう。昨夜、二人で確かめ合ったこの世界を救いたい、と思う気持ちをな」
恥も照れもない。純粋なたたらの心が、見えるかのようだ。
「わかった。でも、憎しみや恨みが入ってしまうかもしれない」
地獄の業火に身をやつすような、ミハエルに対する醜い感情。
世界を救う。
国を取り戻す。
ミハエルを倒す。
そこに目標を置くと、吹き出す黒い感情。
しかし。
「それがエグゼの素直な感情なら、それでいい。自分の生命に嘘をつく方が、よほど醜いよ。ミハエルを倒すために必要ならば、その烈火の如き怒りもその石に、この剣に込めろ。その全てが剣の糧となる」
そう言って、たたらは着物を襷で結ぶと、愛用の槌を手に取る。
何万、何億とこの槌で剣を打ってきた。
しかし、今回の仕事は、今までと明らかに異なる物だった。
はるか昔には作ったことがあるが、この大陸に来てからはなかった目的の剣。
戦争をするための剣。
絶対悪を打ち破るための希望の剣。
前回作り上げた『大いなる精霊王の剣』は平和の象徴だった。精霊王のチカラを宿すことができる、という意味ではたたらの長い人生の中でも、最高傑作と言ってもいい。
しかし「剣」としてはどうか。まだまだ、改良の余地があったと思う。
なぜなら、誰かを「殺すため」に作ってはいないからだ。精霊のチカラを使えれば、それだけで最強の剣だった。
今回は違う。魔法、7大精霊や精霊王のチカラを使えなくても、剣として最強でなければならない。
エグゼがミハエルに敗れた、と聞いたときから、たたらは思案していた。所詮は石である精霊石に、ミスリルや玉鋼にも負けない程の切れ味を持たせる方法を。
しかも魔法が使えないこの状況下で、だ。そのうちの解決策の一つが、昨晩の房中術でありこれから行う技だ。
昨夜。
エグゼと魂の奥底で繋がったのには、房中術で気を高める以外にも、もう一つ理由があった。
エグゼの心を知ること。
今から作る剣の持ち主となるエグゼを、生命の深奥から理解すること。
それが目的でもあった。
今エグゼの魂は、正に地獄の業火に焼かれるが如き絶望の果てに立たされていた。
ただ、ミハエルに一矢報いる。そのためだけにこの日まで生き長らえてきたのだ。
今現在笑顔を作り、以前と変わらない様な状態で話を出来ていること自体が、正に奇跡なのだ。一歩足を踏み出せば、確実に地獄に堕ちる。
そんな危うさの中をただひたすら歩き続けているよう生き方。
昨夜、エグゼと繋がったたたらは、その生命の有り様が、今は我が事のように感じられる。
だからこそ『ミハエルを殺すため』に『生き物を殺す最強の剣』を作る決意をしたのだ。
あの日の、あの時の屈辱は忘れはしない。必ず。
自分の胸に去来する感情に流されないように大きく深呼吸をする。
この感情は必要な物だ。しかし、その感情に流されては行けない。手綱を握るのはあくまでも自分だ。この感情を使いこなし剣を作る糧とする。
手に握った、巨大な鉄槌を握る腕に力を込めると、たたらはその大きな一つ目を大きく見開いて、精霊石目掛け、己が魂の全てをぶつけるのだった。
ソウマは、平原に立っていた。
シスカの町に大軍を推し進めるなら、この道を通るしかない。
大きな渓谷を抜けた先にあるこの開けた大地。2日後、ここでミハエルの送り込む兵を迎え撃つ。
「ソウマ〜。大丈夫?」
すっかり定位置と化した頭の上で、ティアラが心配気に聞いてきた。
「あぁ。大丈夫だ」
その穏やかな声には、緊張や、気負いと言ったものは微塵も感じられなかった。しかし、頭の中では大軍と戦う自分の姿を、常にシミュレーションしていた。
兵の数。騎馬の数。動き。装備。陣形。戦略。どれをとっても、負ける気がしない。
しかし、不確定な要素が二つあった。
一つ目は、造魔の数と戦闘力。
先日手を合わせた程度の兵なら、幾ら数がこようと、なんの問題もない。
同じ造魔の中でも、使い捨ての兵だろう。しかし、強さの上限がわからない。
最悪。最悪のことを考えると、自分より強い造魔がいる可能性もある。
二つ目が、魔法かもしれない物の存在。
先日の戦闘終了後、とどめを刺そうとした造魔が、不意に消えたあの事実。ティアラは魔法だと叫んだが…。
もしなんらかの理由で、ミハエルの軍勢のみ、魔法が使えるとしたら……?
しかも、ソウマは魔法使いと戦った経験がほとんどないのだ。
いたとしても、どのような戦術でどのように戦ってくるのかがわからない。
それすらも折り込み済みで、頭の中で戦略を構築していく。
何一つ、失敗は許されない。
たった一つの過ちが、即自身の死、またはシスカの町の滅亡につながるのだ。
今まで自分が経験してきた、最悪の戦場を想い描き頭にインプットする。
あの一回の合戦だけで、何人が死んだことか。そこに、敵味方の区別などない。
残された家族には、何の関係もない。
憎しみと悲しみと怒りとが混じり合い、敵に向かう。
また殺された者たちの家族や友人が同じ憎悪と憤怒を持って、戦場に立つのだ。
止められない負の螺旋。
何度、名も知らぬ兵士の屍を超えて来たのだろうか。
もう、犠牲は出したくない。
敵だとか味方だとかは関係ない。
人と人が憎しみあい、殺しあう様を見たくはない。
ならば。
自分が強くなればい。
一万の兵が戦場に立たなければならないなら、その一万の兵のかわりに戦に参加して、勝ち得るほどの強さを身につければいい。
そうして、ソウマは戦って来たのだ。
なんの濁りもない、少年のような純粋な心で。
「ソーマ……」
心に流れ込んでくる、悲しいまでのソウマの命。
エグゼとは違う悲しみで満ちていた。
悔しいのだ。戦争が起こってしまう状況が。
悲しいのだ。そのせいで、人間同士が憎しみ合うのが。
ただ、楽しく。
辛いことも悩んだことも、苦しいことも、全部楽しめる国であってほしい。ソウマが目指したのは、そこだった。
たまらなくなって、ティアラがソウマの顔に抱きつく。
「ソーマ!」
その頬には、涙が流れていた。
ソウマの壮絶なる経験が。ソウマのそれでも失う事のなかったその綺麗すぎる心が。
全てが、ティアラの心に映し出される。
「どうした、ティアラ? 何を泣いているんだ?」
優しく、一輪の花を手折らないように、そっとティアラをその武骨な手で包み込む。
ソウマの手に頬を寄せ、両手でその指を抱きしめる。
ソウマの朗らかな笑みは、暗闇の中で全ての者に安らぎと明日への希望を与える、月明かりのようだった。
ティアラは涙を拭う事もせず、子供の様にひたすらに泣いていた。
「ティアラは優しいな。こんな俺のために涙を流してくれるなんて」
不意にソウマがつぶやく。
「……優しいのは、ソウマだよ。こんなにも優しくて、暖かで、純粋な心は人間では、他に持ってる人いないよ……」
鼻をすすりながら、ティアラはソウマの手の中で甘え続けていた。
「わたしから、そーまにできる、ほんの少しのおうえんだよ!」
ティアラの身体が金色に輝いたかと思うと、その光はティアラから解き放たれ、ソウマの体内に取り込まれる。
ソウマの体の中心に、ほんの少しあるぬくもり。
「これは……?」
「わたしたち妖精の鱗粉や体液には、傷を治す能力があるの!その中でも、一番傷を癒す力があるのは、魂のちから」
それは、人間で言うところの寿命みたいなものか。
人間よりも長命な妖精には、ほとんど寿命などないに等しい。
しかし、この世に生を受けた理由を全うするとその存在も消えてしまう。
ティアラは、自分の存在理由はエグゼやソウマを助けることにある、と考えたのだ。
この戦いはこの大陸全土に生きる全ての生き物の存続に関わる大戦争の幕開けだ。
そんな戦いで、ソウマに死なれる訳にはいかない。
「だから私の魂、そーまにあげたの! かな~りたくさん使ったから、すこしくらいの傷ならすぐなおっちゃうよ!
そーまには傷ついてほしくないけど、戦争だもんね……。たたらちゃんには、手助けもだめっ! っていわれちゃった……。これなら、ばれないもんね!」
「大丈夫なのか!? そんな大事なもの俺に渡して、ティアラは……。ティアラの命は大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ! みんな命がけだもの! 私だけなにもしない訳にはいかないよ。それによーせーは長生きだから、これくらい魂を分けてもそーまよりは長生きするよ! ……ふぁ。でも、ちょっと疲れた……」
ティアラは、ソウマの頭の上に戻ると、あくびを一つして、すぐに眠りについてしまった。
「ティアラ……。ありがとう」
ティアラですらその魂を削ってまでこの戦いに臨んでいるのだ。
ソウマは更に負けることができなくなった。
必ずや、生きて……。
小さい体に、誰よりも優しさをたくさん詰め込んだかわいい妖精に、ソウマは深く、深くお礼をするのだった。




